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第35話 出発


 ポチャン……。


 雨が止んだ。

 空気が澄んでいる。

 魔物を倒さない間だけだが、視界一面が綺麗だ。


 軍事基地の住人達は、粉塵が落ち着いている晴天をマスクとゴーグル無しで見上げ、水々しい空気に深呼吸を行う。

 久しぶりに砂を気にせず吸った空気は美味かった。



「久々の雨のおかげで水力発電がよく動いて、蓄電池が1つ増えました」

「車のバッテリーの方も充電満タンです」

「燃料も満タンだ」

 倉庫に再度確認をしにきたベヤルドが、軽く改造車の車体を叩いてそう言った。


「ありがとう。短い期間でよくぞここまでしてくれた」

 そう言ってミランは収納内から、ユノが作ってくれた糠蒸しパンと糠クッキー、温かい茶が入った薬缶を取り出した。

 労いを込めて関わってくれた皆で食べることにしたのだ。


「わしの分は妻と孫に渡したい」

「改造に貢献してくれたベヤルドは特にだ。3倍貰ってくれ」

「うむ……助かる」

 机に並べたマフィンとクッキーを見てベヤルドがそう言ったので、予想していたミランは食堂の皿にこんもり盛ったのを渡す。


「炒めた米糠を混ぜて作ったと教えてくれた。栄養が豊富らしいぞ」

「へえ〜! ユノ様の手作り……いただきます!」

 1人の部下は軽く祈りながら糠マフィンのプレーン味を選んで口にした。


「風味が香ばしい……あ、炒めたから? しかも新鮮! 美味いっす!」

 部下が瞳をキラキラさせながら、そう言った。


「本当だ。すげーモチモチ……」

 他の部下も口にして嬉しそうに頷いている。

「できたて感が良いね」

「食堂で食えるようになったけど、できたての菓子はないもんな」

「前のクリームパンも最高だったけど、これも良いなあ……」


「この緑のと黒っぽいのは……」

 プレーン味と違い少し避けられている色がついたマフィンを手にする部下。

 色付きはプレーン味の3分の1の数だ。


「こっちが緑茶味で……こっちがココア味。そして、こっちは黒ゴマ味らしい」

 ミランの説明に頷いていた部下が味付きマフィンを半分にして中を見て驚きの声を上げた。


「あ、まって、これってチョコチップ!?」

「おわ、チョコ!?」

 ココア味のマフィンの中にチョコチップを混ぜていたらしい。


「まって! お茶味の方にも白いチョコチップ入ってるよ!」

「え! ほんとだ!」

「まさか……」

 思わず黒ゴマ味を部下の1人が割ってみると、中に小豆が入っていた。


 ユノが挑戦して作ってみたとトランシーバーで話していたが、これのことだったのだと思う。

 プレーン味の3分の1なので全種類はないとなり、味付きを分け合う姿がチラホラと見えた。


 ベヤルドだけは皿に全種類ある。

 彼は嬉しそうに3倍あるプレーン味を食べて、茶を飲んでいた。


 カタン。


 湯飲みを置くと隣に座って、プレーン味のマフィンを食べ終わったアスにミランは話しかける。

「軽油は1台に20リットルずつ、残りは俺が収納しておく。バイク用のガソリン予備も収納しておくな」


「助かるぜ」

 アスはミランの言葉に、クッキー缶をアルコールで拭きながら頷く。

 昔食べ切って取っておいたクッキー缶のようだ。


 アスは大きく体力もあるが巨大斧を扱うのもあって、機動力が少し落ちる。

 その為に今回のような本格的な戦いに備えてバイクを扱う。


「こんな短い期間で仕上げてくれて、ありがてえよ」

 その為、アスが乗る改造車はバイクも乗せれる専用の造りにベヤルドがしておいた。


「アスは後部を護りながら進んでほしい」

「おう。任せとけ」

 使い捨てのゴム手袋をしているアスは、缶内をアルコールで消毒してから綺麗なキッチンペーパーで拭き、ショッピングモールで手に入れた乾燥剤の袋を入れている。

 さらに四角いクッキングシートを乗せて、糠クッキー4種類を詰めていく。


「妻と子供にか?」

「おうよ。オレの天使達は甘い菓子が好きだからな〜」

 糠蒸しパンより糠クッキーの数は多く、全員が充分に食べられる枚数だ。

 蒸しパンの方が腹に溜まるので、現状はそちらが人気だが、糠クッキーも美味い。


「出かける前に記念日のプレゼントしておきたくてさ。本当にありがたい。ミラとユノ様のおかげだ」

 結婚記念日と子供の誕生日をかねて渡すらしい。


 アスは器用でまめな男なので、手造りで小物を作ったりもする。

 奥さん用に、髪留めや首飾りを作っている姿を何度か見てきた。

 終末になってからも記念日を覚えており、毎回何かしら贈っているのだ。


 アスとは軍の育成機関での同期で、同じ戦争孤児だった。

 アスの妻は、今は壊滅した軍の基地の長を務める男の娘で、2人は恋愛結婚だ。


 認められるまで大変だったようだが、ベタ惚れしているアスは、なんとか説得し婚姻をもぎ取ったらしい。

 アスは妻子の事を語る時、いつも顔が優しくなる。


……──前に、俺の盾になるなんて言いやがって……


 確かにミランは生き残っている限り、産まれた時から見ているアスの子供や、アスがベタ惚れしている妻を放置するつもりなんてない。

 だがアスが生きていないのは嫌だ。

 どうしたって嫌だ。


 包装紙で包んでリボンまで巻いたら、完全にプレゼントの出来上がりだ。

「メッセージカードまであるのか」

「オレのレイミちゃん、オレが書いたメッセージ残して偶に眺めてるんだ。嬉しいから絶対書くようにしてる」

「おお……」

 自然と惚気られた。



 ***


 雨が降り終わった後の地は粉塵が大幅に減る。

 しかし地面が乾くまで地面は酷い泥となり、この状態で車を出せば直ぐに詰まりが発生してしまう。


 泥取りは時間のロスでしかない。

 一度、長い雨が降れば当分は降らないと予測している。

 絶対では無いが、この1年間はそうだった。


 その為、ある程度の乾きを考え、約1日の間を取った後に武装しミラン達は出発した。



 ブロロロロロ……。


 今、改造車は高速道路に向かっている。

 軍事基地から近い道は定期的にミラン達が片付けていたので、走行はスムーズだ。


 前方車は1班とし、ミランと部下が5名。

 中央車は2班とし、リーダーはヤムクー、部下は5名。

 後方車は3班とし、リーダーはアス、部下は5名。


 2班、3班の改造軍用車には非常事態で離れた際にと豆パン、燻製卵、サツマイモ、蜜柑、干し野菜、干し果物、缶詰、保存食、水を渡してある。

 その上で心配したユノから特別に渡された栄養価の高いカロリーバーを一人一袋を渡していた。


「ミラン隊長、このカロリーバー。余ったら貰っても良いんですか?」

 車を運転する部下がミランに聞き、助手席に座り周りを警戒するミランは頷いた。

「好きにしろ」


 袋の中は10本入りで、1日1本で最低限の栄養は手に入る素晴らしい品だ。

 カロリーバーは物理的な量は無いが、個人で遭難となっても10日は生き残れる。

 そして、とても甘くて美味しい。


「おれ達の事情なのに……ユノ様って前の調達の時もそうですが……先を見据えて考えてくれてますよね……」

「ああ……そうだな。栄養面も気にしていた。量を食べるだけでなく病気にならない為にと栄養剤も多くくれたしな」

「ビタミンのサプリメントですね! おれの彼女、おかげで……あ〜、約3年ぶりかな? 月ものが来たらしくて面倒くさいって言いながら笑ってました」

「そうか……」


 何度も山の魔物を討伐したおかげで、これといった相手と遭遇せずに下まで降りれそうだ。

「菓子とまでは言えないっすけど絶対、喜ぶと思うんですよね~。このカロリーバー」

「食べ過ぎると栄養過多になるが……まあ、今の皆は肉を付けた方が良いな」

「ええ、ええ。本当に……」


 ミランの隣で話す部下はグリット。

 元々は畑の違う海軍出身で、恋人と共にミラン達の軍事基地まで自力で来た男だ。

 半年間の中、色々な所を転々とし水だけは豊富だったミラン達の軍が一番、生き残れる希望があると思い入隊を志願した。


「そういえば、トトンが結婚腕輪渡したって聞きましたよ。ミラン隊長が手伝ったとか」

「ああ。式は出来てないが二人は正式な夫婦だと俺が見届けた」

「ミラン隊長、おれも彼女に腕輪渡す時は見届けてくれますか?」

「俺で良ければ幾らでも」

「やったッ! あ、こーいうのってフラグになるんだよなあ……」

「フラグ?」


 ミランが不思議そうに呟けば、グリットは言う。

「物語とかで先にあるイベントについて口にすると、それが行えず、この世を終わってしまうとかの恐ろしい呪いみたいな……」

「なんだそれ。嫌すぎるな……」

「あははッ! まあ、この、どうしようもねえ世界が物語だとしたら、おれは作者を心底恨んじゃいますね」

「……そう、だな」


 ミランが複雑そうに呟く。

 仮定の話だ。

 もし、この世界が物語だとしたら、どうだろうか。

 物語だからこそ奇跡が起こり、ユノと繋がれたとしたのなら。

「……」


「お、山を抜けますよ」

 思考の波に飲まれていたが、グリットの言葉にスッと切り替えるミラン。

「よし」

 ミランは軍用トランシーバーを点け声をかける。

「山を抜ける。2班、3班。無事に付いてきているか」


『はい! 2班順調です!』

『3班、危険は……カロリーバーが美味すぎるぐらいだな』

『え! アスさん、もう食べたんですか!?』

『一本だけな』

 トランシーバーの後ろ側からざわめきが起きている。


「ンンッ。無事なら良し、このまま高速道路へ向かう」

「2年半前は使えましたが現状は不明です」

 ミランの隣で車を運転しながら、そうグリットが呟いた。


『そういえば、グリットは海軍出身だったな』

「はい。そうです」

『海は……どうだった?』


 アスの言葉に苦い笑みを浮かべるグリット。

「地上も海も似たようなものです。まあ密度で言えば地上の方が魔物は多いですが……逃げ場で言えば、地上の方が有利です」


『……そうか。ところでミラン』

「どうした」

『この、チョコようかんってのは菓子で合ってるか?』

「3班全体の保存食だ。そっちは先に食うなよ。まあ、菓子と変わらない味だと思う」


 食べてはいないが、小さく四角い包装を思い出す。

 多分、チョコ味なのだろう。


『だよな。これは柔らかそうだし、もし何も無ければ最後に3班で分けても良いんだよな?』

「好きにしてくれ」

『よしッ!』


 アスも子供にあげようと思っているらしい。

 全員、負傷する気なんて微塵も無い。

 負けるつもりも作戦が失敗するとも思っていないようだ。

 随分と前向きになった。


 気が抜けすぎて魔物を倒さない日々になるのは不味いが、そんな事にはなっていない。

 寧ろ前と比べ食糧によって全員が絶好調だ。

 今回の食事も、不慮の事態が無ければミランの収納内から出す予定となっている。


 彼らは終末世界を3年間生き抜いた強い軍人であり、魔物は生命を脅かす存在ではあるが、彼らにとって本当の脅威は食糧だ。

 どれだけ結晶石を手に入れて能力を上げたり増やそうとも、結局は食が出来なければ力尽きる。


 魔物によって世界は壊され。

 現状維持の中、誰もが余裕無く修復なんぞ考える暇は無い。


 こうして奇跡的に、ユノが食糧の援助をしてくれて現在は思考が豊かになりだしたが、そういった研究職の者も終末に飲まれてしまっただろう。

 結局のところ、先を目指すまで行かず。

 今は最善の生き延びる術を探すのみだ。



 ブロロロ……キキーーーッ!


 双眼鏡を下ろす。

『1班停止。高速道路自体は使えそうだが……片付ける必要がありそうだ。アスは着いたら援護を頼む』

『了解ッ!』

 ミランはそうトランシーバーに声を出し、ゴーグルとマスクを軽く整えて改造車から下車する。


 双眼鏡で見えた先には魔物がいた。

 小鬼より3倍の大きさで、武装をしている。

「魔物は俺が片付ける。お前達は通りを邪魔する他の車を片付けてくれ」

「「「はいッ!」」」


 ザリッ。ばたんッ!


 ミランはスピード能力を持っている。

 3班が到着する前に双剣を握りしめ走り出した。


 ズバンッ!


 高速道路の真ん中、遠くで立っている潰れた蛙に似た魔物に一瞬、熱い風が流れた。

 潰れ蛙の頭がグルンッと上向きに変わる。

 粉塵が少なくなっていた青空は直ぐに砂にまみれた。


「ゲゴォ!」

「ゲォオッ!」

 仲間が急に砂になり声を上げる潰れ蛙達。

 すぐに近くの武器に長い舌を伸ばすが舌は的に当たらず、ドシャリと砂になって下へ落ちる。


 大きな眼球が後ろに、ぐりんッと動き、魔物達はようやく自分達の背後にミランがいる事に気が付いた。

「「「グゲェエエエエ!!」」」


 怒りの雄叫びが上がったが、ミランは淡々と近くの魔物の胴体を分裂させていく。


 バシュッ! バシュッ!


 武器を手にした潰れ蛙も結局は使う前に砂となり、舌を伸ばしミランの動きを封じようとした潰れ蛙は姿を見失った後に粉塵が舞い。

 彼らは大いに混乱しながら次々と数を減らしていく。


 ブロロロ……ッ! ギュオオオンッ!


 ミランに向かって応戦していた潰れ蛙達は、背後からバイクが来ることに気づかず、1匹は引かれ、気付いた1匹は巨大斧で頭部が縦に裂かれる。

「コイツら水辺に生息する奴らじゃねーかッ!」


 アスはマスクの下で悪態を吐きながら斧を振るっていく。

「グゲェッ!」

「ゴガァッ!」

 30匹以上いた潰れ蛙達は反撃叶わず、全てが砂になり辺りには真新しい砂の小山が出来上がった。


「なんでまた水辺以外に来てんだ?」

 倒し終わり残った潰れ蛙の武器や防具を蹴り飛ばし、アスは再度疑問を呟いた。


「雨が降り、食糧を求めて徒歩で移動をしていたのかもな……」

 潰れ蛙の槍を拾いミランは収納しながら、そう答える。

「ん、使うのか?」

「車の中から刺す用の予備が無かったからさ」

「ほーん。じゃあ拾うわ」


 アスも巨体を屈め槍を拾う。

「アスの斧は、ミノタウロスが落としたのだったな」

「おう。オレの元基地で最初に出てきた3体が落としたやつ」

「よく倒したもんだ」

「最初の頃は戦車もランチャーも手榴弾も充分にあったからな」

「ああ……銃弾だけでも作れれば違うんだけどな……」


 ブロロロ……キキーッ!


「お疲れ様です!」

「うお〜! 車退かして来る間で終わっちまった〜!」

「スゲ〜!」

「かっけーすッ!」


 高速道路の出入口付近には乗り捨てられた車が多くあった。

 多分だが、最初に誰かが乗り捨てて、そこから増えていき、辿り着いた後ろは乗り捨てるしかなく、更に増えたのだろう。


 部下達は、それぞれ腕力や能力を使い、ズラしたり下へ捨てたりして改造車を進ませ、ようやく辿り着いたのだ。

「チラッと見た感じ、蛙の魔物でした?」

「ああ。潰れ蛙だ」

 ミランの言葉に頷く面々。


「ぺちゃんこ頭の蛙達って脳みそあんのかな?」

「えー? 魔物共に知性はあんま感じねーけどなぁ……」

「それ言うと、小鬼は股隠してるけど恥ずかしいんかな?」

「急所が出てるのが嫌なんじゃね?」


 槍を3本ずつ配り、再度改造車に乗ると高速道路を走り出したのだった。


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― 新着の感想 ―
使ってる武装について質問しようと思ってたが、鹵獲品だったのか・・・普通に近接武器どこで調達したんだ?とは思ってたんだよ^^
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