第40話 リーガル・中編
たどり着くと、フラワー女学園の門前で待っていた姉に抱きしめられた。
驚いていれば、相棒も彼女のミキに抱きしめられている。
心底無事に安心したような雰囲気に、オレ達は戸惑った。
だって、オレ達は周りが騒がしいだけで、とくにこれといって危ないことは起きていなかったから、奇妙だったのだ。
心配されたのは素直に嬉しかったし、その後は姉の寮の部屋に案内された。
初めて入るそこは2人部屋で、相手は出かけているようだ。
4人で腰掛けて、オレと相棒はお土産のジュースとハンバーガーを見せた。
「ミキのも野菜、1.5倍にしといたぜ〜」
「ありがとう!」
「姉ちゃん、どれがいい? 早いもの勝ちだよ」
「えっと……そうね。じゃあチーズバーガー頂くわね」
「うんうん」
残りは両親の分だ。
ポテトやチキンナゲット、甘辛揚げチキン、アップルパイもある。
「はい、遠慮せずにこれも食べてよ。アップルパイ好きでしょ?」
「好きよ。この……可愛いやつめ」
姉に頬を軽く抓まれた。
「にしても地下鉄に大トカゲが大発生って、どうなってんだろね?」
「そうね……外から駆除する為に警察や消防が動いてるみたい」
「ふーん」
なんとなく、オレの指輪通信機に流れている映像を4人で眺める。
姉とミキは食事をしながらだ。
映像には地下鉄の電車から出られなくなった満員で詰めつめの人達の苦しそうな様子が見える。
そんな中で知名度の低い動画配信者達が、ここぞとばかりにトカゲ事件を流して語っていた。
「……今日、凄い音がしたの覚えてる? 辺りも揺れて……」
「え? 凄い音……? まさか、モールで聞いた音?」
まさかと思った。
まさかあれは、フラワー地区全体で聞こえた音だったのだろうか。
遠くでトラックがぶつかった音に近かったけれど、これだけ距離があるフラワー女学園でも聞こえたとなると、相当だ。
「寮に戻ってきた子達が見たらしいの」
「何を?」
流していた映像から視線を外し、姉と向き合う。
「運河から出てきた巨大な生物……魚なのかな……? それが橋を壊したみたい」
「壊した……? え、あそこって高速道路通ってるよね?」
真ん中が高速道路で、左右の脇道は歩道になっている大きな橋は、運河の上を百メートルは架けてあった筈だ。
あれを魚が壊しただなんて信じられない。
「そうね……私も直接見たわけじゃないけど、目撃者が10人近くいて橋自体は壊れてるのも事実よ」
姉が古い通信機を出して、ディスプレイに映った映像を見せてくれた。
映像や写真には橋がなく、オレは動画配信者の映像を切って橋を検索する。
相棒は逆に先程とは別の、大トカゲに関する動画配信者を検索しだした。
橋の情報を検索した結果、フェイク画像でもフェイクニュースでもなく本当に橋が急に崩壊したらしい。
「本当に……」
急に現実を帯びてきた。
姉はチーズバーガーを半分食べた状態で紙を包み、アップルパイと共に部屋内に置いてある小さい冷蔵庫に、それを入れた。
「食欲が出たら残りは食べるわね」
「うん……」
「おい、リーガル!」
「なに?」
相棒に呼ばれて横を見れば別の動画配信者達が、大トカゲを叩き殺している映像が見えた。
「うわ……」
ミキも微妙だったのか、食べ途中のバーガーの包みを閉じていく。
「グロいなあ……」
「これはそうだけど、これじゃなくて、この後、この後の見てくれ!」
「後って……」
大トカゲが色々な人の道具や蹴りで死んだと思えば、急に砂に変わった。
「あ、フェイク動画かよ」
随分と手が込んでいて作りが上手い。
ちょっと動画配信者に呆れた気持ちになれば、相棒が顔を横に振った。
「違う、これだけじゃない」
「これだけじゃないって……」
相棒は、色々な各地の奇妙な生き物が砂になる動画を見つけては流す。
「……ネットミーム?」
流行りにしても、バイオレンス過ぎないかと思う。
嫌なネットミームだ。
この時はまだ、そう思っていた。
***
1日目の混乱は半分現実で、半分偽物だと考えていた。
両親には連絡がとれて、互いに動かずに少し様子を見ようと話す。
2日目はニュースは負傷者、重傷者、死亡者を流し、怪奇的な空間から生物達は現れるので建物から出ないようにニュースキャスターに説明される。
両親も、こちらに来るべきか少し悩んでいたが、まだ2日目なので、やはり留まることにした。
ハンバーガーは渡せず、傷む前に自分達で食べてしまい少し残念だと思う。
3日目、日常の最速情報を売りにしている動画配信者が、怪奇的な空間にドローンを飛ばしたらしい。
ドローンは壊れたが、付けていた紐で回収し、映像を確認したところ、何か色の違う妙な空間が広がっていたと映像を公開する。
その映像は、色とりどりのヘドロが見え、凶器を持った二足歩行の蛙みたいなのが数秒間映っていて、フェイクっぽいなと思った。
学園の食堂責任者の2名と相棒とオレは車に乗り、外に買い出しに出かける。
姉とミキの部屋に泊まっているのは、前もってフラワー女学園に説明していたので、男手として呼ばれたようだ。
スーパー、個人店の八百屋、肉屋、魚屋、食用花屋を回った。
女学園の寮生は、初日から帰って来ない生徒が減ってはいたが、今いる大勢の食糧がいる。
何度か動いては買い出しを行った。
明日は彼らとショッピングモールへ行く。
4日目、ショッピングモールは妙なバリケードがされており、入れそうになかった。
この時に、あの火事はもしかしてフェイクだったのではないかと思う。
考えてみれば、あれは煙ではなかったのだ。
あのガスマスクの男が少し怪しく感じた。
通信機でやりとりをする両親も、食糧の買い出しはできたようだ。
両親側に行くか、こちらに来るかは移動中の安全が保証できない為に、二の足を踏んでいる。
5日目、地下鉄、運河上の橋以外の道にはアンダーパスがある。
フラワー地区は運河に囲まれた街。
地下鉄かアンダーパスを通らなければ動けない。
物流も止まっている。
買い出しの手伝いは定番となったので、ついでにアンダーパス近くまで車を運転してもらった。
近くまで行くと妙に静かな場所で、暗く沈んでいくような印象を受ける。
少し離れた位置で相棒と観察してみたが1台も向こうから車が来ることはなかった。
こちらから出ていく車ばかりなのは、この土地で孤立したくないからだろう。
そう自分に言い聞かせた。
6日目、警察、消防、市の職員がフラワー女学園に来て臨時避難地として使う為の会議が行われたらしい。
それと共に、今は物流が止まり食糧問題がある為、運動場や庭園で畑作りを、また各自で水耕栽培をしようと話が出た。
フラワー地区は花の街だ。
元々、食事を美しく彩る食用花が多く、フラワー女学園でも育てている。
そこに各自の水耕栽培と本格的な畑の耕しを行い、食糧を増やすことを義務にする意見が出た。
しかし義務化に関して、大人達の否定的な意見が多い。
面倒に感じたのだろう。
今、国が化け物を倒す為に軍を動かしているのに意味はあるのか。
その内に迎えにくるのだから意味がないのではとか。
取り越し苦労になるだけではとか。
そんな意見も多かったが、食堂責任者が説得し、現在いる学園生徒は、水耕栽培の義務が決定する。
一部の大人は結局拒否したようだ。
7日目、ショッピングモールに立て籠もっている者と警察の戦いがあったと聞く。
結局、大量の食糧を警察達が持ってきたが、どこか暗い表情をしていたので少し気になる。
それとなく訊ねたが何も教えてくれなかった。
時折見かける、緑色の少年のような小ささの凶暴生物と、黒い狼を見かけては警察や消防団が退治してくれる。
彼らが沢山動けるように食糧も確保しなければならない。
17日目、変な動く植物を見つけ引っこ抜いて千切ると砂になり、赤い石が落ちた。
石が宝石みたいで綺麗なので、姉に見せようと持って、布で拭こうとしたら何故か消えてしまう。
驚きより、ガッカリした。
新しい発見や娯楽が少ない。
カードゲームばかりも飽きてしまう。
気を紛らわせようと、姉を誘っても断られる。
両親と連絡が取れなくなってから落ち込んでいる姉を励ましたい。
何か良い方法があれば良いのに、世界は止まってしまった。
26日目、最近体力が増えた気がする。
調子が良く、相棒と小鬼や黒い狼を倒す。
相棒と自力でアンダーパス近くに行くが、やはり向こうから来る車がない。
誰も入って来ない。
あの中に入れば答えが分かるだろう。
だけれど入ることは無謀に感じ、足が固まって入れなかった。
オレには勇気がなかった。
30日目、情報が多く途絶えている。
ニュースの更新も少ない。
国が動かす軍も多くの命が失われたらしい。
フラワー地区にいるのは警察や消防団で、彼らが毎日、命懸けで戦ってくれている。
彼らはフラワー地区のヒーローだ。
34日目、もう買い物が出来る店はショッピングモールぐらいだ。
だがあそこは、駐車場にガラの悪い男達が住んでいて行きづらい。
それでも、警察や消防団が時折行っては交渉して大量の食糧を持って帰ってきてくれる。
避難民が増える一方の中ではいくらあっても足りない印象だが、とてもありがたい。
ただ、交渉に関してどことなく空気が重い気がした。
皆、食糧が増えて喜んでいるけれど、なんだか少し胸の内側がモヤモヤとする。
38日目、オレが育てる植物だけ妙に成長が早いことに気が付いた。
食堂責任者である夫婦の子供達が、一緒に育てていく中でそう指摘してくれて不思議に思う。
アルトとモーツの育てた水耕栽培のサンチュや豆を見せてもらったが、オレのは3倍ぐらい早いかもしれない。
もう少し調べてみよう。
41日目、動く草が多い。
草抜きは毎日毎日しているのに、奇妙な生物の影響か。
動く草が何度抜いて引き千切ろうとも、どんどん増えている。
動く草は何百とあるので、赤い石も定期的に出てきた。
積極的に草抜きを手伝ってくれていた、最初の避難民のバンという少年も、赤い石を触ったら、消えてしまったと言う。
あの赤い石はなんだろうか。
43日目、ショックな現場を目撃した。
役職持ちの上官が、土下座している男性に『結晶石すら吸収出来ていないのに調子にのるな』と言っているのを見かける。
オレ達のヒーローの雰囲気が怖い。
結晶石はもしかしたら無害だが消えてしまう赤い石のことなのかもしれない。
一連のことを相棒に軽く話す。
今の相棒は警察や消防団と混ざって魔物と呼ばれる、あの生物達を倒すようになっていた。
オレの相棒もフラワー地区のヒーローだ。
鼻が高いよ。
46日目、昨日起きたら大切な畑がめちゃくちゃに掘られ踏み荒らされていた。
委員会に話し踏み荒らし犯人を探すと、自首してきた犯人はまさかの相棒で、意味が分からない。
オレとしては謝った上でトイレ掃除をするとかで良かったんだ。
あんな風に追放になるだなんて、思ってもみなかった。
結晶石が欲しかったなら、出てきたら好きにあげたのに何故だろう。
なんでこんなことになったんだろう。
彼女のミキと共に相棒はフラワー女学園を出て行ってしまった。
必死に引き止めようとしたが、元々考えていたと言われる。
気付いたら、よく笑っていたあいつは全然笑わなくなっていた。
栽培が忙しくて人間関係を疎かにし、ちゃんと話を聞けていなかったオレの責任だ。
幼馴染みで親友の2人は『行く当てがある』と言って場所を告げずに去ってしまった。
オレと姉ちゃんも一緒に行けば良かったかもしれないと、日記を書きながら今更思っている。
50日目、警察や消防団の魔物退治をしてくれる役職の強気な態度が目立つようになった。
その上で、彼らの上官が新たな食事配分を厳しく決めると言う。
確かに食糧は足りていない。
彼らがショッピングモールで交渉して、なんとか日々のバランスを取っているが、増えてばかりの避難民の多さも含め、とても厳しい。
しかし最初から避難民の食事配分は少ない。
これ以上減らすのは不味いのではないだろうか。
今のフラワー女学園は3つの形に区切られている。
魔物を倒す警察や消防の役職持ち達。
元々のフラワー女学園の生徒達と身内。
避難してきた一般の人達。
オレの立場は身内で畑仕事持ちだ。
なので少しだけ特殊な位置だろうか。
この組分け、ただの組分けなら良いが、これらの食事配分は明確に分けられていた。
現在は役職持ちは満タンで食べられる。
次にフラワー女学園生徒と身内は3分の2食べられる。
最後に避難民は3分の1とされている。
その量を更に減らすというのだ。
それにより、フラワー女学園の委員会との話し合いが連日行われた。
55日目、新しい配分が決まった。
先ずは満タンで食べれるのが役職持ち達。
次に3分の1で食べれるのがフラワー女学園の生徒達と身内。
最後に仕事をした避難民のみ4分の1。
そして、それ以外で仕事をしない者は無しとなっている。
個人の分を分け合う分には構わないが、随分と厳しい配分となっていた。
仕事をしない。
それは自主的になら分かる。
しかし怪我や病気の人間に対しても、そのような行為は『使えない者は死ね』と言っているように感じた。
62日目、畑の野菜が若い内から盗まれるようになった。
いくらオレが植物を早く育てられるといっても、根こそぎ取られてしまえば、もう育てる為の種がない。
しかし、ここでまた騒げば誰かが追放となる。
誰が取っているのかも予想出来る中、何もオレは口が開けなかった。
オレは臆病者だ。
それがいけなかったのかもしれない。
せめて姉に相談だけでもしていれば、変わっていただろうか。
どうしたら、どうしたら、良かったんだろう。
どうすれば、あの悲惨な結末を変えられたのだろう。
77日目、フラワー女学園の幼い生徒達が残酷な状態で発見された。
中立を守り、避難民への食料配布のために、水耕栽培した野菜を分けていた彼女達。
避難民達の多くは、それを知らない。
そもそもで、避難民の食糧は5分の1とされるはずだった。
しかし、生き残っている女学園の全生徒に意見をとり、自分達の2分の1を、もっと減らしていいから避難民に分けようとなったのだ。
自主的に半分から3分の1になり、避難民の食糧を5分の1から、4分の1まで増やしても彼女達は多くから恨まれた。
食事が出来ない人々は徐々に徐々におかしくなっていく。
幼い生徒達が何もしていなくても食事が出来ているように見えたのだろう。
彼らは怒りを、倒せない化け物や役職持ち達へ向けず、自身より弱い生徒達を怒りの矛先にした。
そして……──




