第41話 リーガル・後編
逆鱗に触れてしまった。
罪の無い幼い生徒達が無残な姿で殺されて、怒り狂った女学園の彼女達は、犯人達を叩きのめす。
元々、とても優秀な名門フラワー女学園の生徒達は文武両道な人達が多い。
ただ謙虚に相手を立てる優しい姿が多く、あえて要求したり自慢気に語る姿がないだけなのだ。
彼女達は何も出来ないわけでも、してないわけでも、しないわけでもない。
舐めていた犯人達はすぐに捕まり、顔の形が変わるほど叩きのめした後に足の腱を切り、生きたまま魔物の餌にされた。
彼女達の復讐に最初に怒りを見せたのは、避難民ではなく役職持ちの上官達だった。
彼らは優秀な彼女達の謙虚な美しさを愛していたようだ。
彼らにとっての心の安定になるコレクションの、歪む姿を見たくなかったとも言える。
そういった個人的な要求で怒りを見せ、話がややこしくなった。
根本にあった食糧問題での処置が話題にあがり、彼らが頻繁にしていたであろう避難民に対しての差別が明らかになる。
そんな内容が、さらなる火種を生んだ。
完全にひびが生えた状態で板挟みにあったのは、若い役職持ち達で、彼らの中には生徒達と恋人関係の者もいて、フラワー女学園は酷い泥沼状態となった。
ザリッ。
足を止めてバン一家を見る。
彼らは古参の避難民だ。
「出て行ってしまわれるんですか……」
草抜きの手伝いを毎日してくれていたバン。
その家族が、フラワー女学園の抗争を見て出て行く事を決めたらしい。
バンは今後住む住所を書いたメモをオレに渡して、一家は早々に去って行ってしまった。
落ち込んでいれば、新たに信じられない内容が入り込む。
食堂責任者の夫婦が追放処分となってしまったのだ。
どうやら役職持ちの上官達が、彼らが内緒で行った食事配分に気付き、追い出されることになったらしい。
食事無しと判断されていた怪我人と病人に密かに配った事が罪か、罪じゃないか。
その判断はオレには難しい。
切り詰めなければ、食糧の底がつくのが早いのは分かる。
しかし見殺しに出来るほどの精神も持っていない。
空腹は悩みを増やし、心を弱らせていく。
……──皆食べられたら良いのに……
ショッピングモールに行き交渉すれば、食糧は貰えるだろうか。
でも貰う条件には何かがあるはずで、それが何なのか分からない。
食堂責任者の夫婦の子供、アルトとモーツもよく草抜きを一緒にしてくれていた。
もちろん夫婦に付いて行った2人もいなくなって寂しい。
オレは草抜きをしながら、親友や家族と笑い合っていた過去をぼんやりと思い出していく。
数ヶ月前の話なのに遠い昔みたいだ。
役に立てると思っていた畑作りも、もう無能だった。
種が無くなってしまえば何も育たない。
空っぽの畑の草抜きをするしかオレには出来ないんだ。
……──モールの主とかいう人に頼んで、種だけでも貰えないかな……何か種が残っていれば……
ドゴッ!
急に身が衝撃に揺れて後ろを振り向けば、女学園の掃除道具の箒を持った男達がいた。
「だ、出せよッ!」
「食いもん出せよッ!」
何人もの箒で殴られているのに身体は案外動く。
自分を庇いながら後退った。
「持ってんだろ!」
「早く出せ!」
バチッ! ドゴッ! バキッ!
先に箒が折れた。
食事をしていない彼らは辛そうで、空腹で空腹で仕方ないんだと思う。
……──どうしてこんなことになっちゃったんだろうな……
仲の良い人達は去っていく。
真っ直ぐに生きていた人達も歪んでしまった。
殴られながらオレは丸くなり、耐えるしかできない。
悲しい。
悲しくて、悲しくてたまらないよ。
***
「……」
オレの血を吸ったからか目を覚ますと、あの動く草が2階まで伸びている。
……──やっぱり魔物だった……
伸びた植物魔物は、オレを叩いていた男達に絡みついて、何人かは生きたまま土の中へ埋められている。
入れ方は適当で、頭から入れられた人は窒息し亡くなっているようだ。
足から入った人達だけ息が出来て、まだ生きている。
オレもそうみたい。
「たすけて……」
「苦しい……」
「俺がいなくなったら……誰が親父を食わすんだ……誰が……」
頭がぼんやりとした。
オレも食事が3分の1に減って、これだけじゃ足りないと感じるのに、彼らはもっと少なくて、生きようと足掻くしかない。
オレに絡みついていた植物魔物の触手を手に握ってみる。
「……」
植物魔物はビクンッと身を震わすと、少しばかり成長した後に急に干からびていく。
……──どれだけ根深く成長したんだ、この草……
植物魔物は嫌そうにオレを土から出すと別の地面に放り投げた。
オレが握ったことで干からびていた植物魔物は、土に埋まる人間達を取り込みながら復活を遂げる。
隣の建物よりも背が高くなったそれは、よく見れば、ここだけじゃないみたいだ。
ふらふらと立ち上がれば、あちらこちらで悲鳴が聞こえた。
「……姉ちゃん」
オレは姉を探して、ふらふらと足を動かした。
もう、此処は無理だ。
助からない。
だったらオレは姉を連れて去るしか出来ない。
オレは昔から今も変わらず身近な人が大切だ。
……──誰かの為か……
フラワー女学園の生徒達は学園の教えを守り、自分達の食事を減らしてでも慈悲を見せた。
だけれど、それは高貴な行為であって解決ではない。
避難民達は憐れな存在ではあったが善人ではなく、勇敢でもなく、施しが得られるギリギリの道を選んだ。
彼らだって魔物を倒す努力と選択肢があったのに、あえて選ばなかったのだ。
何故なら常に命が失われる危険性が高いから、それを恐れ自ら僅かな食事配分を選択した背景がある。
そうしてその僅かな施しが減り、怒りが増え、弱者を痛めつける道を選び、もう救われることはない。
役職とされた魔物退治を一身に受けていた彼らは、勇敢なる人達だ。
当初から多くの犠牲を出し、何度も怪我を負い死にかけている。
彼らの食事が常にあるのは正しい姿だろう。
何故なら彼らがいなければ、オレ達は、もっと前に命を失っている。
食糧だって、モール側が何を条件にしていたかは知らないが、それでもフラワー女学園に暮らす人達の分を持って帰ってきてくれていた。
ただ安堵を求め精神は崩れ、徐々に思考は効率を求めていたんだと思う。
動けない人間を排除するなど、終末前には考えられなかったことだ。
大勢を救った先にあるのは生きる人間の選択で、彼らは救いながら恨まれる立場となってしまった。
「誰かの為に生きようとするって、難しいんだな……」
何かを踏んで下を見れば、生えたばかりの小さな植物魔物がいた。
「明日には、どんだけ成長する気なんだか……」
しゃがみ込み引き抜く。
植物魔物は小さい時は大したことがない。
子供の手でも引き千切ることが出来る。
栄養を与えず頻繁に抜いていれば、弱小の魔物だったと思う。
だけれど、このフラワー女学園で地道に増え続けていた小さな植物魔物は、オレの血を吸い。
避難民達を栄養にし、たった半日で、このような化け物へと進化してしまった。
……──もうこうなると、燃やすぐらいしか……
赤い色が視界でチラついた。
ハッとした時には、同じ思考の誰かが火を点けたらしい。
見上げた先で植物魔物達が燃えている。
「……ぁあ」
ゴウゴウとゴウゴウと燃えた植物魔物が暴れると、建物に火が移り更に燃えていく。
……──地獄みたいだ……
「リーガル!」
呼び声が聞こえて視線を向ければ、松明を持った姉が走り寄ってくるところだった。
「姉ちゃん……」
「良かった……生きててくれた……!」
姉に抱きしめられて、ぐっと息を止めた。
少しでも油断したら泣いてしまいそうで、オレは歯を食いしばる。
「リーガル、嫌って言っても私と逃げるのよ」
「うん……」
弟にとって姉の言葉は絶対だ。
オレは姉に手を引かれ進む。
背後では植物魔物が増え、人の悲鳴が聞こえ、多くが燃えている。
大勢の人達を助けたフラワー女学園。
そんなフラワー女学園は多くの人達を植物魔物の餌にしながら、共に燃えてしまったのだった。
***
その後、オレがバン一家から貰った紙に書いてあった住所に行き、身体を休ませてもらう。
姉は燃える前に鞄に詰めてきた米をバン一家に渡し、泊まり代にして、さらに食べられるらしい花の種を貰っていた。
オレと姉は拠点を転々としながら、花の種を育ててヒマワリを増やすことに成功する。
その途中で食べられる植物を探していた元食堂責任者の夫婦に出会い、協力して過ごす。
ヒマワリの種で色々な人達と物々交換を行う。
碌でもない人も多くいたが、ヒマワリ種を喜ぶ人も多くいた。
バン一家とも大量のヒマワリ種を交換した結果、良き隣人になることが出来た。
定期的に夫婦一家とバン一家とチームを組んでは、魔物討伐をしながら新たな食糧を探す。
街は植物魔物が呆れる程に増え続け、気付けば小鬼と黒狼の数は減っていた。
人間達の多くは火で植物魔物を避けることを覚え、オレに関しては向こうが嫌がって避けていく。
植物魔物はオレが随分と苦手らしい。
オレが触れようとすれば身を捩らせて逃げるし、無理やり握れば観念したようにシュンとする。
無害となったのは、オレが生きている植物に関してだけだが、栄養を操れるからだと思う。
「……オレ達が住んでいる所やヒマワリ畑の栄養を取ったら駄目だからね」
意思疎通みたいなものが出来るかと思い、試しに言ってみたら、オレが作った小さなヒマワリ畑は綺麗に残るようになった。
ギリギリの境で残すのだから、徹底している。
……──どこで思考してるんだろう……?
オレ達に生きる知識をくれた大人達が徐々に減っていく。
フラワー地区で生き残る別の派閥の人間との摩擦や、気付いたら増えていた夜の魔物で、小さなチームの数は減ってしまった。
気付けばたったの5人。
大好きになった人達が亡くなる度に、凄く凄く悲しかった。
「なんでなの姉さん」
「あら、お姉ちゃんって呼んでくれないの?」
「……今は、そんなあれじゃないし、それよりも、モールの傘下に入らないでよ! 前にやめたはずじゃんか!」
「……入れば食糧が貰えるの」
「食糧は……ヒマワリ種とか、他の花だって、オレが成長させればもっと沢山ッ」
「それじゃあ、リーガルの成長期には全く足りないじゃないの」
姉に額を軽く抓まれてから、優しく頭を撫でられた。
「お姉ちゃんを信じなさい。定期的に食糧を渡すからね」
「……行かないでよ」
「弟は姉の言葉は聞くものなのよ」
そう言ってリリール姉ちゃんはオレを抱きしめて、次の日にはショッピングモールの主の傘下になったのだった。




