第52話 交渉
小鳥型の小型無人機、通称『スズメ』を飛ばし捜索した結果、フラワーホテルに人が多くいる事が分かった。
映像に映る手練れな男達は約30人、服装の違う武装している人間は約60人、手練れ達と服装が似ている女性達が約15人、同じく似た服装の男性達は約5人だろうか。
見えない位置にいる者もいるかもしれない。
アスとヤムクーはミランとの合流前にそれらを調べ、今は新たな拠点で情報を交換している。
ゴロツキ達を触手に巻き付けた状態で大きな手紙を添えて、フラワーホテル近くの外に放置した。
時間が経てばゴロツキ達の仲間に拾ってもらえるだろう。
運が悪ければ、魔物や他の人間で命を落とすかもしれないが。
スズメからの映像がホログラムで流れる。
どうやらゴロツキの仲間達が見付けたようだ。
「助けるってことは最低限の仲間意識はあるみたいだな」
アスが赤褐色の瞳を細めて、そう呟いた。
「派閥の違いが服装や雰囲気で分かりやすいですね」
ヤムクーはそう呟きながら、自分の持つカフスイヤリング型の端末に表示された映像を眺めている。
「殺さずに制圧できそうか?」
「武装だけのは余裕ですが、こっちの手練れ達はタイマンでないとムリですね。数が増えれば……もって5分かな、それ以上は殺してしまうね」
ミランがヤムクーに訊けば、映像の中の人間を指定しながら彼は答えた。
ヤムクーは映像を移動させ、掃除をしている男女を指先でなぞる。
「こっちの男女は問題なく、まあボクじゃなくても良いでしょう」
ヤムクーは強い。
元々、己で磨き上げた体術のみで結晶石を吸収せずとも魔物から子供達を護り逃げ切っていた。
自身だけの戦いではない。
保護対象も含めた時の戦いは非常に難しいものとなる。
それを行えるヤムクーは相当の実力者だ。
ミランやアスは能力持ちである為に応戦は可能だが、純粋な体術のみなら全くヤムクーに敵わない。
「人数としては、うちの基地ぐらいいるね……」
数を書いた紙を見ながらトトンがそう呟き、隣に座っているグリットが頷く。
「さっきの奴ら足して、話に出たマガリとリリンもならほぼそうだな」
「炎能力ってのも、相当強いみたいだしね……僕の水能力じゃ歯が立たないだろうなあ」
「骨も残さず焼くらしいもんな……」
2人は想像したのか、どんよりとした表情だ。
2人とも静かに最愛の嫁と恋人に遺書を書き出した。
縁起でもない行動だが、終末になってからよく行われる行動でもある。
もしかしたら本当の最後が来るかもしれない。
そうした生死は常に隣り合わせなのだ。
「オレが出会ったマガリさんは車椅子に座る女性で……リリンさんはその車椅子を押していて、優しそうな雰囲気の方でした……」
リーガルは複雑そうな表情で呟いた。
「アレらの話から推測されるのは、2つの派閥、今回捕まえ逃がした男達側はリーダーのいない愚連隊。武装は大型ナイフ、鉄の棒、改造銃が殆どで、3発撃つごとに再装填しなければならない」
ミランは部下達に言い、続けてグリットが発言する。
「中に使っているのが花火の火薬なので、繰り返し使うと筒の掃除をしないと機能しなくなると思われます」
「また、発言はなかったが、簡易の爆発物となる物は作っていると思われる」
グリットの言葉に続けてミランが言い、アスが質問した。
「それは?」
「灯油やガソリンの臭いが、あの男達の指や服に染み付いていた。今あるのは腐って使えないが、魔物を撃退する為の爆発物ぐらいにはなる」
「一歩間違えれば自分達が丸焦げだろうにな」
アス達は多くの能力者がおり、基本的に自分達の力で魔物を倒してきた。
劣化した燃料の使い方は想像できたが、それ以上に扱いが難しい為、ガソリンスタンドなどは放置している。
「毒ガスとしても使っているかもしれませんね」
「催涙弾は使っていたもんな」
トトンとグリットの言葉にミランは頷いて、最初の段取りについて話す。
「男達全員の背中に大きく同じ手紙を用意しておいた。マガリがリーガルに宛てて書いたという手紙をこちらは読めていないが……基本的には、食糧との交換になるだろう」
子供達を攫ったマガリがリーガルに残した手紙はゴロツキ達が燃やし、彼らも中を見ていない為に、何が書いてあったか分からない。
随分と浅はかな行動だ。
しかし生き方も価値観も変わった終末の今、こうすれば、ああすればと語り合っても仕方がない。
起きた事柄から次の手を考えるまでなのだ。
男達に付けた手紙には『子供1人に対しヒマワリ畑を1箇所譲り渡す。交換に応じよ』と書いた。
もし相手側が素直に応じるならば増やした数字、『そちらが所有する全てのヒマワリ畑と交換』で終わり人質は助かるだろう。
少ない数から大きな数のヒマワリ畑の要求になるのは、ゴロツキ達が全体数を知っているから起きる内容だ。
しかし、それ以上の要求もあり得る。
次に予想されるのは、グリットを収納能力保持者だと考え、グリットとの交換だ。
ヒマワリ畑は自力で探そうと思えば出来る。
マガリは違うとしても、彼らの多くは人肉を食す者達だ。
ヒマワリ畑よりも肉を選ぶかもしれない。
そんな中で、グリットの収納空間内に食糧があると思えば『肉よりも良いもの』との考えが浮かぶだろう。
次に考えられるのは、改造軍用車や武器の要求だ。
全てを差し出せば子供達を返すというもの、しかしそれはできない。
収納空間内の食糧を差し出すことまでは可能だが、それ以上は武力行使の戦いとなる。
もちろん子供達の無事が最優先ではあるが、敵側となった他の者達の命まで取らない保証はない。
向こう側のゴロツキ達の浅い思考では、そうなる可能性はある。
しかし、マガリは少し違うものを感じている。
そもそも彼女は食糧を仲間達の為に用意しようとしている。
自身も肉は食べずとも他の食糧を独り占めするなど決してしていない。
ゴロツキ達の言い分では少しだけ彼女の方が多かったようだが、常に圧倒的な力で彼らを護る立場であり、力を保有している中でのその状態だ。
余程の精神力がなければ無理な話で、ミラン達も長い間食糧が無く過ごしていた苦しさを身に染みて知っている。
どうしたって、立つことができない程の女性に対し思う部分がある。
今までの経験と、食に対して余裕が出来たからこその感情だ。
「仲間が傷つくのは嫌なはず。戦いになりたくなければ、2段階目で交渉に応じる筈だ。ただし……もう子供達が息をしていなかった場合、交渉の余地はない」
ミランの言葉にリーガルは唇を噛み、手をギュッと握りしめ、最悪な未来の予想にブルブルと震えたのだった。
***
マガリは脅してでもリーガルを仲間に引き入れたかった。
そうする事でモール側との交渉が進む、そう予測していた。
あのモールは女性のみ受け入れる。
マガリとリリン、そして聖女達と島住民の中の女性達。
それ以外は、モール外に暮らす大勢の男達と混ざることになるのだ。
モール側は猶予をくれた。
その猶予は明日までで、嫌われている自覚があろうと、長い間過ごした仲間達をマガリは見捨てたくなかったのだ。
少年との会話で、彼の側には年下の子供達がいる事は分かっている。
その子供達を攫ったのは、故意だった。
ヒマワリ畑も探していたが、子供達はマガリの手で早く回収したかった。
何故なら、他が捕まえれば確実に食べられてしまうからだ。
もう仲間以外を彼らは人ではなく、食糧として見ている。
彼らの中では、仲間も死体になった時に食糧となるが、それでも捕まえて食するなどはしない。
だが、他の人間と出会い、悲しいが何度もその人間を食糧にする姿を傍観してきた。
それ以外に生き残る術がないと言われれば、止めることは難しい。
むしろ食べられないマガリは、まるで異端者のような立場だ。
マガリは、リーガルと出会い、気がついた。
彼の能力が特別なものだということにだ。
戻ってきた男達は植物の魔の者の触手に巻き付かれ、他が助けに向かえば直ぐに解放されたらしい。
マガリはその報告を聞き、やはりそうかと思った。
少年の能力は植物を操る力であり、それはこの街を支配する植物の魔の者も操作できる程の力なのだ。
あの特殊な生え方をした立派なヒマワリ達も、少年リーガルの力。
純粋な戦いの強さであれば炎が使えるマガリの方が強い。
だが、いくら強かろうと食糧がなければ人は力を失い餓死するのみ。
リーガルを仲間に引き入れ、そしてモール側との交渉に使い、仲間達と共に安全に暮らす場所が欲しかった。
ただそれだけだったのだ。
カサッ。
戻ってきた男達の背中に付いていた紙の文章を読む。
『子供達1人に対しヒマワリ畑を1箇所譲り渡す。交換に応じよ』
「……」
ヒマワリ畑は探せば見つけられる。
欲しいのは、それではない。
報告では、向こう側にも愛するリリンと同じような収納能力者がいるらしい。
あえて、その情報を知っている者達を生きて返したという事は、向こう側は、こちら側の出す要求をこう予想しているのかもしれない。
『収納空間内の食糧を全て差し出せば子供達を返す』
そして、マガリ達が要求できるのはそこまでだろう。
調べでは向こう側は武装した軍人達で、明らかに戦闘における練度が違う。
マガリ達にも守護者はいるが、それを除けば素人の集団で、マガリも偶然能力が高いだけだ。
生き残っている軍人、彼らはこの終末世界を初期の段階から戦い続け、生き抜いてきた強者達と予測できる。
そんな彼らから見れば、殲滅など簡単な筈だ。
しかし交渉にて死人を出さないように最低限の処置をしてくれている。
そこから推測できるのは、終末前に存在した人の尊厳を守ろうとする道徳心、秩序、善良さ。
もう無いと思っていた人としての姿に、マガリには成し遂げられない集団の成り立ちを感じられる。
だが、そんな彼らも境界線を越えれば許してはくれないだろう。
わかりきったことだ。
強者達とまともに戦おうとすれば、大多数が死んでしまう。
容易に想像できる先は『もう、ここまで』という状況だ。
相手の慈悲に隙はあるだろうか。
リーガルを上手く扱う為に子供達を攫ったのは、彼の背後に強い勢力が無い事が前提だった。
だが、こうしてマガリ達が敵わないであろう相手が出てきた今、その交渉は上手くいかない。
できるのは、食糧を増やせるところまでで、結局は明日のモールとの交渉で、仲間に対して無慈悲な決断をしなくてはならない。
今すぐ決めなければいけない重い決断に、マガリは眉をひそめたのだった。




