第48 話 マガリ・前編
古参派閥、創聖宗者である聖総者の娘として産まれた私は、小さい頃から家の習わし通りに生きていた。
「さあ神へ祈ろう」
父の言葉と共に朝の祈りが始まる。
私達は毎朝5時には身を整えた姿で食卓に着席し、神に祈りを捧げ、1日が始まるのだ。
朝の柔らかい日を浴びながら自身の指を組み合わせ、瞼を瞑り30分ほど神に祈る。
そうして清らかな気持ちで朝食を行う。
朝食は小さな器に入った米と豆の薄い塩粥と、数口の季節の野菜の酢漬けを食べる。
その際に必ずするのは、食卓の中心に置いている皿へ塩を入れる前の粥をほんの少し分け、集めたものを食後に庭に寄る生物達に分け与える行為を行う。
これは聖者にとって慈悲、慈愛、神の施しを共に分かち合う為の神聖な行為とされている。
その後、朝食はゆっくりと30分かけて食べ終えて、食を分け与えたり、食器を洗ったり食卓を掃除する。
その一連の行為は聖総者となった父も行う。
上に立つ者こそ模範にならなければならない。
神は見てらっしゃるのだ。
その後は各々の時間で、私は学生なので学びに聖者館に向かうことになる。
だが、私は聖総者の娘。
聖者の子供達が通う聖者館の本館となる場所に住んでいるので、聖者館へ学びに向かう時間が短縮出来る。
寮住まいの子達も同じようなものだが、本館に住まう者として模範となるように、常に行動しなければならない。
身体の健康は、心の健康である。
私は自主的に朝の身体の解しを行い、裏山へ上り頂上で神に祈りを捧げ、戻ってきたら軽く身を清め身支度をして聖者館に向かう。
聖業の学びが始まるまでは、図書館に行ったり学び場で復習、予習を行うのが基本だ。
皆の模範となる為にも、成績は上位に入らなければいけない。
学びの時間が進み、昼の時間になると食の場へ向かう。
聖者館の食事は基本は季節の食事が2種類用意されていて、時折3種類の日もある。
そして好きな方の色を選び、受け取るのだ。
今日は私の好きな季節の貝とミルクと茸スープがあった。
季節のサラダ、塩豆とゆで卵、季節の果物も付いている。
白粥はお代わり自由、平たいパンも枚数自由だ。
私達、創聖宗者には、食べられるものと食べられないものがある。
基本的に肉は全て駄目で、肉脂も駄目、魚も食べれない。
ただし貝と海藻は許されている。
貝や海藻は神なる海の肌とされ、神の一部を分けて頂くという教えだ。
ただし、生で食べることは推奨されていない。
正直、貝も生き物だと思うが、好きなので良かったと私は思っている。
あとは卵は鶏の無精卵のみが許され、鶉の卵は食べては駄目だ。
牛乳も良いが、子が産まれたばかりの乳に関しては、子が飲むものであり、奪ってはいけないと禁止されている。
聞いた話だが、小さな独自の聖総者を新たに創り上げた者達の場所では、貝、卵、ミルクも駄目らしい。
新参は現れては消えていく者達なので、大きくなりすぎない限りは放置されている。
神に祈り食事を行い、また学ぶ。
学びの最後には必ず皆で祈る時間が与えられ、その後は学生ならではの活動をする者も多い。
私の活動は生徒会か聖者館の掃除を行う。
その後に帰宅して夕食を食べる。
夕食は豆か芋か卵を使った料理、山の恵みを使った料理、米と豆の薄い塩粥、季節の果物を食べるのが基本だ。
なにか祝いの日だけは貝料理が増えたりもする。
また信者の方々に貝を貰えたら悪くなる前に食べたりするので、比較的食べている方だと思う。
時折、貝以外の魚や蟹や海老は、近い味なのだろうかと思うが、私は一生食べることはない。
特に肉は見た目やニオイも好きになれないので、万が一にも食べることはないだろう。
***
「いた、いた、マガリ〜!」
「あら、リリン。そんなに急いでどうしたの?」
聖者館にある渡り廊下の掃き掃除をしていたら、幼馴染みで親友のリリンが大きな胸を揺らして走り寄ってきた。
私は絶壁なので、彼女の飛んでいきそうな大きな揺れを見る度に、少しドキドキしてしまう。
「信者の方にね、素敵なペアチケットを貰ったの! マガリと行きたいなって思って! 週末空いてる?」
「あら、私で良いのかしら?」
きっと、その信者の方はリリンにアプローチをしたと思うのだが、チケットがどういうものか気になって覗き込んだ。
「あらら、あら〜! デザート食べ放題チケット! 素晴らしいわねリリン」
「そうでしょ、そうでしょ!」
アプローチ相手には悪いが、これはとても魅力的すぎるチケットなので、リリンと一緒に行きたい。
「わたし達は一心同体、聖者と聖女の仲だし、行くならやっぱりマガリとよね!」
「うふふ、嬉しいことを言ってくれるわね」
リリンは聖者に仕える筆頭聖女の一族だ。
私は、血筋として後々聖総者になる。
聖総者となった際には催しが何度もあり、その場をサポートしてくれるのが聖女達で、特に筆頭聖女は彼女達の顔だ。
もし男女であれば筆頭聖女と夫婦になることも推奨されるが、私とリリンは同じ女性だった。
──……私が男だったら、リリンに骨抜きになるのは間違いなしよね……可愛すぎるもの……
そんなことを考えながら週末は、リリンと街のデザート食べ放題に行くことが決まった。
嬉しい嬉しい週末だ。
普段の週末は身体の鍛え、滝祈り、学びの復習、予習が多い。
こうして、リリンが誘ってくれると父も街に出かけるのを許してくれるので、とても嬉しい。
街へは何か理由がなければ行けないので、毎回連れ出してくれるリリンが、私は大好きだ。
リリンは美しく愛らしく可愛い。
待ちゆく人々は思わず、リリンの愛らしさに振り返り声をかけたりもするが、彼女はいつも私を選んでくれた。
彼女は、ふわふわの長い桃色の髪と丸く大きな桃色の瞳をしている。
良い香りがする彼女が腕を組んでくると大きな胸が当たり、何時もドキドキしてしまう。
──……なんて愛らしいのかしら、リリン……
リリンと過ごす度に、どうして私は男として産まれなかったのかと思う。
けれど、そう産まれていたら、こんなにも仲良くしてくれていないかもしれない。
「あーん」
「あ〜む」
リリンが苺のケーキをフォークにとって食べさせてくれる。
甘酸っぱくてふわふわで美味しい。
「リリンのお口にも入れて〜」
「あ〜ん」
「あむっ!」
隣に座って身を合わせながらケーキを食べ合って、とても楽しくて幸せだ。
互いにデザートを食べて、花油を使った揚げ芋や茸とチーズのパスタや、コーンスープ、季節のサラダがサイドメニューにあったので、それもいただいた。
メインは甘いもの、サブで塩っぱいものだ。
「動けないわね……」
「普段は、こんなに食べないもんね~」
食べ終わって街中の広場の椅子に座り、2人でぼんやりと過ごす。
ケーキだけじゃなくクレープ、揚げたてのドーナツ、シェイク、アイス、パフェも美味しかった。
ケーキで一番気に入ったのは、柑橘類がふんだんに盛られたチョコタルトケーキだったと思う。
「ねーね、マガリ」
「はぁい、リリン」
「ちょっと歩いたら懐かしいお菓子とかが売ってるお店があるんだって、行ってみない?」
「へ〜。行きましょうか」
食べ過ぎて陽に当たって、ぼんやりと過ごしていたけれど、楽しそうだから行こう。
リリンとなら、きっと何処に行っても楽しいんだろうな。
ついつい調子に乗って沢山買ってしまったけれど、父にバレたら怒られてしまうかもしれない。
家の食事量は決まっているので、どうにか隠せないかと考える。
「マガリ、あのお人形をお揃いで買わない?」
リリンに言われてお店を見ると、大きな猫の人形が視界に入り込んだ。
売り出し言葉に『シークレット荷物入れ』と書いてある。
「買う、買うわ」
バカでかい猫の人形をリリンと色違いのお揃いで買った。
リリンが私の髪色に合わせた橙色で、私はリリンの色の桃色にする。
そして、ぱっと見分からないけれど、内側に物を隠せるスペースがあったので、お菓子を隠して持って帰ることにした。
「マガリとお揃いができて今日はなんて素敵な日なのかしら!」
「あらあら、私もよリリン。素敵な秘密を共有してくれてありがとう」
「うふふ」
「ふふ」
一族と契約しているハイヤーに乗って聖者館に向かう。
リリンとお出かけが許されるのは多くて月に一度だ。
「……リリン、本当に素敵な日をありがとう」
窓外の流れる景色を眺めながらそう言えば、リリンはコロコロとした愛らしい声で笑った。
心地の良い笑い声。
リリンほど素敵に笑える人が世の中に存在するのだろうか。
──……ありがとうリリン……私は貴女がいるから努力できる……
明日からはまた気の抜けない、模範となる者として過ごさなければならない。
父と同じ聖総者になるために気を引き締めなければと、そう思ったのだった。




