第50話 嫌悪感
現在、雑貨店の裏庭には椅子が4脚と長机がひとつある。
触手に捕まっている男達と、それを眺めるミラン達は、机を間にして向き合っている状態だ。
「マガリ達は……聖総者って存在が神の代弁者って信じてる、まあ昔からある宗教の生き残りだな」
麦茶と棒飴をもらった男達が、過去を淡々と語っていく。
「宗教には色々派閥があるらしいが、この国で特に歴史があって、でけーのがマガリんところらしいぜ」
それを食事を終えたミラン達が椅子に座って聞いていた。
「なんか食い物も食べて良いのと悪いのがあるってさ」
男達は椅子ごと植物魔物の触手に縛られて、今は片手だけ自由に使える状態だ。
「肉と魚は駄目とか言ってたな?」
「貝は良いらしいぜ」
「細かいんだよな、あいつら」
その片手で麦茶を飲みながら好きなタイミングで飴を舐めている。
「マガリ達と出会ったのは化け物が溢れて1年目ぐらいか」
「マガリの仲間が魔物に苦戦してるところに参戦して助けてやったんだわ」
飴を味わいながら指を曲げて、過去の時間を思い出しているようだ。
「オレらはネットで知り合って、時折オフ会でバイク乗って出かける仲間でよ」
「大抵は近い地域同士だが、あの日は各地でフェリーに乗って小島に泊まりに行ったんだ」
熱い麦茶が減ると無言でグリットが薬缶から注いでいる。
「それが良かったのか悪かったのか……」
「あの島は化け物の出入口が出来るタイミングが遅かった」
「オレらは初期の混乱で死なずにすんで武力で戦う選択をした住民と協力しあったんだ」
目を細め、そう男達は呟いた。
***
バイク乗りの彼らは当初島の住民と協力し合い、島を守りながら世の中の情報を集めて時折現れる海の魔物と空の魔物を倒していたらしい。
島の住民は漁師だけでなく猟師も多くいて、海の幸だけでなく山の幸の栄養も摂ることが出来た。
安全な水もあり、魔物さえ入らなければ自給自足が可能な安全な島だったようだ。
彼らはバイクに乗りながら、銃を持ち巡回し見張り魔物を撃ち倒す事をしていた。
また、お互い協力しあっているので、島住民との争いは全くなかったらしい。
しかし月の終わり、順調にいっていた島にもゲートが開いた。
外からの守りで内側からの攻撃に油断していた為か、一気に島の住民達は命を落としていく。
ゲートから出てきたのがもし小鬼や黒狼程度なら、まだ倒せたのかもしれない。
だが、それは武装した巨大な猿の軍団だった。
彼らは他の魔物に比べ非常に頭が良く、人間と知恵比べをした際に、残虐性の行動に遠慮などなかった。
小さい子猿魔物は小鬼程度の大きさで無害そうな顔をして人間を襲う。
成長した猿魔物は小さいのでも2メートルは背丈があり、人間を弄ぶ事を好む。
大きいボス猿魔物は5メートルもあり、島の君臨者になるまで、そう時間はかからなかった。
彼らはギャキッギャキッと醜く笑いながら人間を生かした状態で玩具にしていく。
引きずり回し投げ飛ばしては的あてゲームを楽しんだりする。
的は家族や仲間を救いに銃器を持って現れた人間達だ。
救いに来た相手が飛んできて、撃てる者はそういなかった。
人間の手足を少しずつ食べて、悲鳴をあげている姿に心底楽しそうに笑う猿魔物達。
人間達は震え、耐えることができなかった。
捕まった身内が弄ばれる前にあえて撃ち殺し、自分も命を先に絶つ者もいた。
島は戦って守り取り戻す場所から、檻の中で逃げ惑う場所になり、そして捨て去る場所となる。
何台もの漁船が動き、終末が始まってから避難しに来た者達が乗っていた小型フェリーも動かして、島の住民の多くが逃げ出した。
皮肉なことに人数が減ったことで、全員が船に乗ることは出来た。
バイクごと船に乗り、海の魔物に脅えながら命懸けで陸地を目指す。
全員無我夢中で、海の中に取られてしまった船もあったが、少なくとも半隻は陸地へと辿り着いた。
陸地にも魔物はいたが、猿魔物のような悪質な知恵を持って行動する者は少ない。
シンプルな捕食がメインの魔物は倒しやすかった。
その頃には赤い石、結晶石を体内に含むと身体の能力が上がる事を覚え、最初は港辺りで魔物と戦い、魚や海藻貝類を食べて陸地で見付けた食糧を分け合って生き延びる。
1年近くもそうやって生きていた頃にバイクで食糧調達をしに行った先で、マガリを聖総者とする集団に出会う。
マガリ達が山の恵みを取っている間は隠れている聖女と聖者達。
そんな彼らは襲われても対抗する手段がない。
こんな風に結晶石で育てずに守られるだけの存在を作ったマガリ達に対し、少し微妙な感情は湧いたが食糧を集められる生き残りだ。
海の幸と山の幸を合わせて食べれるなら、それが良いとなり交流が始まった。
数ヶ月の交流だったが、多少の仲間意識が生まれるのは自然な流れだろう。
それに巨大な炎を操れるマガリは、異常な程に強かった。
アレを頼りにし過ぎるのは分かる気がする。
ある日巨大な海の魔物が船を半壊してしまった。
今まで海の恵みが命を繋いでいた中で、漁が出来なくなったのは酷い痛手だった。
海は浅瀬を周り食糧を探し、山の恵みをマガリ達と交換し合う。
街で探す食糧は徐々に見つからなくなる。
銃器の弾も減ったが、途中で販売店から根こそぎ取り、また違法な製作場で製作し、マシな数になった。
問題なのは保管と運ぶことぐらいだ。
しかし、極端に人が減りだした。
浅瀬でも海の魔物達は覚えたらしい。
彼らにとっての食糧が手に入る。
襲われる人間が増え、気付けば島の住民達は40人も残っていなかった。
大切な身内が亡くなり、自ら命を絶とうとする者もいた。
結局、バイク乗り仲間と島の住民達はマガリ達と合流し、食糧を求め旅をすることとなる。
最初は車やバイクが使えたが、その内に燃料が使えなくなり最終的には愛したバイクを手放した。
心の拠りどころが無くなり、自死する者が何人も出た。
最初の者との別れに酷く悲しくて、終末前の楽しかった想い出を語りかけていく内に、ただ死体を骨まで燃やしてしまうのは寂しいと思う。
マガリの炎は確かに全てを燃やせるが、彼らの倫理観など、この感情に関係がない。
ただ燃やせば良いってもんじゃない。
仲間との別れを簡潔に終わらせることは、あまりにも無情に感じる。
その日仲間の死に対し、ただマガリの火で火葬するのではなく骨をかじろうと意見が上がる。
弔いで骨をかじる習慣の名残だ。
しかし、マガリの炎は極端で加減が出来ない。
骨だけ残すという微調整が出来なかった。
なのでバイク乗り仲間達は自分達で燃やし、半端に肉が付いている骨が出来上がった。
当初は、ただ骨をかじるだけのつもりだった。
しかし、僅かな肉も含めて食べた時に衝撃が走る。
焼きすぎて骨に張り付いた肉は、本来なら食べやすい焼き加減ではない。
だが旨味があった。
忘れていた肉の旨味がそこにはあったのだ。
次の仲間は遺書を残した。
『自分を食べて腹を膨らませてくれ』自ら血抜きを終えた仲間の遺体を丁寧に処理して、食べられる部位を残し、他はマガリの炎で焼いた。
肉を食べたのはバイク乗り仲間達だけじゃなく、島の住民達もだ。
皆で少しずつ分け合って残さず食した。
マガリ達はいくら弔いだ遺言だと言っても、人肉を食べるなど忌避する者が多かった。
しかし、捌かれ焼かれた肉は妙に良い香りがし美味そうに見える。
空腹は、築き上げた感性を壊してしまうものらしい。
弔いから始まったその食は、徐々に徐々に日常となっていく。
肉を嫌うマガリ達の嫌悪感は強いものだったが、その内に力無き聖者が口にして、聖女も守護者も口にした。
最後まで口にしなかったのはマガリだけだ。
彼女は元から肉が食べれない体質のようで、痩せ細っていく姿に周りに願われて口に含んだ時は長い間吐き続けた。
昔なら当たり前の倫理観も、今では食糧を無駄にしたと非難される姿だ。
彼らにとってマガリの拒否は『仲間の死を侮辱した行為』として感じられた。
またマガリは、身内以外の性行為を止めに入る傾向がある。
聖者、聖女、守護者間に関しては止めないのにバイク乗りや島の住民達が聖女を誘ったり、聖者や守護者を誘うと『止めるように』と言いに来る。
基本、聖総者の言葉に従う彼らは、そうなるとすぐに行動を止めた。
それは洗脳のように見え、気味の悪いものだった。
いくらマガリが強くとも、彼女の能力をまるで神が与えた奇跡のように語る姿も薄ら寒い。
あれは結晶石で運良く手に入れた能力なだけだ。
時折、住民もバイク乗り仲間も聖者も何故か急に消息を絶つことがあった。
食糧を盗んで逃げ魔物に襲われただとか理由が流れるが、態々この集団から離れようとするわけがない。
マガリが何かをしているのではないか。
バイク乗りや住民達の中で共通の疑いが浮上する。
自分を神のように崇めさせようとする勘違い野郎だ。
その行動の為に周りを犠牲にしたのではないだろうか。
そんな疑心暗鬼が沸いている。
そうしたすれ違いは徐々に広がっていき、マガリは今や、リリンの補助がなければ上手く歩けない程に痩せ細っている見た目の悪さも相まって、半数が好いていない。
マガリ自身も、邪魔をするだけで理由を語らない言葉の足りなさが目立つ。
今回もカモであるリーガルの後を付けて、ヒマワリ畑を奪うという遠回りな行動をするくせに捕まえるのを良しとせず。
そうしてヒマワリ畑を探した結果、子供達が見つかる。
体調の悪そうな子供達は3人いて、幼い少女と少年は横になってぐったりとしていて、少し上の少年は必死に2人を護ろうとフライパンを手にしていたが、簡単に捕まえることができた。
捕まえたのはマガリに従う守護者達だ。
マガリは子供達を人質にして、ヒマワリの種を要求すると言う。
マガリに従う者達は頷いたが、半数は納得がいかなかった。
マガリが全てを決めてしまう。
今、目の前に柔らかくて美味そうな肉があるのにだ。
ヒマワリの種だけを食えだなんて、肉を自分達だけで食う気なのではと声が上がった。
マガリは肉を食わない。
だから自分の側に置くと宣言し、連れ去っていく。
マガリはリーガルに向けて手紙を置いたが、気に食わなかった男達は離れ、それを燃やした。
そうして密かに追って、捕まえる予定だったリーガルに新しい仲間が増え。
今は逆に男達が捕まり、尋問を受けているのであった。
***
フラワーホテル。
そこはかつて誰もが憧れ泊まりたい高級ホテルとして存在していた場所だ。
食糧がありそうな場所は荒らされていたが、他の部屋は比較的綺麗だった。
そこのベッドに気を失った3人の子供達を寝かせ、車椅子から下りたマガリは、カーペットに両膝を付き神に祈りを捧げる。
そんな姿をリリンは、斜め後ろで切なそうに見つめていたのだった。




