第51話 伝統
八百万山の裾の1軒家。
ど田舎なのでご近所は遠いが、その近所まで車で約15分。
コケーコッコッコッ!
「今年も、ありがとうございます」
車で知り合いの鶏舎に辿り着いて金額を払い、今日のユノは生きた鶏を買った。
生きた鶏の買い付けは冬支度をする前の田舎ではよくあることで、祖母が生きていた頃も冬眠期に入る前に用意したものだ。
ユノは鶏を連れて家に到着し、今の時期にだけ使う鶏小屋に1匹ずつを入れていく。
今日買ったのは若い雄3羽、若い雌10羽だ。
普段は雄は先に食べ、雌は卵を産ませてから最終的に祖母の友と共に年明けの祝いで食べる流れが多い。
だが今回は違う。
もし可能ならミラン達の世界に送れないかと思った。
過去の経験では生きている存在は収納能力内に入れられない。
そう認識しているが、実は成長してから一度だけ収納出来たかもしれない瞬間があった。
冬支度で用意した鶏を狙って大鷲が狩りにきた時に、突然の事にユノは飛びかかり、触れたその2匹を一瞬収納したことがある。
目の前から2匹は消えユノは俯せに地面に転がって、気付けば大鷲と鶏が唖然としたように地面に落ちていた。
我に返った大鷲は慌てて逃げていき、鶏は骨が折れていたので、夜の水炊きにした。
あの後に収納を試してみてもできず、勘違いの可能性もあるが、最近の自分の変化に、ユノは試してみたいと思う。
もし訓練次第で数秒でも出来るならば話は変わってくる。
「無機物って区切りなら植物は違うのって話だし……」
近場ですぐに買えるのは鶏だが、これが成功するなら兎も送りたい。
今後の安定的な新鮮な肉としてもだが、糞が肥料として素晴らしいからだ。
鶏の糞も良いが、兎の糞はすぐに使える肥料になる。
本来なら外来種なんて禁忌の禁忌ではあるが、色々と絶滅し徐々に砂漠化している終末世界にそこを考えても、もう遅い話だ。
ミラン達の軍事基地だけでも肥えた畑が出来上がり、安定して色々な野菜が収穫できるようになれば嬉しい。
そうしたら彼らの食生活の栄養が不安なく上がり、万が一ユノが事故で急に亡くなっても、どうにかできるようになるだろう。
──……いつ、この奇跡が終わってしまうか分からないもんね……
もちろん今のユノは命が終わって良いなんて思わないし、逆に身体は元気になる一方だ。
ミラン達がくれる結晶石を吸収すればするほど体力が上がって、収納空間も広がっている。
だからこそ、だからこそだ。
慢心せずに今できることを考えて、出来るだけ生きていける基盤を渡したい。
大切な人との縁は、唐突に終わりを告げることだってあるのだから。
***
コケー! コッコッコッ!
市販の餌に余っている米糠を少し混ぜて与えながら、撫でて収納を試みる。
しかし弾かれる感覚で収納は全然できない。
「うーん……」
収納は日常的に行っているので、あの消えた記憶は思い込みの可能性もある。
「……まあ最終的には捌いてから送るでも良いか」
祖母がいない状態で、冷凍庫にも倉庫にも食糧は多い。
収納空間内も多くが入っているので、ミラン達が軍事基地に戻るまで待ちの状態だ。
「今度、ほとんど空にした状態で試してみようかな……」
もしかしたら収納空間内に沢山入っているからダメという可能性もある。
今のところは他の理由も思い付かないので、たっぷりと肥えさせていこう。
もし送れたら痩せている鶏より、ほどよく肥えている方が嬉しい筈だ。
「毎日試してみよ」
ガサッ。
携帯食としてインスタントラーメンを何種類も買って、その中のひと袋ずつはユノも食べてみようと段ボールに詰めてみた。
しかし3箱分以上になって正直食べきれない。
なので今日は、アラタカに来てもらい貰ってもらうことになった。
「うお〜! すげえ沢山っすね!」
「わー! これ食べたかったやつだ!」
今日は弟君と一緒に来てくれたみたいだ。
近所からもらった冬瓜と柿を渡しながら紹介してもらう。
「次男のハヤウマです。周りからはウーマってよく呼ばれています」
「ウーマ君……?」
「あ、あだ名なので呼び捨てで大丈夫です!」
「……ウマ君」
「もちろん、そっちでも大の大丈夫です!」
今日は早い学校終わりに、アラタカが迎えに行って、そのまま一緒に来たらしい。
「今日から休みに入るんだね」
「そうなんです! 課題は多く出されましたけど……あ、それよりもユノさん、いつも美味しい料理や食材ありがとうございます!」
ハヤウマが深々と頭を下げてきた。
「あ、あはは」
「この前のグラタンとか美味すぎて、ビビりました!」
「そう言っていただいて、なによりです」
ぐ〜〜〜!
そんな中、唐突にハヤウマの腹が鳴った。
時計を見ると12時過ぎだ。
「もし良ければ昼ごはん食べていく?」
「食べたいです!」
「ウーマ」
アラタカが喜ぶハヤウマの頬を軽く摘んでいる。
兄として注意しているようだ。
内心ユノは少し前の、猪グラタン時のアラタカを思い出し、似ている兄弟だと思った。
「手を洗って机布巾で拭いたら、コップと箸、取り皿を用意してくれるかな。飲み物は冷蔵庫から好きなの選んでね」
「やった〜!」
「ユノさん、今の以外も何かあったらすぐしますんで……!」
アラタカがそう言うので、ユノは焼き物をしながら頷く。
「じゃあ好きな分だけご飯盛って……猪も温まったら好きなだけ注いでね」
「ありがとう」
コンロ上にあるのは自分用にと鍋に残しておいた猪汁だ。
中の汁は味噌味で、猪肉の肉団子、人参、長ネギ、里芋、冬瓜が入っている。
「大根沢山入ってるね」
「ふふ、似てるよね。実は冬瓜なんだ」
「あ、これが」
ユノが今焼いているのは猪肉、鴨肉、鹿肉の食べにくい部位をミンチにして混ぜ合わせおろし生姜入りで、胡椒たっぷりのハンバーグにしたものだ。
「そうだ。話題に出たついでに大根おろしをハンバーグに合わせようかな……」
「おろす? 任せてくれ」
「助かります」
大根の皮は剥いた後に適当に刻んでもらい、後に鶏の餌にする。
中身はすりおろしてもらって、出来たハンバーグの隣に盛ってもらった。
ポン酢も合わせて机の上に置く。
「ちょうどハンバーグのタネを作って冷凍しようかと思ってたから良かったよ」
ユノの皿にはハンバーグ1個、アラタカとハヤウマの皿には2個乗せて皆で手を合わせる。
「「いただきます!」」
好きなだけ食べて良いと話したので、アラタカも食べるが、特に成長期なハヤウマが掃除機みたいに食べていて面白い。
炊いていた5合の白米が無くなったので、代わりに餅を温める。
2人は猪汁に入れて、ぺろりと食べてしまった。
「「ごちそうさまでした!」」
食べ終わった後は一緒に皿洗いをしながら会話をする。
「ユノさんって、こちらの山で釣りとかするんですか?」
「そうだね。夏頃になるとするかな」
「わ〜! 良いなあ!」
ハヤウマが目をキラキラさせながら、拭き終わった皿を差し出した。
「条件があるけど夏に釣りしたいならする?」
現在、アラタカが皿を洗いハヤウマが布で拭き取り、ユノが棚などに片付けている。
「え! したい! すんごくしたいです!」
「条件ってなんです?」
ハヤウマが興奮して飛び跳ねて、皿洗いで両手が塞がっているアラタカが片脚で弟を止めながらユノに訊いた。
「名前、歳、誕生日……自分のお気に入り干支神がいたらそれも含めて記入をしてもらうよ」
「はい! します!」
「あ、できればアラタカさんも書いてほしいな」
「了解です。占いですか?」
アラタカに不思議そうに訊かれ、ユノは軽く肩をすくめた。
「基本は年初めにお焚き上げして……神様に、この山を通る者ですって伝えるんだ」
「山を通る者……?」
「アラタカさん達は私が呼んでいるから大丈夫だけど、八百万山って神隠しが多い山だからね」
「神隠し……」
ユノは棚の皿を整頓しながら言う。
「昔からの習わしで……まあ、なんだろうね。しなきゃダメみたい」
「し、しなきゃダメなんですか……」
「え、都市伝説的な……?」
2人が目を見開いている。
「悪意がなければ大丈夫とは……ばあちゃん言ってたけど……」
ユノは、ぼんやりと祖母の言葉を思い出す。
「逆に普通の迷子とかは道まで返してくれるらしいし……まあ私自身、正直よく分かってないよ」
「伝統って、結構重要って言いますもんね」
「伝統……あ、僕は名前の通り午の干支神が、お気に入りです!」
ハヤウマが胸を張って、そう言った。
「ふふ。私は猫神様かな」
「猫神様も良いですよね! おかげで休日制度、重要視してもらえますもん!」
嬉しそうな言葉にユノは頷く。
「良いよね。私も休日大好きだから愛してやまない神様だよ」
「ですよね!」
「釣りするなら久々にミルワームも用意して……」
──……ミルワームも生きているよね……
ふと、大きさはどうだろうかと思う。
最初から鶏を選んでいたが、小さな生き物からならどうだろうか。
または生き物と言えるか微妙なラインのものなど、そういった存在から試した方が訓練になる気がする。
そうユノは思ったのだった。




