第47話 怒り
ゴロツキの男達は主犯格を、炎能力者のマガリだと話した。
「本当に……?」
リーガルは子供達を攫われ取り乱したが、今は怒りを静かに溜めながら、じっと男達の言動を見つめている。
もしバンがいれば一発で真偽が分かるが、その能力を持った者が攫われている為に尋問と拷問で探るしかない。
「お前達が言った拠点へ、現在仲間を偵察に向かわせている。嘘だった場合どうなるかわかるな?」
ミランの言葉に男達は嫌そうに頷いた。
尻叩きという拷問が無くなった為に、少し落ち着いたのか、男達の態度は良くない。
この自身の行動で首を絞めるスタイルは3年間の終末世界で生まれた性格なのだろうか。
男達のふてぶてしい様子に、ミランは終末世界での最大の嫌がらせをすることにした。
「さて……俺達は今から飯にするか」
あえて男達に聞こえる声でミランは言って椅子から立ち上がる。
向かうは一部が焼けて黒くなったリーガル達の住居だ。
出入口は壊れて開いたままで、空気が入り込んでしまう。
粉塵が舞う世界で、それは良くない状態なのだが、この街は皮肉なことに植物魔物に囲まれている為に砂埃が少ない。
ミラン達軍人は習慣で外ではゴーグルとマスクの防具は外さないが、この街の住人は若干、その部分が緩いようだ。
ゴロツキ達も大した防具をしておらず、リーガルも素の服装で過ごしている。
部屋に入る時も軽く髪や服を叩く程度で済むようで、壊れた出入口にビニールシートをガムテープで貼り付けて室内で食事の準備だ。
「リーガル達に会ったら、温かいスープを食わせたいと思っていたんだ」
軍事基地で用意した缶詰コーンと豆乳のスープを寸胴鍋で出し、蓋を開けるとギョッとした表情になるリーガル。
「え……? ミルクスープ?」
「牛乳では無く豆から出来たミルク。豆乳と缶詰のコーンが入っている」
「す、すごいッ! え、皆ッ!」
興奮したリーガルは、バッと他の子供達を呼ぼうとして、いない事を思い出す。
「……み、皆が戻ってきてから頂いても良いですか?」
そわそわしながらリーガルは呟いた。
ミランは、リーガルの頭を撫でながら言う。
「スープはこれ以外にもある。豆乳スープは軍事基地に戻ってから何度だって作れる。今は腹を膨らませて、他の子達を取り戻す為に体力をつけるんだ」
「……ッ、はい」
これ以外にも大根の葉とツナ缶のめんつゆ炒めと茹で卵、豆パンと簡易の温かいスポーツドリンクをコップに入れて、4人でゆっくりと食べていく。
他の仲間達にも食糧を渡しているが、こうして直ぐに温かいのを食べられるのは、ミランが側にいる時だけだ。
収納空間内にはユノが遠征組や子供達、果ては見知らぬサービスエリアの人間にまで用意した大量の素晴らしい食糧の数々があるが、今は出さない。
出すのは、これらの問題が全て解決した時だ。
「美味しい……ッ。美味しい……ッ」
リーガルが瞳に涙を溜めながら出した食糧を噛み締めている。
そうやって彼らが食事をしている外では、空腹の日々から嗅覚が鋭くなったゴロツキ達が腹を鳴らし、ギラギラとした瞳でビニールシートに隠れた民家を睨みつけた。
しかし、いくら睨もうとも美味そうな香りがするだけで、ものすら見れず歯ぎしりをするばかりだ。
「どこに隠してやがったんだ……」
男は血管を浮かばせて苛立ちながら呟く。
「あの部下の片方が、リリンと同じ収納能力者なんじゃねーか?」
「だとしたら……結婚腕輪をしていない方だ……腕輪の方は水の能力者だ……」
尻の痛みと強烈な美味そうな匂いに、別の男は疲れた顔をして言った。
「くそッ! くそッ! くそッ! 何が肉を食うなだッ! ヒマワリの種だけじゃ力が湧かねえんだよッ!」
「あのガリ女が余計なこと言わなければ……ッ」
男達は空腹と今の状況の怒りを自分達のリーダーと称していた相手へぶつけている。
明らかに尊敬の念など感じられない物言いだった。
その様子を建物の中から軽く観察していたミランは、ふとトランシーバーを見る。
プツッ。
入電だ。
トランシーバーから声がする。
『数時間前まで人がいた形跡はありますが今はいないようです』
『戻ってくる可能性もありますが、子供達を攫い移動を続けていると考えるのは少々、不自然かと……』
男達が言っていた拠点は確かに存在していたようだ。
『ミラ、お前は鞭役か?』
「ああ。今は俺とリーガルが鞭役だ」
アスの言葉にミランは肯定を返した。
『……能力は誰が何を見せた?』
「リーガルは植物成長、俺はスピード、トトンは水だな」
『残るはグリットか。よし、じゃあグリットが収納能力のフリをして飴を与えて口を軽くさせてくれ。こっちも痕跡を探す』
「了解」
アスの提案に食事を食べ終わったグリットが茹で卵の殻を触る。
「……塩、塩つき茹で卵でいきますか」
「わかった」
ミランは塩を入れている保存容器と茹で卵を7つ取り出した。
「塩分が足りずに怒りっぽくなっている可能性はあります」
「そうだな……」
彼らも世界が終末になった事で生まれた被害者ではある。
しかし発言から察するに『肉』という単語は、最悪の予想を裏付けそうだ。
確定はしていないが、もう少し過ごせば答えは自ずと分かるだろう。
殻をむいた茹で卵を塩の保存容器に埋めて蓋を閉めゴーグルとマスクを装着したグリットだけが庭へ出る。
庭では空腹で苛立ちブツブツと誰かを罵るゴロツキ達がいた。
ザリッ。
グリットは彼らの前に立った。
「さて……今しがた、アンタらの仲間がいた形跡はあったと報告がきた。だが移動をした後のようだ」
グリットを視界に入れ、ゴロツキ達のギラギラした目が向いて、手に持っている白い粉が入った保存容器に釘付けだ。
「……この中には貴重な茹で卵を塩に埋めてある」
「し、塩漬けの茹で卵……?」
「食いたいッ!」
「頼むッ! 腹が減って仕方ねえんだッ!」
男達は口を開けて涎を垂らしている。
「有益な情報を出せば1人1つ食わしてやる。まあ嘘だったら後で四肢が無くなるけどな」
「人数が多いんだ! 次に行くとしたら数が取れるホテルかマンションだッ!」
簡単に1人が情報を吐いた。
「教えた施設は水が出るからいたし、そうそう移動はしねえはず……あの女が何を考えてるかわかんねえが……自分の身内には甘い奴だ。丁度良い住処を見つけて移動したんだろうよ」
「自分の身内? まるで、お前達は違うような言い方だな?」
グリットの言葉に、男は言葉に詰まる。
「それは……」
「元々、マガリ達は別の集団だったんだよッ! 聖者育ちの鼻持ちならないさッ!」
「最初に魔物に囲まれたアイツらをオレらが援護射撃で助けた事で共同関係になったんだ……」
他の男達も情報を吐いていく。
「マガリという女性がリーダーじゃなかったのか?」
「……まあ建前上はな。炎能力は役に立つ」
男は吐き捨てるように言った。
「女は傲慢だからな、立ててやんねーと言うことをききやしねえッ!」
「リリンもマガリの世話焼きで迷惑してるつうのによぉ……」
嫌そうに男達は喋っている。
新しい名前にグリットは訊く。
「リリンとは?」
「マガリの介護をしている女だ」
「マガリは骨と皮のバケモンみてーなクソ女だからな」
「マガリの所為でリリンが忙し過ぎて夜に誘っても断られちまう」
「あの巨乳は最高だよな」
「絶壁のマガリは穴すら碌なもんじゃねーだろうよ」
聞いていて不愉快ではあるが、グリットは飴役だ。
怒りの感情を抑えて情報を抜き出していく。
「リリンも何かの能力者か? 他に能力者はいるか?」
「リリンは能力者だッ! あんたもだろ? 収納能力を持ってんだろ、アンタ!」
「……まあ、そうだな」
グリットの能力は操縦の能力だが、他から見れば車の運転が上手いだけの人だろう。
普通では出来ない運転となれば、半魚人の背に乗って海を渡った時ぐらいだろうか。
彼らが知るには、グリットから教えるしかない。
「オレらも結晶石は食うが力が上がるだけで能力は出ねえ」
「不公平だろ……クソがッ」
「能力があれば、あんなバケモンババア……」
グリットは怒りを感じながら涼しい表情を意識して言う。
「普段の拠点の話や、フラワー地区なら行きそうな場所の話をしてくれ。その他有益な情報でも良い。良い情報者には良いものをやる」
「ここにはモールの情報を聞いて来たんだ!」
「そうだ……地下鉄の道には蛇と蜥蜴がいた! マガリの炎能力で進めたが酷いありさまだったぜ……」
彼らはグリット達とは別の行路で来たようだ。
地下鉄となるとフラワー地区以降の車移動は難しいだろう。
ミランの収納能力で車自体は持っては行けるが、長い距離を危険を冒して進むメリットも無い。
危険すぎる。
「前はバイク移動をしてたんだがガソリンが手に入らなくて手放しちまった……」
「オレ達は週末に集まって遊ぶバイク乗り仲間だったんだ……」
ふと男達は急に過去を思い出したのか、終末前のことを呟く。
「仕事の嫌なこと忘れてさ……風を感じるんだ……」
「あの山上にある蕎麦小屋、美味かったよなぁ……」
「日付決めてフェリーに乗って移動して……」
「甘味処もさ……甘いもん食ってねえなあ……」
「キムチたっぷりの冷麺に茹で卵と味海苔乗せてさ……」
「……はぁ腹減った」
過去を懐かしむ姿に少しだけグリットの瞳に同情の色が浮かんだ。
「宿かホテルだよな……」
「フラワー地区なら……昔、有名だったほら……あ〜……フラワーホテルだっけか?」
「宿だと温泉だよな? アイツら風呂好きだろ」
「今じゃ泥湯だろ魔物もいるかもしれねーし……」
グリットの彼女は、元フラワー女学園の生徒だ。
フラワーホテルに行ってみたい話は何度かした事がある。
本来は結婚後、新婚旅行で国各地の有名所に泊まって楽しむはずだった。
「ほら茹で卵、口に入れてやる。こっちから口を開け」
グリットは口を開いたゴロツキ達に、浅く塩漬けされた茹で卵を投げ入れたのだった。




