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第34話 コネクト


 八百万山の裾に1軒家がある。

 ど田舎なのでご近所は遠く、木々に囲まれたその空間内の家は、朝の白い光にキラキラ照らされていた。


 今日もユノは糠クッキーを焼いていて、予定時刻まで時間を潰している。

 オーブンで、チリチリ焼けているクッキーは香ばしい良い香りを家の中に漂わせた。

「抹茶味上手くいくかな〜」


 チクタク……チクタク……。


 掛け時計をチラっと見上げる。

 今日は約束の相手、弁護士とパソコンを点けて、リモート予定だ。


 いそいそとパソコン前の椅子に座り画面に顔を向ければ、画面の先には灰色の髪の毛をした細身のお爺さんがおり、眼鏡をかけていて優しそうな印象だ。

 彼は祖母の代からお世話になっている弁護士で、祖母の友達でもある。

「おはようございます」

『ええ。おはようございます。それでは早速、本題に入りましょうか』


 仕事が早い人なので世間話をせずに本題にすぐ入ってくれる。

 祖母とのプライベートの時は、優しい紳士なお爺ちゃんなので、この切り替えのキッチリしているところ含めてユノは彼が好きだ。



 弁護士を通して祖母死後の半年後に遺品整理で出たインゴット(異世界産)を相続権を持つ親族に、どう分けるかの話し合いが行われた。


 前の通りで行けば8割がユノで、残り2割が親族だ。

 しかし約2億は前の遺産とは違う。

 裁判が長引いても、遺留分として主張する可能性が高かった。


『なのでゴネる場合、数年の裁判よりも楽に感じる方法はどうでしょうか?』

「2割の3等分よりはお得な方を選ばせるってことですね?」


 祖母の代からの弁護士はニコリと微笑む。

『ええ。全員一括合意でなければ払わないとすれば、最初の約1千3百万円よりも高い方が良い、すぐに欲しいと主張する者も出てくるでしょう。』

「その全員ってのは誰か嫌だと言った場合、全員もらえないってことですか?」

『はい。そうなります。なので、あちらで話し合って決まる可能性がありますね』

「なるほど〜!」


 ユノは弁護士の言葉に感心した。

『そもそも、あのボンクラ共は八百万山を捨てて20年以上! ユノちゃんは土地を相続してから10年経っていますし……土地内で猟師会の方に貸し出している食肉加工場もありますからね』


 ユノは、仕事中に個人的な感情を出してきた彼が珍しくて、少し面食らった。

 ドキドキしながら少し考えた提案を口にしてみる。

「ええと……じゃあ……1千5百万ぐらいですかね? もっとかな?」

『ふふ。良いですね。遺留分を主張すれば、1人約3千3百万ですが……裁判で争うと遺産は、すぐに手にはいらない上に数年はかかります。また主張が認められない可能性もある。なので、先ずは低い方を見せてから、この内容で行きましょう』



 後日、ユノの生物学的母親は今の子供の為に、遺留分を求めた。

 しかし叔父と叔母はすぐに資金が欲しいようで、1千5百万にすぐにサインしたようだ。


 そして弁護士の予想通り、元々の『危害を加えた場合』の部分で、ユノには言いにこず元母の家に押しかけて話し合いをしたらしい。

 根負けした元母はサインしたようだ。


 弁護士が話してくれた内容に、胸の棘がポーンっと抜けたような気がした。

「こんなに早く片付くなんて……す、すごい……」

『いえいえ! 次は埋蔵金でも出てきたら、お話くださいね!』

「え、は、はい! ありがとうございます!」


 埋蔵金の言葉に関しては、後に資金が必要になったら異世界産インゴットで使おうと思っていた手なので、冗談ではなく頼ってしまうだろう。

 ちょっとだけ未来にドキドキとした。


 ***



 和宮国、八百万山の裾、敷地は広いが近所は遠い車移動が基本の田舎の一軒家。

 今日のリーモート相手は税理士だ。


「ありがとうございます」

 ユノは貴金属店の女主人から紹介された税理士と話し、色々と資料を渡して、相談しながら共にまとめる算段がついた。



 時期的に冬眠月が近く受けてくれるか不安だったが、貴金属店の女性店長からの紹介相手は元・社内税理士をしていた優秀な方だ。

 今はフリーランスで、リモートで出来る税務補助の仕事を探していたらしい。

『出産の為に会社を辞めて今年は何もしない予定だったんですけど……良かったです。子供の鳴き声ありのリモートでも許可してくれる女性の方で……』


 画面の先には赤ちゃんの揺りかごを隣に置いて、様子を定期的に見ながら会話する妙齢の女性がいた。


 女社長から『とても優秀だけど社会が彼女の才能を潰してしまってるの』と聞いていた。

 ユノ個人は、赤ちゃんが側にいて泣いても構わない。

 オムツを替えたりミルクを飲ませたりも全然大丈夫だ。

 ユノにしても女性なのは、ありがたい。


 昔のトラウマ相手は同級生の男子達なので基本的には男性は好きではない。

 もちろん、ミランやアラタカは違うが、出来れば女性の方が安心するのだ。


 今はアパートで赤ちゃんと2人暮らしらしい。

 入用とのことで前金で40万円を入金し、書面を電子で記入した。


 今日から朝の9時頃から11時頃まで、約2時間ずつ、ゆっくりと今ある資料整理を今月中に終わらせる。

 お互いに用事が出来たら日付は伸ばしても良い。


『すぐに国際人道支援を目的とした一般社団法人を作ったのは良い手ですね』

「食糧代、5百万はもう使ってて……あはは……」

『今回出た資金は全部専用で良いんですね?』

「はい。じいちゃんズ……あ、えーっと猟師会のおじいちゃんが元銀行と元行政の方で、この前相談したら、そうしときって教えてくれまして……」

『え、人脈凄いですね!』

「皆さん祖母のお友達で……あ、祖母は猟師会の副をしてたんです」

『なるほど、なるほど』


 異世界産とは言えないが祖母の遺品整理をしたらインゴットが大量に出てきたと説明した。

 弁護士の方にも遺産分配も終わったばかりだ。


『ユノさんの御先祖は、元は大地主だと考えると山の方に埋蔵金があったりするかもしれませんね』

「多くの山や土地は周りに農業を広げる為か、売ったみたいですけどね」

『そういえば八百万山だけは売らなかったんですね』

「あ〜そうですね……」


 ユノは、ぼんやりと過去に祖母に聞いた話を思い出す。

 八百万山は干支神様が人の世に遊びに来る為の道で、道堂家はその山の管理を任されていたらしい。


『干支神様の通り道ですか!』

「あはは。まあ管理者は私の代で終わる可能性は高いので今後、どうするべきか悩みどころなんですけどね……」


 八百万山の今後の管理は少し悩ましいが、今回知り合いに相談したことで、食糧支援の問題が少しずつ、どうにかなりそうだぞっという雰囲気になってきた。

 おじいちゃんズは嫌がりそうだが、今回や今後も細かく教えてくれるとして、顧問料を出したい。


 なので考えたのが、年間20万で貸し出しているジビエ専用の食肉加工場を実質無料にすることだ。

 そして光熱費は向こう持ちなのでプラス10万で、合計30万を払う形にすれば猟師会が少し楽になるんじゃないかと思う。


 とはいって教えてくれた2人の顧問料なので、別の使い方でも良い。

『なるほど、前からジビエ専用の食肉加工場を持っていらっしゃったんですね』

「そんなに大きい場所じゃないですけどね」


 土地はあるが建物自体は大きく作っていない。

「衛生面を重視する加工場自体は畳20畳ぐらいの建物で……外には汚れ取り用の洗浄場や吊るし機械、休めるプレハブとトイレがあるぐらいかな……」

『おお〜現場って感じがしますね』


 駐車場は庭に好き勝手に停める形になっており、解体が渋滞した時は少し離れた川で冷やしたりもする。

「毛や泥取り、床洗浄の水は山水を使って生肉に使う水は消毒された水道水を引いています」

『ふんふん』


 加工場内には水道水の広い洗浄場と、解体用の上げ下げ出来るステンレスの机、吊るし機械と急速冷凍庫がひとつ。

 猟師会は個人もあるがグループ活動も多いので、重なった日は全員でローテーションして流れ作業をすることが多い。


 それこそ、この前大量に貰った猪頭などは、その渋滞の日に頭だけ切り取って急速冷凍して後回しにしたものだ。

 猪タンは好きな人が多いが、解体が大変で家の冷凍庫に眠らして1年なんてこともざらだった。



 ***


 弁護士と税理士には大変お世話になっている。

 そして橋渡しをしてくれた貴金属店の女性店長にもだ。

「考えてみるとヤスさんや、おじいちゃん達も……」

 ソファーに寝転がっていたユノは冬眠期前のカレンダーを見て、高すぎない、年明けの年賀品を注文しておいた。


 税理士の彼女と祖母の代からお世話になる弁護士に、専門店の可愛いクッキーの詰め合わせと好きな食べ物が5千円分選べるパンフレットを贈っておく。

 貴金属店にも専門店の可愛いクッキー缶。

 ヤス、芋じいには6千円分のお酒ガチャ、猟師会には6万円分の酒ガチャを贈っておく。

 御年賀品として、これぐらいが丁度良いかなと思う。


「ふ〜! 終わった。終わった! ん〜!」

 ぐ〜っと背伸びをして、少しボーっとしてから隣の机に置いていたゲーム機を開く。


 最近ユノは、ミランから返事か何かがないか気がつくと見る癖が出来ている。

 また猫の絵でもないかなと思っていれば、新しい通知を発見して目を見開いた。


「え、わ〜! ミランさんから写真が来てる!」

 どうやら今日から、外に取り残されているらしい子供達を救出しに遠い場所まで移動するらしい。


 終末世界で子供達が生きていること自体が奇跡で、直ぐに迎えに行きたかったが簡単では無い。

 なので軍用車を改造し、入念な準備と共に向かう事になったようだ。


「これは……あ、サービスエリア?」

 ユノのゲーム機の中には写真のデータが何枚も入っていた。

 そして、その1枚目を見つめる。


 写真は建物の中から撮ったようだ。

 食事類が机上に並べられ大勢の笑顔の軍人が写っている。

「カロリーバーとか渡したけど他に何がいるだろう? 足りるかな?」


 乱雑だがサービスエリアらしき室内で机が置いてある。

 倒れている丸椅子は内側クッションが飛び出しボロボロで、室内でも砂が多い。


 彼らの背後には砂で汚れた大窓が見える。

 長いこと磨かれていない窓だ。

 唯一、外から誰かが中を覗こうと滑った手跡が付いていた。


 曇った窓の外は砂が広がる駐車場に適当に並ぶ錆びた車の数々が見える。

 車の墓場に錆びてない、ゴツゴツ見た目の車があり、多分これが改造された軍用車だ。


 奥に見える高速道路も砂が多く、汚しすぎた公園の滑り台よりも砂が盛られている。

 写真の背景は徐々に砂に埋もれて、ライフラインを失ってしまった哀愁を感じた。


 魔物を倒せば倒す程に砂に埋もれていく世界。

 ゆっくりと砂漠化が進む世界で彼らは生きている。


「……うーん。それにしても、この中の誰がミランさんなんだろう?」

 皆良い笑顔。

 軍人だからだろうか、背も体格も全体的に高いし強そうだ。


「あ、でも、この大きい人は多分アスさんだな。軍内で特に大きいって日誌に書いてあったもんね」

 アスの背中に大きな斧が見えて、槍の高さみたいにあり太く刃の部分は鉄板みたいにデカい。

 実際鉄板焼き用に使っても焼肉が焼けそうだ。


「とても重そう……」

 あんなデカい斧を人が持てるとは不思議だと思った。


「あ、データ増えてる」

 写真が増えていく。

 見れば彼らが食事をしているシーンを今まさに撮影されて、送られてきているようだ。

「ふふ……美味しそうに食べてる」


 自分の部屋の時計を見れば昼の時間帯、ユノも何かを食べようと台所へ向かう。

「うーん、チキチキラーメンと……」

 チキチキラーメンの乾麺を袋から取り出し、平皿に置いて、少なめの水をかけた上で裏返し電子レンジでチンをする。

 こうすると蒸し焼き風になって麺がモチモチになるのだ。


 その間に水を小鍋に入れて沸騰させる。

「刻み葱と豆乳入れて……」

 適当に鍋に豆乳を入れて冷凍保存していた刻み葱も、ドバッと入れた。


 チーン!


 麺がチンできたので沸騰したばかりの鍋に入れて、麺上に混ぜた生卵をぐる〜と流し入れ蓋をして火を止める。


 カパッ。


 20秒待って蓋を開けると半熟の溶き卵が上に出来ているので、小鍋を机の鍋敷きに置いて手を合わせた。

「いただきます」


 ズルズル……。


 変わらないシンプルなチキン味のチキチキラーメン卵入りだ。

 勝手に豆乳風味にしたけれど、これはこれで美味しいし、スープとして飲める。

 空腹時に裏切らないインスタント味が美味しかった。


 ユノは増えていく写真を眺めながら、ゆっくりと食事を終えたのだった。


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