第49話 マガリ・後編
カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!
緊急事態を知らせる為に鐘が細かく鳴り響いている。
その音が耳の遠くで聞こえながら、私は目の前の赤い赤い火柱を見上げた。
燃えている。
聖者館も、本館も、父達が住まう家も、清らかな山に突如現れた化け物が火を吐いて燃やしていく。
急に起きた世界の変化に私達は嫌でも対応するしかなかった。
聖総者を護る数千の守護者達が、命を散らしてくれたお陰で私は生きている。
火を吐いていた巨大な化け物は、身体中に穴を空けて倒れた。
そして何故か辺りには大量の砂が広がり、聖総者を食ったはずの腹の中からは、紫色の石しか出てこなかった。
「……なんてことなの」
まさか、この石が父だとでも言うのだろうか。
震える手で紫色の石に触れると、何故かそれが、身体の中に吸収されていくような違和感を感じた。
「いや……ッ!」
慌てて手を退けたが遅く、紫色の石は私とひとつになってしまう。
「あつ、い……」
じわじわと身体の体温が上がっていく。
「そんな……」
これは直感なのか、本能のようなものなのか。
自分の中から火が形成されていくのを感じた。
今まさに全てを燃やしている火が、私の中で生まれてしまったのだ。
「ぁあ……」
あの化け物の力が私の中にある。
父を食べた、聖者達を食べた、聖女達を食べた、守護者達を食べた、あの化け物の力が!
──……呪い……これは呪いよ……ッ!
吐き気がする。
こんな悍ましい力を誰にも知られたくない。
だが私の嘆きなど関係ない。
私は周りを導かなければならない。
この混乱する世界の中で模範となる者として、恐れ震え、不安で苦しむ皆を絶対に見捨ててはいけない。
「新たなる聖総者にお目にかかります」
父が亡くなり生き残っていた聖者、聖女、守護者達が私に頭を垂れた。
「どうか我々をお導きください」
「聖総者マガリ、どうか我々の希望となってくださいませ」
私は頷き、聖者館の外に避難して泣いている生徒達の元へ向かう。
生徒達を元気つけていたのはリリンだった。
リリンは、こんな悪夢のような状況でも美しい。
愛する人を見て私は覚悟を決めた。
私は暴れ泣く心を抑えつけ、その日父の後を継いで、聖総者となったのだった。
***
最初の頃、生徒達の多くは家族の元に帰りたいと言い。
守護者達に指示できる立場の私は共に進み、近い家から向かい送り届けた。
ゆっくりと生徒の数は減っていき、遠い者も送る為に長い道のりを共に進んでいく。
その過程で食は日頃と同じように過ごし、祈りを決して忘れなかった。
神は見てらっしゃる。
私は模範となるべき者だ。
「聖なる火だわ……ッ!」
「マガリ様が魔の者を倒してくださった!」
聖者館の倉庫から持って出た大量の食糧は、送り届ける度に少しずつ分け与えた。
持ってきた資金全てを使い、高騰している食糧を買い増やし、危ない山に入っては食べれる恵みを収穫し、共に食べ分け与え送り届ける。
最後まで生徒で残ったのはリリンだけだった。
全ての生徒を送り届けた頃、食糧は残り少ないものとなっていた。
あの燃えてしまった聖者館に戻るべきだろうか。
どうにか畑を耕し人々を導くべきなのだろうか。
パチ……パチリ……ッ。パキン……ッ。
燃え小さく爆ぜる、薪の炎を忌々しく眺めながら、私は悩んでいた。
これ以上何をすれば良いのか。
本当は何も分かってなどいない。
生徒達が望むから家まで送り届けただけなのだ。
私は聖総者としてそうすることが模範となると信じていたから、そうしただけなのだ。
そして目を背けていた、リリンの帰宅に心が震える。
──……神よ……私は愚かなる者です……友に甘え……彼女が家族に会える時を奪ったのです……私は……
たとえ家に家族がいなくとも、帰りたいと願う生徒達。
そんな中で一度もリリンは『帰りたい』と口にしなかった。
リリンは何時も私を選んでくれる。
そんなリリンの優しさに、私は甘え、目を背けたのだ。
前は誰かと繋がることが出来た通信機は、もう使えない。
電話をして安否を確かめようとしても出る相手はおらず、電波も危うい。
「マガリ」
ハッと顔を上げた。
薪の炎にぼんやりと照らされているリリンが真剣な表情で、私を見ていた。
「実は話したいことがあるの……2人っきりで……」
──……ああ……ごめんなさいリリン……私が貴女の帰る道を閉ざしてしまった……
私は頷いて、謝り許しを請う自分を想像しながら2人になれる場所へ移動した。
夜の森は危ないが、私の炎は大抵の魔の者を灰にする。
明りを灯すのも簡単だった。
「その、マガリ……本当は、ずっと前から言おうと思っていたの……」
「……リリン、ごめんなさいリリン……私が貴女の言葉を濁らせたのだわ」
私の言葉に、リリンは驚いた顔をして言う。
「違うよマガリ、マガリは何も悪くない……わたしが黙っていたのは……マガリ以外に教えたくなくて……その、聖女としてあるまじき行為だとは分かっていたのに……」
「そんな……リリンは潔白よ。どう考えたって私が貴女に辛い思いをさせているのに……」
リリンが家族の元に早く帰りたい気持ちから目を逸らしたのは私だ。
なのに、こんなにも謙虚に言おうとしてくれるなんて、なんて清らかな子なのだろう。
リリンが美しすぎて涙が滲んだ。
模範となる私が泣いてはいけないのに、涙腺が弱くなる。
リリンの手が伸びて、私の頬を撫でた。
「……マガリ、きっと何か勘違いをしてるわね?」
「マガリ、お耳をかしてね……」
リリンは私に近付き小さな声で耳打ちをする。
「実はわたし……聖者館の車に詰めきれなかった食糧を持っているの」
「……?」
私は訳がわからずリリンに視線を向ける。
「わたし達の教えのことは分かっているわ。でもねマガリ。わたしはね、正直に言うと……マガリや近くで護ってくれる方々以外に食糧を渡すのは反対だったの」
私が顔を傾げると、リリンが優しく抱きしめてきた。
「わたし、倉庫に残っていた食糧を全部収納空間の中に入れて……ずっと……この能力があることも黙っていたの……ごめんなさい」
「……り、リリン……収納能力を持っているの?」
驚いた。
私以外で能力持ちは、リリンが初めてだ。
「聖山が燃えたあの日、魔の者達が特に大きな魔の者に焼き殺されて……そうしたら赤い石が落ちていたのね」
「うん」
「それで、つい気になって拾ってみたら……何故だか物を収納空間に入れれる能力を手に入れていたの……」
「す、凄いわリリン……! すごく便利な能力ね!」
「ふふ。ありがとうマガリ。貴女が聖総者になってから、ひとりでいるタイミングが無くて……絶対に最初は、マガリに話そうと思っていたのに……こんなに遅くなっちゃった……」
心臓がドクンと跳ねた。
リリンはなんて、なんて、なんて優しい子のか。
そして、どこまでも私のことを考えてくれている。
「リリン……貴女はなんて優しくて賢いの……そうね。そんな素晴らしい能力があれば他に狙われるかもしれないし黙っていて正解だったわね」
「もう……マガリったら……でも、これがあるから今の人数なら3食とっても半年は保つと思う!」
「まあ……!」
嬉しくて、リリンを抱きしめ返してハッとする。
「でも、リリン……その食糧は、そのまま持って家族の所へ帰るべきよ……」
「え? どうして?」
「だって……それは貴女の大切な食糧で……」
リリンはコロコロと笑った。
美しくて愛らしいリリンの笑い声だ。
「うふふ。じゃあ、やっぱりわたし達で食べなきゃ」
「リリン?」
「だって、わたしの家族はマガリだもの!」
「リリン……」
リリンのあまりにも魅力的な想いに胸が苦しい。
「貴女って子は……なんて愛おしいのかしら……」
「それは、マガリよ。ふふ……大好きよマガリ」
「リリン……私も大好きよリリン……」
夜の森の中で互いに抱きしめ合う。
私はこの時、今からでもリリンを家族の元へ送ることを決めたのだった。
***
しかし、やはり遅すぎた。
聖者館の近くにあったリリンの家まで長い旅路の末に戻ったが、もう魔の者によって筆頭聖女を輩出し続けた立派な屋敷は錆びれている。
巨大なひとつ目の魔の者が住処にしていたようだ。
骨ひとつ残さずリリンの一族は食べられてしまっていた。
「なんてこと……なんて悍ましい魔の者よ!」
私は全力で炎を放ち、魔の者を焼き殺した。
「マガリの聖なる炎は本当に美しいわね……ありがとう」
「リリン……」
リリンの要望で筆頭聖女の屋敷は焼き祓い更地とする。
「ありがとうマガリ。おかげでスッキリしたわ。貴女はわたしの救世主よ」
リリン。
貴女の方こそ私の心の安寧、この世界の救世主よ。
私達は静かに抱きしめ合う。
このような終末でも、リリンと過ごせるならば私は生きていける。
貴女さえ側にいてくれたら生きていけるのよ、リリン。
そして、その後の私達は今を修行の時代とし、転々と移動をしながら人々の悲しみを聞き歩いたのだった。




