第39話 リーガル・前編
学生なのは変わらないけれど、16歳が成人式で、家族や幼馴染みに今日は祝ってもらっている。
タワーマンションの中階層が、オレ達家族が暮らしている家だ。
その両隣が幼い頃からの友達で、最近2人が付き合い始めて、少し疎遠気味になっていた。
だけど今日は、皆がオレの成人式を祝う為に部屋に集まってくれている。
姉も寮住まいのフラワー女学園から戻ってきて、美味しいケーキを食べてニコニコだ。
「リリールちゃんとリーガルって、3歳離れてるけど双子みたいに似てるよな」
オレと同じ男子校に通う幼馴染みが、ポツっとそう呟いた。
姉のリリールは金髪碧眼で、オレもそう。
成長期前のオレは、姉妹やら双子やらとよく言われた。
最近はオレも背が伸びて声変わりもして、男じゃないなんて思われなくなったと思う。
……──まあ、だからオレなんて、眼中になかったんだろうけど……
初恋の幼馴染みは途中までオレを女の子だと勘違いしていた。
「そうそう俺さあ……リーガルが初恋の美少女なんだよねえ」
「はぁ?」
同じ男子校の幼馴染みが気持ちの悪い発言をした。
「やめろ、聞きたくない」
「大丈夫、一緒にトイレで立ちションした瞬間に失恋してるから!」
「ダイジョバナイ」
「ええ〜」
オレは足で彼を押しどかしながら参考書を開いて眺める。
いっそのこと、オレも女性で産まれたかった。
そうしたら幼馴染みの彼女と姉と同じく、フラワー女学園にエスカレーター式で通える。
試験勉強は同じくするが、低学年から通えるフラワー女学園に入学さえすれば、高校や大学の試験を受けては、定員割れで落ちる心配をしなくて良い。
……──高校は受かったけど次は大学か〜。あと男子には徴兵制度あるからなあ……どの時点で行こうかな……
フラワー女学園に通っている女子2人を羨ましく思いながらも、成人となったので、今後を考えなくてはと思う。
「なに考えてんだ〜?」
同じソファーで寝転がりながら揚げチキンを食べている彼に視線を向けて呟く。
「成人したから徴兵を分割方式で通おうか悩んでる最中」
そう言うと彼は腕を組んで、難しい顔をした。
「俺は今年の夏終わりから行こうと思ってる」
「え」
真面目に考えてなさそうで、考えていたらしい。
「そんで、1人じゃ寂しいから、リーガルも約1年を一緒に行ってほしい」
「ええ〜オレは良いけど……」
チラっと、姉とケーキを食べながら喋っている幼馴染みを見る。
「付き合いたてなのに良いの?」
「おうよ。その分、夏休み中はイチャイチャするからさ」
「ふうん?」
彼の今後の徴兵制度の分割計画を聞くと、どうやら真夏を避けて行うらしい。
今年の秋から来年の夏前まで行い、次は大学に合格してから入学までの期間。
そして通ってから、秋から夏前まで徴兵に行くと言われた。
これで約2年間の義務が終わる予定らしい。
そして、そこにはオレが相棒として常にいると言われたら、ちょっと嬉しくて頷いてしまう。
「最近は精神面も見てくれるらしくて、前もって同郷の者として申請出せば近い位置にしてくれんだってさ」
「めーっちゃ調べてるじゃん」
「そりゃあ、リーガルちゃんと一緒に徴兵したいからねん〜」
「ちゃん付けやめい」
高校の内に徴兵を半分でも終わらせておくと心証が良くなり、大学が受かりやすいとも聞く。
普通に徴兵を受けながら大学受験の為に勉強するのはハードモードだと思うので、そういったやる気と努力に対してイメージが良くなるのかもしれない。
そう思ったのだった。
***
日常が崩れたのは、それから間もなくだった。
あの日、成人祝いで同級生達からファーストフード店のチケットを貰ったので、ほぼ食べ放題をしようとショッピングモールに向かい。
相棒と授業で習った内容の問題を出し合いながら列に並び、お土産含めてチケット分を爆買いした。
こんな風に相棒と食べるのも当分ないかもしれないから、先に食べようと思ったのだ。
何故なら相棒は、休日は全て彼女と過ごすし徴兵が始まれば1年近くチケットが使えない。
なので、なんでもない平日の今日を選んだ。
土産は持ってきておいた鞄に入れて他の分は、もりもり食べていく。
「どすこいバーガーヤバいな……」
「ずっと、肉、肉、肉! って感じだね」
期間限定の厚い肉パテ5枚入り、チーズ8枚入りの腹持ち良さそうなバーガーの野菜を1.5倍盛りにしてもらい食べている。
「普段はバーガーかチーズ入りの食ってたけど、この胃袋への破壊力凄いわ」
「今しか食べれない脂ってやつだね」
なんとか食べ終わって、2人してソファーの背もたれに倒れた。
「そうだ……食べ終わった後は、どすこいって言いながら帰るのがマナーらしいぜ……」
「そのローカルルール、今作ったでしょ」
ドオーーーン……ッ!
適当な会話をしていたら遠くで何か大きな音がして、軽く店が揺れた。
「え? トラックでもぶつかった?」
「なんか、それっぽい音だよね」
「めっちゃ気になるけど、俺先にトイレ行くわ……どすこい……っ」
オレが鞄を持って外へ向かおうとすれば、相棒が腹を抑えトイレに向かった。
仕方ないのでトイレ前のソファーに腰掛けて、成人祝いに両親に買ってもらった最新式の指輪型通信機を弄る。
中指にはめている通信機で小さなホログラムを出すと、何やら緊急ニュースが流れ出した。
『現在、原因不明な現象が起こっており各地の報告では、奇妙な生物が現れているとのことです。その生物は非常に凶暴性が高いため、皆さんは無闇に近付かないでください。繰り返します……』
「え? なにそれ……」
ジリリリリリリリリリ……ッ!!
ニュースに対して呟いた途端、ショッピングモールの火災報知器が急激に鳴り出す。
驚いて辺りを見渡せば慌てて逃げていく人の姿があった。
「火事……?」
相棒が戻らないトイレの方を見る。
何処かで火事が起こっている中で、トイレで踏ん張っているであろう相棒。
見捨てはしないが様子は聞きに行くことにした。
「おーい、デカいの早めに終われそう?」
トイレ大の最中に話しかけるのはマナー違反だけれど、仕方ない。
「燃え広がる前には……お、おわ、終わる……ッ!」
相当辛そうだ。
「じゃあ、そこのソファーで待ってるから死んじゃう前に出てきてね」
「あ゛りがどう゛!」
「ダミ声笑うし」
相棒はバーガーだけでなく、アップルパイを食べて、ソフトクリームを食べ、シェイクを3杯飲んでいた。
あれが腹に来たのだろう。
……──うわ~皆、凄い勢いでモール走ってる……
火災報知器は心を焦らす爆音で鳴り響いている。
あまりにも煩いので、ちょっと受験勉強用に持っている耳栓をはめた。
その時のオレは緊急ニュースを奇妙に感じながらも、そんなに緊張感がなく。
その日も普段通り家に帰って、土産を家族に渡して受験勉強を進め、徴兵前のテストで良い点をとりたい。
それぐらいしか思っていなかったと思う。
ドドドドド……バララララ……。
耳栓の遠くから何かの連続した音が聞こえる。
ふと、視界が曇っている気がした。
「あ……煙?」
避難する人数は、もう随分と減ったと思う。
皆、外に出たのだろうか。
「地下鉄混んでそう……」
モール下にある地下鉄のことを考えながら耳栓を取れば、視界の横に相棒が戻ってきた。
「うわッ! めっちゃ煙いじゃん!」
「だよね」
もう火災報知器は止まったみたいだ。
「待たせてごめ~ん! 腹が緊急事態宣言発令しててさ〜!」
「良いよ良いよ。煙いは煙いけど、今のタイミングの方が歩きやすいし」
オレ達は危機感の薄いまま笑い合う。
過去に受けた避難訓練の成果なんてありゃしない。
あの時は、事態を何も緊急だと思っていない浅い思考回路だった。
2人して普段から持っている風邪予防のマスクを装着し、店内を歩く。
視界は薄く曇ってはいるが思ったり見えて、目も痛い程じゃない。
煙というより霧に近い気がした。
「地下鉄混んでると思う?」
「そうじゃね? って、非常扉閉まってる!?」
相棒が慌てている。
「開きそうじゃない?」
ガチャンッ!
オレが手動で開けれる扉を勝手に開ければ、人影が霧の先に見えた。
ガスマスクを装着した男が少し先の女性下着売り場前に立っている。
「あ……」
「うわ、本格マスク……」
オレ達に気付いたようだ。
ガスマスク男は背が高く体格が良い。
近付いてくる歩き方が軍人っぽいなと、オレは思った。
「……呆れたガキ共だな。30分は鳴らしたのに、まだいたとか……お前ら、どんだけのんびり屋だよ」
「すみません……」
「腹が痛すぎて……すみません……」
ガスマスク男は溜息をして、頭を軽くかき、紫色の髪が揺れた。
「ガキ共、出口まで送ってやる」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうお兄さん!」
ガスマスク男は仕方なさそうにそう言って、空いている通路をスタスタ進んでいく。
……──何だかモール、全然熱くないし静かだな……
オレは少しの違和感を感じたが、彼が出入口の扉を開けたので、慌てて外へ飛び出す。
外に出たら急に喧騒が広がって音が耳に入り込んだ。
ガヤガヤ……ガヤガヤ……ガチャンッ!
そんな中で後ろで扉が閉まる音がして、振り返ると閉ざされた扉だけがあった。
「え?」
何故か、ガスマスク男は火事のはずのショッピングモール内に戻ってしまったようだ。
もしかして、迷子などを探しに行ったのだろうか。
「あ、地下鉄直通の道で出してもらえば良かったな〜」
相棒が忙しそうに動く人達を眺めながら、そう呟く。
オレは閉ざされた扉から目を逸らし、駐車場から出ようと道路に出ていく車の混雑に目を向けた。
初めて見るレベルの酷い混雑で、少し遠目の高速道路に繋がる場所も混んでいるのが見える。
「うわ、砂埃……!」
相棒が軽く目の前を払い、陽射し避け用のサングラスを装着する。
どこからか風に乗って砂埃が飛んできたみたいだ。
そういえば遠くで、何か連続した音が続いている。
……──なんか似たような音、聞いたことがあるような……
「地下鉄混みすぎじゃね?」
「え? あ、ほんとだ……」
良くわからない状態で歩いて地下道に向かえば、地下に入る前から祭りのような長蛇の列が出来ていた。
「頑張れば歩いて帰れる距離ではあるけど……どうする?」
「え〜? まあ、これで乗ると土産のバーガー確実に潰れるし、俺達若いんだから歩こうぜ!」
相棒の言葉に頷く。
ショッピングモールからだと3駅分なので、騒がしい場所を避けながら、オレ達はのんびりと歩いて帰ることになった。
普段通り喋りながら道の渋滞を横目に見る。
歩道をすり抜けていく自転車や、危ないバイクが思ったより多く、彼らは何をしているんだろうと徐々に思うが、どこか現実味がない。
「え、緊急ニュース?」
相棒は彼女との恋人腕輪の通信機が鳴り、通知を見たらしい。
そこに映し出された映像は実写系の映画みたいな雰囲気で、2人して自動販売機の前に立って眺める。
オレは最近気に入っているマンゴー茶を買い、相棒にどれにするか無言で促せば、スポーツドリンクを選んだので通信機のポイントで買った。
オレの指輪がチカチカと光り、誰からの電話かと見れば、姉からだ。
相棒は彼女から電話が来たみたい。
「姉ちゃん?」
『リーガル! 今、どこ? 家? 学校? まさか地下鉄?』
「相棒とショッピングモールでバーガー食べて、なんか地下鉄は混んでたから歩きで家に帰ってるところだよ」
『歩きで……! 地下鉄よりはマシよね……良かったわ』
姉が通信機の先で不安そうに呟き、息を吸い込むと言う。
『今は、どの地点? 橋梁……橋まで行った?』
「まだ……真ん中ぐらいかな? 自販機でジュース買って飲んでるところ」
『それなら家に行くよりもフラワー女学園の方に来て、その内に避難地として開ける予定だから……』
「え? そんなにヤバいかな?」
『もし安全そうなら車に乗せて送るから、今はこっちに向かいなさい』
「わかった……」
そう言って通信を切る。
相棒の方も、彼女とフラワー女学園に集合との内容だった。
「ミキが言うには地下鉄に化け物が出てきて、電車がヤバいことになったらしい」
「え……さっきの映像の?」
「多分……そうじゃね? あ、でもデカいトカゲっぽいみたい」
ネット検索を相棒が行う。
検索で映し出されたのは妙にデカい、トカゲというよりワニを小さくしたような存在が、電車の外窓に張り付いている映像があった。
此処からフラワー女学園は10分ぐらいで行ける。
家までだとあと20分ぐらいではあったけれど、姉が言うのだから弟は従うしかない。
「フェイク画像じゃなくて本当なら……遭遇したら怖いし、地下鉄乗らなくて良かったね」
「だな〜。ジュースありがと」
「おんおん。姉ちゃんも、マンゴー茶好きだから買ってこ」
「え〜、じゃあミキは肌荒れ気にしてるから、ビタミン炭酸買ってくかー」
「おんおん」
自販機で軽い土産を買って、2人でフラワー女学園に向かったのだった。




