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第42話 アンダーパス


 ザリッ。パラパラ……ッ。


 橋の断面から欠片が溢れ下に落ちていく。

 その欠片は風に漂い、粉塵舞う空気の中へ混ざっていった。


 下の運河までは約30メートルは高さがあるだろう。

 ミラン達は高速道路の上にて、改造車を停め下りてから先を見ている。


 目の前にはへし折られた橋梁きょうりょう

 丁度長い橋を渡る地点で割れて、鉄筋がむき出しになった道路が生まれていた。


 橋を渡れば子供達がいるフラワー地区に入れる。

 しかし現状は、使おうとしていた道が無い。

「……」


 眼視では約百メートルは失われた道路。

 その下には泥水の運河がある。

「海の魔物が通ったのかもしれません……」


 ミランの隣で運河を覗き込んだグリットがそう呟いた。

 ミランは遠くに見える海の方を見る。

 砂曇は前に見えていた水平線を歪め、霞めていた。


「海の魔物は、これほどに巨体なのか……」

「そうですね……大型種は地上にもいると思いますが……まあ、おれが出会った海の魔物は数よりもデカさが厄介でした」

 海軍出身のグリットが過去を思い出しながら、そう話した。


「クラーケンの情報を最初の頃に耳にはしたが……」

 ミランが過去の資料をうっすらと思い出す。


「そうですね……デカい軟体生物もデカいウツボみたいなのも現れたら、もう同じですけど」

「同じ?」

「こんな風に橋を壊す魔物ですからね。戦艦も沈めてしまう。海は人間に不利すぎて……もう笑えるほどに……」


 苦笑いを浮かべているグリットはしゃがみ、コンクリートの砕けた拳程の欠片を持つと運河へ投げ落とす。

 ヒュルヒュルと空をかき進み、石は水に飲み込まれる。


 バチャッ! バチャッ! バチャッ!


 蜥蜴と魚を半分合わせた形の生き物が飛び出て、グルッと顔をミラン達に向けた。

 顔横に付いている大きな目玉が、ギョロギョロ動いている。


「半魚人。久々に見たな……知ってますかミラン隊長」

 ミランが半魚人からグリットに、ゴーグル下の視線を向けた。


「アイツらって人間を生け簀にして食べるんですよ」

「……」

 ミランの群青色の双眸が細まる。


「沈んだ船の人間共を息は出来るが逃げられない穴に連れ込んで、腹が減ったら特に新鮮な状態で食べていくんです」

 グリットのゴーグル下は苦々しく過去を見る表情だ。


「おれが運良く操縦士の能力を開花したから魔物の背に乗って逃げられたけれど……怖かったなぁ……」

 もう一度、欠片を掴むとグリットは立ち上がり、今度は勢い良く運河に投げ込む。

 上半身を出している半魚人の頭に当たり、どちらも弾けた。


 ドボンッ! バチャンッ! バチャンッ!


 仲間の最期を見て慌てて泥水に身を潜らせる半魚人達。

「まあ、おれも……操って乗り終わった奴の首を背後から突き刺して砂にしたんですけどね」



 ブロロロ……。


 高速道路から続く橋梁が渡れないとなり、別の道を模索する事となった。

「フラワー地区は、あの運河を越えた先なので……別の壊れてない橋か地下道ですかね」


 グリットの言葉に頷き、トランシーバーで声掛けをするミラン。

「今からアンダーパスの入口へ向かう」

『『了解』』


 アンダーパスの入口付近には、通行管理所があった。

 それなりの大きさの建物と敷地だったので、一度ここで作戦会議と休憩を行う事にする。


 カタンッ。


 トトンの能力で水を出してお湯を沸かし、持ってきた麦茶パックで作り、全員自分の銀色のカップに熱い麦茶を注いだ。


「先ずは偵察を行おうと思う」

 ミランが呟き、アスが視線を向け言う。


「じゃあ、オレが行こう」

「いや、俺はスピード能力がある。大抵の脅威を避ける事は可能だ。無理に倒すつもりはない」


 アスは赤褐色の瞳を向けて少し黙った後に言う。

「……じゃあ出入口で見張る。それなら良いだろ?」

「……わかった。頼むよ相棒」

「うしッ!」



 出入口で暗い暗い空洞を見上げる。

 フラワー地区へ繋がるアンダーパスの広さは、改造した軍用車が横に3台並んでも通れる広さだった。

 しかしだ。


 ゆらゆら……。ベチャッ。


 持ってきたランプを掲げながら、入口から光が差し込んでいる範囲で進む。

「糸……」

 黒い液体だらけの床の広さを眺めていれば目の前に糸が一本垂れている。


 ゆらゆら……。


 顔を上げ糸の先を仰ぎ見る。

 橙色のランプに照らされて天井には大きな大きな蜘蛛の巣が見えた。

 魔物は不在のようだが、その蜘蛛の巣の大きさに目を細めるミラン。


 べチャリ……。


 糸に触れずに更に進む。

 陽の光が区切られる境目に、地面や壁に茶色でうごめく塊を発見した。

 暗い中を気に入っている1匹を双剣の片方で剥がし取る。


 大きさは成人男性の靴裏ほどの大きさで、ナメクジとヒルを合わせたような見た目に近い。

 ジメジメと湿った場所で大量に生息しているようだ。


 アスが待つ出入口へ軟体生物風な魔物を剣に貼り付けた状態で戻り、部下達にもそれを見せる。

「出入口の光が届きにくい境目から多くのコレが生息していた。地面は黒い液状で、コレらは地面や側面に張り付いている」


「うげ〜……ナメクジ? ヒルかな? 気持ち悪い……」

「なんか、液体が垂れてる……」

 部下達は、それぞれ嫌そうに反応した。


 ミランが地面に剣を突き刺すと魔物はベタっと下へ転がり、乾いた砂が豆粉みたいに貼り付いた。

 ぱっと見た感じデカい豆粉餅みたいだ。

 豆粉餅がうごうごと身を捻っている。


「この魔物自体は大した脅威にはならないだろう。しかし天井部に生息する蜘蛛らしき存在は怪しい」

「えッ蜘蛛の魔物っすか!」

「虫魔物は全部が、あの生態でデカいとなると……」


 蜘蛛は生き物の中でも天才的な狩人だ。

 このナメクジかヒルか分からない生物と共存関係なのだろうか。


……──まさか餌にして生息している……? いや、砂になる生物を……?


 いくら改造軍用車で通るとしても、相手は巨大な蜘蛛だ。

 部下達のそれぞれが身震いをした。


「コレから出る液体は粘り気があり汚水と混ざりよく滑る。その為に金属チェーンを8輪タイヤ全部に取り付け進む」

 ミランが剣先を魔物に滑らせ透明な液体がネバーッと伸びた。


「幸いグリットは操縦士の能力を持っている。先陣を切って1班が向かうから、それに合わせて2班、3班も続くように」

 ミランの言葉に班の長の、ヤムクーとアスが頷いた。


「グリットの能力の恩恵が来るなら一時的に車両を繋ぐとかするか?」

 アスが魔物を眺めながら呟き、ミランは顔を横に振る。

「いや……下手に引きずられて事故を誘発する可能性もある。等間隔で前の尻が見える位置になり、トランシーバーは常時点け慎重にいく」


 粘着魔物の液体が出る側に焚き火用の木を置いて軽く踏むと口か尻か分からないが、ブシュッと薄く黄色い液体を吐き出した。

 液体に触れた木の色が少し黒ずんでいる。


「強い酸では無いな……」

 軽く調べた結果、この魔物は薄い酸を吐き出すと予想された。


「このまま直接踏み潰して進めば車の劣化を早める。コレは光を避ける傾向があるので、それを使おう」

 わざわざ倒さなくとも少しでも自ら魔物が避ければ、それで良い。


「今から松明を用意し車下側は6ヶ所、上も4ヶ所取り付けよう」

「30本か……」

 大切な食用油を使うことになるが仕方が無い。


 ザシュッ!


 観察していた魔物を始末して砂に変える。

 何度も液体を染み込ませた木は作戦会議が終わった頃には完全に黒ずみ、朽ちた姿になっていた。



 薄汚れた布を集め木の棒に、グルグル取り付けて食用油を30分は染み込ませ、改造車に装着する。

 下側はタイヤの上の位置、松明は使い捨てだ。


 一時的に針金で固定し、飛び散る液体を考え、離れた位置でガムテープを貼り付けて留めた。

 上側は車体の前後中央と左右中央。


 下はヒル系魔物を上側は蜘蛛系魔物を遠ざける為だ。

 これで約100メートルの地下を進む。


 中で松明が落ちても、油が染みた火は直ぐには消えない。

 牽制ぐらいにはなるだろう。


 ボシュッ! ボオオオオオオッ!


 それぞれに火を着け改造車に乗り込む。

「1班出発する」

『『了解ッ』』


 ザリザリ……ゴロゴロ……ズズズズ……ッ。


 5メートルは高さがあるアンダーパス。

 過去にあった電気系統は、今は使えず無いので、数メートルも進めば中は真っ暗だ。

 改造車の明かりと、松明の灯りのみが辺りを照らし、人が歩く程度の低速で進む。


 ズサザザ……ッ。ヌチョ……ブチュッ!


 最初の数匹は逃げる速度が間に合わず車輪で潰したが、大半は光や熱を避けて横や奥に逃げていく。

「うげ……」


 様子を見ていた部下達から気分が悪そうな声が聞こえる。

 ビッシリと床や壁を這うヒル系魔物がうごめく姿は悍ましい。


 ズズズズ……ズズズズ……。


 ただ、そんな悍ましさも天井で静かに存在する蜘蛛の魔物に比べたらマシだ。

 下手に刺激しすぎず、牽制しあい、沈黙の100メートルを抜けていく。

 ジリジリ、ジリジリと油の燃える臭いが少し室内に漂った。


「1班クリア」

『……2班もッ、クリア』

 ノイズ音の後に少しの間があったが、背後から2班も抜け、外に出てきた。

 上部の左右にあった松明が2本無い。

「……」


 バタンッ!


 出入口から離れた位置にいたミランが車から下りて双剣を握りしめる。

『3班ッ! 車を飛ばすぞッ!』

 2班が出入口から離れたところでアスの声がトランシーバーから響き。


 ブオオオオンッ! ズザザザザッ!


 殆どの松明が落ちた改造車の上部には巨大な蜘蛛が貼り付いている。

 ドリフトを決めた改造車の上で、太陽の下に出た車の半分はある巨大蜘蛛は、嫌そうに身を動かした。

 ミランが切り込みに向かう前に、自らアンダーパス内の天井へ糸を伝って素早く戻って行く。


 バタンッ!


「戻ったか……」

 巨大斧を持ったアスが3班の改造車から出て今にでも落ちそうな最後の松明を手にすると、車からアンダーパスに繋がる太い蜘蛛糸を燃やしたのだった。

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