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第44話 握手


 ザリッ。


 早朝、子供達に勇気づけられ、リーガルは懐かしい場所の体育館に向かう。


 リーガルがミラン達に指定したのはフラワー地区の人間達が避ける場所。

 名門フラワー女学園だ。


 名門女学園は小、中、高、大までエスカレーター式で通える巨大女学園だ。

 寮もあり、元々は多くの人々がこの学園に住んでいた。


 終末が始まったばかりの頃、リーガルも姉が通っていた事もあり身内として共同生活が行われ、その間に今の仲間達とも出会ったのだ。


 フラワー女学園は設備が優秀で、エコを目指し発電機や水の浄化器もある。

 自然と共存する仕組みは、メディアにも数多く取り上げられ、花々が広がる学園は、とても美しかった。


 フラワー地区自体がそうだが花食文化も根強く、学食は花を使った美しい食事が多かった。

 美しさを目でも食べる文化は、他の地区とは違う誇りだったと思う。

 リーガルは過去を思い出しながら、そう感じた。


 足が過去に自分が与えられた畑に向かい、よく育っている植物魔物の塊を見上げる。

 畑までリーガルなら行けるだろうが、植物魔物の密度が高い。


……──近くの建物は完全に飲み込まれちゃってるな……


 フラワー女学園での生活は、リーガルの立場としては、そこまで悪いものではなかった。

 徐々に食糧の底が見え、最後には食べ尽くされた結果で種も無くなったが、今よりは安定して食べられていたと思う。


 確かに役職の上官は効率を考え働かない者を切り捨て、働く者でも食事配分を減らした。

 だが、あれが悪かったかといえば、リーガルは、そうは思えない。


 リーガル達は結果的には外に出て、日々の中で食べ物を探し、花や草を育てて暮らした。

 その中で知ったのは、自分で切り開く努力をしなければ、皆平等に命を落としているということだ。


 避難民達は安全圏に入り、フラワー女学園の生徒達が生活の基盤を整える為に並走する中で、行ったのは妬み僻み怠慢だ。

 女学園の生徒達は幼少の子達も含めて、水耕栽培を毎日行い、各所の掃除をしている。


 太陽光発電と水力発電はあったが、蓄電はそこまで出来ない。

 毎日、電気を節約する為に、彼女達は丁寧に呼びかけ規律を守っていた。

 実際、飲水以外は毎日水を運河から流れたものをバケツで汲み取っている。


 増えすぎた避難民の為のトイレ用の水を丁寧に用意し、水のシャワーが浴びられるよう最低限の浄化も各自で行っていたお陰で、多くの人が食事以外の苦労をせずにいる。

 3分の1から4分の1まで避難民の食事配分は減ったが、そこに足せるように自分達で育てた野菜を少しずつ混ぜ、量を増やしてくれたのも彼女達だ。


 初期の頃に来た避難民や自ら仕事をしていた避難民は、そのことを知っていた。

 誰かから聞いたわけじゃない。

 自分達で見て用途を訊ね知ったのだ。


 だから、それが出来ていた人達は事情を知っているし、怒りを向ける姿は殆どなかった。

 自主的に魔物討伐に行く者もいて、そういう人達は、個人で持って帰った食糧の黙認がされていたと思う。


 リーガルが定期的に見かけたのは、食べられる草や花の持ち帰りだ。

 相棒も水路に仕掛けた罠に入ったザリガニを持って帰ってきてくれた。

 お陰で食堂の食糧が増えて感謝されていたし、出汁の効いたスープは美味しかった。


 自主的な討伐隊の個人が持ち帰る物は、大抵が片手に持てるぐらいの僅かな量だが、役職達も働く人間には比較的寛容だったと記憶している。


 ただ、あの土下座していた男に関しては何があったのか知らない。


 リーガルが色々な背景から推測するのは、何か余計なことをしたのではという否定的な思考だ。

 リーガルは変わっていく人達に悲しさを覚えてはいたが、それでも役職達がヒーローなことには変わらなかった。


 しかし、空腹は人の心を蝕む。

 最終的には内部分裂が起きた。


 フラワー女学園の美しい信念は3箇条ある。

 【恥ずかしくない心】

 【慈しむ心】

 【美しさを忘れない心】


 彼女達は女学園ならではの秩序を守り、清く正しく生きていた善の人達だ。

 だからこその国でも有名な、名門フラワー女学園だったのだ。


 あの事件の前、リーガルは畑を荒らす、まだ小さかった植物魔物を倒した事で結晶石を手に入れた。

 最初は興味で拾い身体に自然と吸収され、力を手に入れた。


 植物成長能力を手に入れたのは、どのタイミングなのかは正直分かっていない。

 動く草は多過ぎたし、3年も終末の世界を生きると結晶石の価値も分かる。


 結晶石は食糧の次に価値のある物質だ。

 これを吸収すれば身体が頑丈になるし、運が良ければ何かしらの能力が手に入る。


 もしも能力の使い方を、もっと詳しく理解した上で全体に説明していれば、種まで取られることはなかったかもしれない。

 リーガルは過去を思い出しては自分の日記を読み返し、何か別の方法がなかったかと考える。


 もう過ぎて取り返しのつかない状況で、何度も何度も考えては、後悔を繰り返してしまう。

 リーガルは生まれた能力を使い状況を改善したかったし、人々に希望を見せ、終末でも皆と生き延びたかった。


……──愚かだよね……



 あの日、女学園の幼い生徒達が避難民に襲われる。

 避難民の言い分は極度の空腹と疲労、働いていないと見えた幼い女子生徒達への怒りだった。

 幼い女子生徒達は内臓が破裂し、まともな医療機関が無い状態では治療できず、亡くなった。


 他の女子生徒達の怒りは真っ当なものだと思う。


 捕まった犯人達を彼女達は、自分の拳から血が流れようと殴り続けた。

 可愛がっていた後輩や妹もいたのだ。


 足の腱を切られた犯人達は魔物の生餌となった。

 あの瞬間から彼女達の善意は失われてしまったと思う。


 泥沼と化したフラワー女学園は畳み掛けるように、急成長した植物魔物に飲み込まれてしまった。

 多くのものが燃え、久々に見る女学園の一部の建物は、もう存在しない。


……──あっち側に寮があって……全部が植物魔物に埋め尽くされたわけじゃないけど、向こうも時間の問題かな……?


 姉は、ショッピングモールに先に暮らしていた元教育者の勧めで中に入り、時折リーガル達に食糧をくれた。


 しかし最近は連絡が繋がっても姿を見せなくなった。

 夏ぐらいからだろうか。


 秋の始まりの時期に姉の代わりに元フラワー女学園の知り合いが顔を出し、栄養剤や缶詰をくれたが、強い言葉を言われる。

「姉に甘えて恥ずかしくないの? 知ってる? あんたみたいのを寄生虫っていうのよ。泣いたって何度でも言うからねリーガル。弟として恥ずかしいと思うなら、もう二度と来ない事ね!」


 リーガルは落ち込んだが、彼女に怒りは沸かなかった。

 安全な敷地内から彼女はリーガル以外では恐ろしい植物魔物を避けて、重い荷物を運んで外に来てくれたのだ。

 ただただ感謝しかない。


 リーガルに出来るのは食用花を咲かせて、彼女にあげるぐらい。

 植物魔物が怖いのに空気を読めない事をしたと焦ったが、無言で花を受け取り背を向けて彼女は帰って行ったのだった。



 ガラガラ……ッ。


 植物魔物がおらず、燃えてもいない、体育館の扉を開けた。

「……ここは侵食されていないままだね」


 そして現在。

 植物魔物に敷地の3分の2を埋め尽くされたフラワー女学園に来て、指定した体育館の中に入る。


 軍人達には植物魔物に侵食されていない側の門を教え、そこから近い体育館を指定した。

 植物魔物はリーガルを避けるし、もしもの場合は使える。


 何度も話したミランやトトンが悪い人間じゃ無いとは思う。

 バンの能力で嘘も吐いていないのは分かっている。

 しかし、万が一は考えるべきだ。


「あ……バスケットボール」

 落ちていたバスケットボールを拾えば空気が抜けていて、ふにっとしている。

「よッ!」


 片腕で投げ飛ばしゴールネットの中にスポッと入り込んで、下にべタッと落ちた。

 全然弾まない。


「この街、植物魔物が多すぎません?」

「蜂系のと共存で受粉もしやすいんだろう」

「そういえば蜘蛛の天敵って蜂らしいですよ」

「ここの蜂は肉食じゃないし、天敵になるのか?」

「あ、確かに……じゃあ関係ないのかな?」


 ガラガラ……ッ。


 喋りながらミラン達が扉を開けて体育館に入ってきた。


 ミラン達とリーガルの視線が合う。

 ミランは体育館内を見回すと、両手に持っていた双剣を鞘に入れた。


「……」

 リーガルは、ドキドキしながら彼らを見つめている。

 ミランは無言で部下2人を制止させ、腰の双剣のベルトを外す。

 そして部下に持たせて、静かに体育館の中へ入ってくる。


 キュッ。


 一定の距離でミランは足を止めると声を出す。

「俺はラムドール・ミラン」


「オレは、リーガルです……」

 緊張しながら、リーガルは声を返した。


 リーガルの視線の先にいるのは、柔らかい雰囲気の群青色の瞳をした体格の良い男だ。

 全体から感じる静かな雰囲気は、普段の通信越しのイメージと合っている。


 リーガル自身、魔物や人間と相対した時の為に独学で身体を鍛えてはいたが、目の前にいる3人の1人にも勝てないと直感で思う。


「リーガル。俺の能力を見せよう」

「あ……はい」

 ミランは体育館の床にしゃがむと手を軽くかざし、スッと空間から箱を取り出した。


……──本物の収納能力だ……!


 確かにミランは収納能力を持っている。

 リーガルは、ゴクっと唾を飲み込んだ。


 しかし、中身は本当にあるのか。

 それが何よりも大切だ。


「この中にあるのはサツマイモ」

 ミランが箱を傾けて中をリーガルに見せた。


 箱の中には生のサツマイモが土付きでミッチリ入っている。

「サ、サツマイモだ……」


 リーガルの足がふらふらと2歩進む。

「他にも……そうだな缶詰を出そうか」


 ミランは両手に魚、肉、果物の缶詰を出した。

「果物の缶詰ッ!」


 リーガルはミランの目の前まで来てしゃがみ込み、桃の缶詰を手に取った。

 ズッシリと重く、クルクル回して見ても、繋ぎ目などは無い。


……──すごく本物って気がする!


 前にヒマワリの種との交換で、砂を詰めた缶詰を渡されたことがあった。

 リーガルは能力でヒマワリの種を増やせはするが、育てるのはそれなりに大変だ。


 小さなヒマワリ畑を何個も作り、植物魔物で人から隠して、定期的に見回りをし植物の成長を促す。

 その過程は簡単なものではない。

 何故なら倒せるといっても魔物は出るし、人間が襲ってくることもある。


 それに、普通に騙されて悲しかった。

 皆で食べれると思って蓋を開けたら砂だったのだ。

 期待させてしまったのも、本当に可哀想だった。


「これらは今日持って帰る形かな? そうだ。甘いものがと言っていたから、サツマイモと林檎の蒸しパンを用意したよ」

「え……」


 ミランの手に蒸しパンが現れて、甘い香りに、ごくっと喉を鳴らすリーガル。

「帰りにはもっと渡そう。良ければ食べてくれ」

「……い、いただきますッ!」


 リーガルは蒸しパンを貰うと最初にサツマイモの方をかじった。

「美味しい……!」


「甘さを引き立てる為に少し塩を入れるのが良いらしい」

 ミランが作った相手の言葉を思い出しながら、そう言った。


「リンゴの甘酸っぱいですね……」

「リンゴパイ風を目指したらしいぞ」

「そう、なんですね……」

 リーガルは食べ終わると泣きそうな顔で言う。


「最高の能力ですね……」

「ああ。誇りに思う」

「あはッ」

 リーガルは笑顔になると、ボロボロっと涙が落ちていく。


「皆ッ、すごく、すごくッ……喜ぶと思います……ッ」

「そうか……リーガル、俺達と仲間になれそうか?」

「はい……ッ、なりたい……ぜひ、お願いしますッ」


 リーガルが床に手をついて頭を下げようとし、ミランが彼の額を下から軽く持ち上げて言う。

「リーガル。違う」

「え……?」


 リーガルが戸惑いの表情でミランを見上げる。

「お前がするのは頭を下げることじゃない。握手だ」

「あ……ふ……あははッ! そうだね、ミランッ!」


 リーガルは泣き笑いの顔で頷いて、ミランと固い握手を交わしたのだった。

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