第5話 三年ぶりの満腹
山の上部にある軍事基地。
街から離れ田舎とされる場所だが、それにより山ならではの水源の確保が叶う。
おかげで3年間経った今でも、彼らに水の補給を失わせなかった。
外壁に囲まれ、魔物から護りの硬い内側で現在基地に住まう者達は、歓喜に震えている。
食堂に多くの者が集まり、瞳をキラキラとさせながら、机の上に並んだ食糧の数々に思わず唾を飲み込んだ。
腹も自然と鳴っている。
「麺に調味料まで!」
「その別世界の方、ありがとう……ありがとう!」
乾麺を手にして頬を高揚させている青年がいれば別世界のユノに祈りを捧げる者もいた。
ミランから軽く別世界の人間と収納能力が繋がった事を聞かされた時は戸惑っていた面々だが、実物の食料類を目にして一気に色めき立った。
「これパンだよな?」
「菓子パンに見える……」
「え……く、クリームパン? え、本当に?」
「ほ、本当だ」
「カビてないし腐っていない……?」
終末が始まって3年目に目にするクリームパン。
彼らの目には黄金の如くキラキラ光って見え、少し眩しい程でふらついた。
「1人2個だ! 煮麺を食べ終わったら受け取ってくれ!」
ミランが声を張り上げて言い、言い終わったと同時に食堂のカウンターから小さな鐘を鳴らす音。
それは、かつて毎日3回鳴っていた【出来立ての合図】だ。
カラン……コロン……。
バッと彼らの視線が良い香りがしていた厨房の方に向き、カウンターにできるだけふやかして、量を増やした煮麺が入った器が見えた。
「うわー! やった〜!」
「桃もクッキーも美味しかったけど、いっぱい食べられるのは本当……」
すぐさま列ができて、煮麺を貰い食べる者達。
この量では満腹には程遠いが、少しだけ胃を満たし、身体を温めることはできる。
「美味いッ!」
「もう食べてら〜」
器を受け取って立った状態で掃除機の如く煮麺を吸い込む者もいた。
笑いながら行動を突っ込まれているが嬉しそうだ。
食べられる。
その一つが彼らを笑顔にしていく。
「一個食べて、もう一個は明日食べようかな……」
彼らはクリームパンを1人2つずつ貰う。
煮麺は麺つゆで味付けしただけのシンプルなものだったが、皆汁まで残さず食べ切った。
クリームパンは各々、持ち帰るか直ぐに食べるか、好きなようにしている。
「普段の食糧調達班、魔物討伐班、基地警護班の面々には更にクリームパンを一つずつ。そして今日、結晶石を魔物から見つけた者には更にクリームパンを支給する!」
「魔物討伐行ってきます!」
「今までと違って腹に入ってるし、クリームパンもあるし全然ちげえな!」
「マジで美味い……」
「めちゃくちゃ、やる気出るわ……」
軍事基地がある山にも魔物は蔓延っている。
定期的に間引きをしないと基地周りに集まりだすので、こうして数日に一度、空腹であろうと魔物討伐に向う。
その際に森の恵みがあれば取って帰ってくるが1年前から、それも徐々に難しくなっている。
魔物の砂のせいだ。
3年前。
突如として世界各地に不思議なゲートが開き、奇妙な魔物が現れた。
魔物は人々を襲い、各地で魔物討伐が始まったが厄介な事に魔物は倒すと砂になる。
最初の頃は砂になろうが気にせずに魔物を倒し続けていたが、至る所で砂場ができ街も自然も砂に埋もれだした。
魔物の砂は徐々に環境被害を増やし、しかし魔物自体も人々を襲うので倒さなくてはならない。
倒せば倒す程に砂に埋まり、今では街の中でも砂浜の如く埋まっている場所は多い。
消えない別世界のゲート。
現れ続ける魔物。
食物連鎖は破壊され、見えなくなってしまった動物達。
今では魔物の方が数が多い。
最悪なのが人間が探す食糧を魔物達も探し、見つけ食べるという点だ。
何とか栽培していた野菜も家畜も食い荒らされてしまった。
砂になって実らない土地を作る上にそうなのだ。
この世界は徐々に徐々に侵食され続けている。
夜になり驚きの声が上がった。
良い香りがする食堂にフラフラと集まった面々は戸惑いながらも唾をのみ込んだ。
「え、昼に食えて夜も良いのか?」
「そこまで量は無いけどツナパスタとスープだよ」
元々、基地の調理担当だった軍人2人が笑顔で用意したツナパスタとスープをカウンターに並んだ人々に配っている。
めんつゆ、唐辛子、ツナ缶の中の脂もお湯で溶いて使われ、その脂と鶏ガラ出汁で作ったスープ付きだ。
「美味いッ!」
「旨味のあるスープまで付いてて……終末前に戻ってきたのか?」
「喫茶店に来た気分」
「ミラン隊長と繋がっている人、マジで優しいな……」
彼らの瞳が、じんわりと潤んでいく。
「オレ達、全員分を用意しようと頑張ってくれたんだろうっての凄く感じる……」
「……なあなあ。考えてみると、おれらの所はさ1番に食糧で2番目に結晶石だろ?」
1人が食べ終わった皿を見つめながら真剣な口調で呟き、周りの視線が向く。
「そりゃな」
「でもさ……終末前には金が必要だったし、その別世界の子は自腹切ってくれてるんじゃないかな?」
「あ……」
「確かにそうかも」
一人の言葉に周りは、ハッとした顔付きになった。
恩人が困るのは嫌だ。
そして資金が尽きて食糧を送ってくれなくなるのも辛い。
「……普段は食糧調達で出てたけど次は貴金属類探してみようかな」
「そっちの世界で価値あるか分からんけども一応……」
「だな」
「どうせ結晶石も欲しいし探しに行くか」
「明日、新しい編成組む筈だしオレも立候補する!」
「俺も!」
盛り上がる面々の言葉を聞いてミランは確かにと1人思う。
「隊長もどうぞ」
調理担当から笑顔でセットが差し出される。
「いや、俺の分は討伐班に増やしてやってくれ」
「え……良いんですか?」
「ああ。お前達も自ら調理作りに戻ってくれてありがとう。クリームパンも1個ずつ受け取ってくれ」
「わあ……ありがとうございます!」
「妹が甘いの好きで直ぐにクリームパン食べ切って、空袋の匂いをアホみたいに嗅いでるので、あげようと思います!」
「そうか……」
コツコツ……コツッ。カチャンッ。
ミランは盛り上がる食堂での騒ぎを尻目に部屋を出た。
そして誰よりも早く自室に戻り鍵を閉めると、机前の椅子に座り、深呼吸。
そっと収納空間から超特大特盛牛丼・半熟卵3個付きを取り出した。
付属品で赤い生姜が3袋。
ゴク……ッ。
ミランは少し震える手で、デカすぎる丼物のプラスチックの蓋を開ける。
「……ッ」
中には焼き煮込みされた味付き牛肉と薄切り玉ねぎ、甘辛いソースの香りが彼の肺、胃、脳を侵食し盛大に腹を鳴らせた。
ユノが気を使って箸、スプーン、フォークなどの付属品を入れていたが、普通に箸が使えるので手に持った。
袋から割箸を出し、パキッと下手に割れた割箸を片手に持って、箸先に味付き牛肉、しんなり飴色玉ねぎ、汁が染み込んだ白米を拾う。
もぐり……ッ。
一口目。
温かく柔らかく味がしっかりとしている牛丼。
終末前にしか食べられなかった牛丼。
その一口が口に旨味を広げ脳を幸福で包み込んだ。
ぐぅぅぅぅ〜!
匂いと胃に入れた一口で空腹音が再度盛大に鳴った。
この食欲を満たすには、もう、ひたすらに食うしかない!
「美味い……ッ!」
途中で半熟卵や生姜を入れて味変しながら全部をガツガツ、ガツガツと勢い良く食べて、ふうっと息を吐く。
味が濃くて食感のある肉や米類。
しかも出来立てで量も多く最高だった。
最高すぎて余韻も美味い。
確認したが米ひと粒残っていない。
残念だ。
元から食べる方ではあったが、能力者になってからはより空腹は増えた。
力が増えた分でしぶとく生き残る事はできたが、飢餓は精神を侵食し、あまりにも辛い日々だった。
「最高だ……」
こんな言葉で足りるはずがないのに、他に出てこない。
中毒症状になってしまいそうな美味さだ。
腹も満腹なんて3年ぶりで気分が良い。
ベッドに仰向けで沈み天井を見上げ、ぼうっと思考する。
ミランの頭の中には先程の食堂での騒がしい様子が流れた。
「貴金属類か……」
ミランは満たされた腹を撫でながら明日からの食糧調達班は貴金属類を探す編成にすべきだと思い、3年ぶりの満足感の中で深い眠りについたのだった。




