第36話 鯰男
高速道路は一般道路と違い、少し高い位置にある。
高速道路は、出入口付近で乗り捨てられた車で道が塞がれてはいるが、それさえどければ下道よりも進みやすい。
下道は建物の物陰から出てくる魔物が多いのと砂の積もりが多く、車の馬力を増やすタイミングが出ては燃料を減らしてしまう。
その点高速道路は、比較的見晴らしが良く障害物は少ない。
先程の潰れ蛙のように移動する魔物や空を縄張りとする魔物もいるが、下道よりはマシと予測される。
砂の量も少ない。
それでも積もる砂に関しては、風で舞った分が少しずつ入り込み、積もったようだ。
ブロロロ……。
3台の改造車が高速道路を走っていた。
たまに廃車の渋滞が出来ているが、間の道は比較的空いている。
あとは、定期的にひっくり返った廃車を見かけるぐらいだろうか。
魔物は人を食うので、廃車の中や側に死骸は全く見かけない。
骨すら食うアレらは一体どういう存在なのだろう。
「ミラン隊長、そのゲーム機、昼食の時から触ってますね」
運転をする部下のグリットが、助手席に座るミランに話しかけた。
ミランは、ユノと交流が出来るゲーム機にハマっているようだ。
「ああ。これ写真が撮れるだけじゃなくて色々と絵も描けて楽しいんだ」
「へ〜」
低学年の子供向けゲーム機にハマる成人男性を横目に、グリットは頷いた。
終末世界になると卓上ゲーム以外のモノは難しい。
そう考えると、久々のシンプルなゲーム機器なのかと思い、少しだけグリットも気になった。
「パズルゲーも入ってますか?」
「パズルゲー……? そういったのは……多分、無いかな? 自分で記入した文字や絵、写真を保存できて、同じゲーム機を持っている相手と通信して交換し合えるんだ」
「ふーん……ん? んん……? あれ? もしかして、ずっと通信し合っているんですか……?」
グリットは、まさかの展開に目を見開く。
「ああ。昼から、ずっとしているよ」
「……ゆ、ユノ様とですか?」
「これは唯一、ユノと出来るゲーム機だからな」
「!!」
静かに話を聞いていた車内の他の面々の視線も向いた。
「えッ、た、隊長……まさか、さっき撮られた写真って……ユノ様に送られて……?」
「送ったぞ」
「なッ」
驚愕する車内の部下達。
「ええ〜! ちょっとミラン隊長! それなら、そうと言ってくださいよ!」
「お化粧直しの時間を20秒でもくれれば……」
「水で髪の毛を整えるだけですけどね!」
「キメ顔45度が出来なかった……」
「きゃ〜! ユノ様に顔知られちゃった……なんか恥ずかし〜!」
急に乙女になる男達に、ミランは不思議そうな顔をして言う。
「言わなかったか?」
「「「言ってないです!」」」
「すまん……そういえば、アスとトトンにしか言ってないか……」
「も〜! まあ全然、良いんですけどね!」
「隊長が夢中になってるのは嬉しいんで、どーぞ、どーぞって感じですけど〜」
「ちなみに絵って何描いてるんですか?」
「さっき出た潰れ蛙の絵だ」
ミランが呟き、それぞれが、そっと覗き込む。
画面の中には潰れ蛙に似てはいるが、どことなく古代風な面影を見せるシンプルな絵があった。
「おお……」
「ユノ様と、どんな会話をしたら潰れ蛙の絵を描くことになるんだろう……」
「今日出会った魔物は普段は水辺周りに生息するが、今日は関係ない所にいた……から始まって……」
ミランが話の流れを思い出しながら話す。
「あ、普通に教えてくれるんだ……」
「ミラン隊長って普段クールだけど、邪が無いよな」
「わかる」
ブロロロ……。
夕暮れ、次のサービスエリア前に3台の車が到着した。
「中にもいません」
「そうか」
廃車だらけの中で、形ある車のキャンピングカーが1台あり、人が此処で生活していたであろう痕跡に辺りを探した。
車の中にも、店にも、トイレにもいない。
しかし、トイレの水は流れた。
背後にある山から流れているようだ。
「水があった事で暮らしていたようですね」
「たまたま出かけている可能性もあるんじゃねーか?」
「そうだな……」
部下の言葉にアスが言い、ミランは頷く。
「車のメンテナンス具合、砂の積もり具合。先日、雨が降ったとして放置していたなら一部に泥の塊がある筈だ。少なくとも一週間以内に人の手があったと思われる」
「山に食糧を探しに行っているのかも……」
サービスエリアのフードコート内は定期的に掃除した跡があり、比較的綺麗な様子だった。
「明日の朝までに出会えたなら基地に誘ってみよう。会えなければ日持ちする食糧と手紙を置いて行こう」
もし手紙を読んで承諾するなら帰りにも、このサービスエリアに寄れば共に軍事基地に行けるだろう。
日が暮れてフードコート内で食事が行われる。
軍事基地で作り置きしていた食糧類を出して、彼らは食べていく。
「ミラン隊長のお陰で、できたてが食える〜!」
「うま〜!」
ゲーム機に『食べてね!』とある。
ミランが集中するとユノからの差し入れを発見した。
「お前ら喜べ」
「え……まさか?」
「今回も……?」
ミランが収納空間から出したのは大きな豚饅だった。
蒸されたばかりの状態で美味そうだ。
数は18個ある。
「どうやら……市販の冷凍のを買いに出かけてくれたらしい。それを家で蒸したみたいだ」
ミランはユノが写っていない街の風景写真や行動先の写真を見て、そう判断をした。
「いただきます!」
「ユノ様大好きすぎる〜!」
「愛してるぜ〜!」
皆は、お決まりとなったユノへの祈りを終えてから、デカい豚饅を口にほうばる。
男達の口は大きい。
その大きな口に肉汁が染み出て熱さに、はふっはふっとなりながら全隊員が笑顔で食べている。
「美味すぎる……♡」
「めちゃくちゃ食べごたえありますねこれ」
「イチオシ商品らしい……」
ミランはユノから送られた写真の情報を、そのまま隊員達に教えている。
画面には冷凍食品を販売するボックス型自動販売機があり、色々と売っているようだ。
その中で誰かが描いたコミカルな絵と文字があり、1個440円と書かれた巨大肉まんが店内のオススメとあった。
「ひとつ300グラムの餡はペコペコお腹にピッタリ……」
「あ、ポップすね」
「本当だ〜」
隊員達が豚饅を食べながらゲーム機の写真を覗き込んで頷いている。
「へ〜餃子とかラーメン、ゴマ団子もあるんだ」
「こっちにあったら命懸けの取り合い起きそうだよな」
「マジで美味すぎる、この豚饅……」
今夜は平たい豆パン、茹で卵、蒸かし芋、卵スープ、大根の薄切り酢とめんつゆ漬けが予定だった。
そこにユノが差し入れしてくれた豚饅だ。
元々のラインナップも素晴らしいが、肉が増えるのは最高に嬉しい。
「ありがとうユノ。今夜も最高に美味かった」
言葉を書くと1分後には返答。
『良かったです!』の笑顔のシンプルな絵柄付きだ。
……──可愛い……
ミランは思わず顔を緩ませながら、じっくりと食事を噛みしめた。
バタンッ!
改造車の扉を閉め、キャンピングカーに視線を向けるグリット。
「現れませんでしたね」
「もしかしたら警戒して現れなかった可能性もある」
ミランの言葉にグリットは頷く。
「あ、なるほど……確かに3年も生き抜いている猛者なら……魔物より人間を警戒するかもですね……」
「食糧と手紙は置いていた。また向こうが判断するさ」
ミランはそう言い、グリットは頷いて車を発進させたのだった。
ブロロロ……。
***
「……」
明らかに改造された軍用車が去り、全身泥だらけの男はカゴを背にしながらサービスエリアに現れた。
トイレから伸ばしたホースで身体を頭から洗い、フードコートに行きデカい桶を取る。
トイレのホース場所に戻ると山から取ってきた鯰を3匹桶の中に入れて、水を並々と注ぎ、泥洗いをしてから新しく水を入れる。
ここから少なくとも1日、泥吐きをさせなければならない。
「はぁ……ようやく捕まえたつーのに……」
男は諦めた様子で自分の所有するキャンピングカーに向かう。
人間が来たという事は哀れな程に荒らされてしまっただろう。
山から集めた山菜や調味料、乾燥させた非常食を戻ってから口にするつもりだった。
「明日まで我慢か……」
雨が降り終わった後は鯰を見つけやすいので必ず山に登り、常備仕掛けている罠を確認する。
罠は手作りなので壊れている事も多いが新設置をして見回った結果、今回は巨大鯰が3匹も手に入ったのだ。
それに沢蟹も10匹以上見つけ、それは我慢できず山の中で湧き水で洗い、蒸し焼きにして食べ、空腹を紛らわした。
鯰を連れて戻ってみれば、軍人らしき武装した男達の姿。
3年間も終末を生き残った軍人らしき存在だ。
男は自分が、それなりに戦えると思っていても、一瞬で勝ち目がないと判断した。
キャンピングカー内の保存食は諦めて、鯰を小川に沈め男達が去るのを息を潜め待ち続ける。
そして夜が明けて去っていき、今だ。
ガチャ。
男は袋を揺らしながら、キャンピングカーの扉を開けた。
袋に入れて持ってきた蟹の甲羅部分は出汁に使える。
少しでも調味料が残っていれば合わせて鯰料理に使いたい。
「……?」
男は戸惑った。
車内が全く荒らされていない。
中に入った形跡はある。
何故なら逆にサービスエリアの空箱がひとつ、置いてあるからだ。
「……は?」
中を恐る恐る覗き込めば、中には生のサツマイモが3本。
蜜柑が2個。
塩の袋が1袋。
角砂糖が入った小袋が1袋。
米が入ったペットボトルが1本。
「え……これ、カロリーバーか?」
終末になってからは減り続けたカロリーバー。
男の懐かしい相棒とも言えた、あのカロリーバーだ。
ガサガサッ、ガリッ!
嘘でも夢でも良い。
思わず開けて噛じれば湿気っていない甘く美味いカロリーバーの味がした。
「う、うッ、ゔ〜ッ」
一瞬で男の顔はぐしゃっと歪み、目や鼻から液体を垂らしながら、必死に1本を味わう。
どうやら男の予想と正反対の存在が来ていたらしい。
「はぁ……こんな終末に、よくやるよ……」
魚の缶詰が3個。
肉の缶詰が1個。
桃の缶詰が1個。
トマト缶が1個。
生卵が5個。
「生卵……鶏を飼っているって事か……凄えな……」
この箱の中身で、大きな食糧という財力がある事が分かる。
「サツマイモも、こんなに立派なのを育てて……えッ、サンチュとサヤインゲンの種……」
手紙まであった。
「えーっと……軍事基地で百人も生きてるのか……!」
続きを読んでいれば、現在その拠点から移動し、フラワー地区にいる子供達を迎えに行く最中らしい。
もし仲間になる意思があれば、帰りに寄った時に意思確認をするとあった。
「はぁ……俺が出せるのなんて乾燥鯰ぐらいだけなのにな……」
男はケラケラ笑いながらキャンピングカー内のソファーに身を沈め、蜜柑を口に入れて食べる。
男は蜜柑の中身を食べ終わると器を用意し、中の砂埃を息で吹き飛ばし手の平で乾燥させた蜜柑の皮をサラサラと落としていく。
男の能力は乾燥させる能力だ。
砂だらけの終末で男にとってはハズレと思える能力だった。
しかし保存食を作るに関しては役に立つし、水辺の魔物は乾燥に弱いので毎回命懸けだったが、今では対応できるようになっている。
この山を縄張りとしている二足歩行の奇妙な蛙の魔物とやり合い続け、あれらは今では男を見たら一目散に逃げて行くようになった。
「水が出るから、ここに住んでたが……まさか多くの人が生き残ってるとはなあ……」
自分以外の生き残りが善人だと分かり気の抜けた男は、蜜柑の皮粉末と角砂糖で作った甘い湯を飲んで、久々に深く眠りについたのだった。




