第33話 恵みの雨
厚い灰色の雲に埋まった空。
その下では大粒の雨が降っている。
バラバラバラ……ザァザァザァ……。
終末になろうと雨は降る。
雨は昨日から続き、雨粒で視界は悪いが粉塵の無い空気は久々に新鮮に感じた。
粉塵が増えれば増える程に雨の頻度は減った気がしている。
正確な頻度や数値などは計ってはいないので、感覚の話だが。
「ミラン隊長! 改造車が完成しました!」
「ああ……そうか。ご苦労」
部下に呼ばれ進む。
ザァァァ……ベチャッ、ベチャッ。
一階の本館から屋根の付いた渡り廊下を間にし、隣接している倉庫へ向かう際に泥水が廊下に染み出している。
廊下の地面との境に、片側の面には土嚢が置かれており、水の流れは若干留められている。
その上で部下が床用水切り棒で空いている面にかき出してはいるが、上手くいっていないようだ。
ザリッザリッ。ダンダンッ!
泥落とし用のマットで泥水を踏んだ靴裏を落とし、土嚢を跨いだ後に室内のマット上で足を数回鳴らした。
「ミラン隊長。あちらです」
ミランは視線を向けて自然と最初の感想を呟く。
「……よし。これなら、小鬼程度ならあえて近付かないだろう」
軍用車両は元から頑丈な造りをしているが、正面側には太い棘状の鉄材を溶接し、斜めに滑る形状になっている。
大型の魔物の際は効かないが小型なら突出して落として行く事が出来る。
横側も棘と斜めの形状もあるが内側から開けられる小窓が作られ、そこから槍や銃器の尖端を出す事が可能だ。
正面と側面は棘の突き刺し、ヤスリで魔物をミンチにし砂に変えていく。
魔物が砂になる為、肉詰まりは無い。
サラサラの砂であれば休憩時の砂落とし程度で済むだろう。
泥塊にしてしまう、雨さえ降らなければだが。
ザァァァ……ゴロゴロ……。
雷が遠くで鳴っている。
「雨が止んだ後、乾く猶予を考え……約1日、出発を遅らせる」
ミランは、そう判断した。
「砂嵐が落ち着く恵みの雨ですが……泥水と泥づまりにハマると速度は出せないですもんね……」
部下のトトンは残念そうに呟いた。
「でも、隊長の収納能力のお陰で必要最低限の物資と、銃器類以外の荷物は減らせるので、大変助かります」
「荷物で埋まると隊員の数も限られてくるもんな」
「人数は、どうしますか」
「そうだな……」
改造された背後から軍用車を見る。
上部は三角形の部位が付けられ、棘がみっしりとある。
三角部分は内側から蓋が開けられ、いざとなったら中からガトリングガンを出して抗戦出来る。
銃弾にも制限がある為、出来るだけ回避して進む予定だが。
「運転手、助手席、側面に1人ずつ上部、後部にも1人ずつだが、この2人は戦いが激化し尚且つ退避が主要の時のみだ。大抵は交代制で動いてくれ」
側面と背面には覗き用の空間があり双眼鏡を取付けてある。
備品には限りがあるので攻撃を受け、壊れた時用に、モールで回収した双眼鏡も1台に3個ずつ置くことにした。
改造車に6名。
3台で向かう為、計18名での移動となる。
しかし、基地には能力者が18名いるが全員を連れて行く訳にはいかない。
この軍事基地自体を守備するのも大切な役目なのだ。
なので、結晶石で体力は僅かに向上した非能力者の45名から残りを選出する事となった。
能力者は1台に3名ずつ。残り3名ずつは非能力者となる。
「やはり、狙撃が上手い者が良いですかね」
「運転が上手い奴も」
「メンテナンスが早い者も欲しいよな」
「ベヤルドさんが居れば充分じゃないか?」
「ベヤルドさんは今回、守備隊の指揮を取るって聞いたぜ」
「えッ! じゃあ上空からの偵察に、ドローンがいるな」
実力者で年長者のベヤルドが来ないとなり少しざわつく。
「ヤムクーは? 守備隊の方か?」
ドローンの点検に混ざっていたヤムクーに声がかかる。
「一緒に行くよ。モールで人探しする時に役に立てると思う。よろしく〜」
ヤムクーがウインクした。
「そういえば囚われてる子を探す話もあったな」
「ヤムクーの能力は距離があり過ぎたり長時間は体力の消耗が激しいだろ? できるだけドローンを使いたいな」
「ドローンはメンテしたのが7つあるよ」
「お、やるじゃん」
「今日の夜、食堂で参加を希望する者を募ろう」
部下達の言葉を聞きながら、改造軍用車の内部も細かく調べ、ミランは声をかけて中から降りた。
「ベヤルド、素晴らしい出来だ。ありがとう」
ミランに言われ、改造軍用車下から滑り出て、点検中だったベヤルドが頷く。
「もし可能なら俺達が居ない間にも他の軍用車を改造してほしい。そちらは急ぎでは無いし、より改造を重ねて時間をかけても構わない」
「わかった。善処しよう」
ベヤルドは深く頷いて、ミランの言葉を承諾したのだった。
ざわざわ……ざわざわ……。
「椎茸とモヤシは、わたし達が育てました!」
「ユノ様からの説明書に、椎茸の最初は多く収穫できるってあったけど、多分昨日からの雨で勢いが凄いんだ」
「扉近くのモヤシは緑っぽくなったから土に植え替えて豆にならないかしてみる!」
「やっぱり、出入りの時の光でだよね」
「なんか中間に布貼る?」
「風通しは良くしたいから……」
子供達が嬉しそうに、今日収穫したばかりの椎茸とモヤシを紹介してくれた。
ユノがくれた野菜や果物は、どれも新鮮で美味しい。
しかし今日、自分達の軍事基地内で採れたばかりだという付加価値は強い。
「よくやったな〜! 偉いぞ〜!」
「でしょでしょ!」
「採れたて椎茸の網焼き食べて!」
「モヤシと椎茸のナムルは、わたしも作ったんだよ」
「最高じゃん」
「ありがとうな」
「「「うん!!」」」
子供達が胸をはってニコニコだ。
とても微笑ましい光景に食堂内の雰囲気はとても良い。
そして匂いも、とても良い。
今日の夕食のメニューは、また豪華だ。
1品目、モヤシと椎茸のナムル。
副菜として美味いし椎茸特有の旨味が、とても良い。
ハオ少女は自分が作ったからとオススメしては皆の皿に盛っている。
2品目、椎茸の網焼き。
これは非常にシンプルで美味い品だ。
茎を取った椎茸を網で焼いて、上に塩をかけただけ、それが、とてつもなく美味い。
ウーロン少年が自ら竹炭で焼いて、ヤムクーに出来立てを勧めている。
3品目は長葱、椎茸茎、モヤシ、ポーク缶を合わせた炒め物。
味付けは唐辛子粉末、胡椒、醤油、砂糖だ。
椎茸は縦裂きにし長葱は斜め切りで、モヤシはそのまま入れられて、ポーク缶は解して混ぜ合わせられ、ピリ辛な品となった。
4品目は野菜たっぷりな汁物で、長葱、白菜、人参、椎茸、里芋、大根、カボチャの皮が入っている。
長葱は斜め切り、カボチャの皮・大根の葉・白菜はザク切り、人参・大根はイチョウ切り、椎茸は手で千切られ、里芋は丸々の大きさで鍋の中へ入っている。
「肉団子も入ってるぞ!」
「すげ〜!」
器に盛られた野菜たっぷりな汁物で充分な豪華さなのに、肉団子も入っていて全員のテンションが上がった。
「スープの旨味は、いつも通り缶詰の内側の脂を使いました。で、この肉団子に見えるのは、つみれが近いですかね……」
ミランの器にも並々と盛られ腹が、グゥゥゥ〜ッと鳴る。
「豆粉とサバ缶の中身、それと椎茸茎をみじん切りにして食感を出してみました」
全部を混ぜて繋ぎで卵と片栗粉も使っているらしい。
「嬉しすぎる……ッ!」
「しかも今日は……ッ」
「出来立ての、お米ちゃん……!」
5品目。白米。
普段は朝食に粥で中に雑穀・麦・豆粉が含まれる。
時折、混ぜ合わせ米も炊かれるが今回は違う。
今回は純粋に米のみを炊いたようだ。
「先程、雨が上がりましたからね。明日か明後日には行くなら、その前にと思いまして……とはいって白米は大盛り可の1杯のみなので足りない分は、いつもの豆パンを食べてくださいね〜」
調理担当が、ニコニコしながら言う。
「だから量と品数が凄いのか……」
「ありがてえ……」
6品目。サツマイモの甘焼き。
スティック状に切ったサツマイモを油で素揚げし、みりん、砂糖、醤油を絡め焼いた品だ。
オヤツ感覚で食べられる。
7品目。カボチャプリン。
なぜ汁物にカボチャの皮だけ入っていたのかと思えば、デザートが作られていたのだ。
「汁物か白米か食べ終わったら、その器持ってきて再度、並んでくださいね〜。配りまーす!」
調理担当がニコニコ笑顔で、そう呼びかけた。
洗い物を減らす為のようだ。
8品目と9品目は、平たい豆パンと茹で卵で、こちらも充分に嬉しい品だ。
この2品は遠征にも持っていきたいので、前もって空いている時間に調理担当に作ってもらい収納してある。
できれば今日のサツマイモの甘焼きとカボチャプリンも追加出来ないか後で聞いてみよう。
現時点で遠征の為に収納したのは豆パン、茹で卵、蒸したサツマイモ、サツマイモの蒸しパン、リンゴの蒸しパン。
甘いものならと、蒸しパンを2種類作ってもらった。
腹に優しい汁物もある。
シンプルな鶏ガラ出汁との卵スープ。
大根の摩り下ろし入り、サバ缶スープ。
長葱・白菜・大根のスープ。
缶詰のコーンと豆乳のスープ。
副菜や、オカズも用意した。
ポーク缶と長葱・細切り人参の炒め物。
ポーク缶とサツマイモと茹で卵のサラダ。
人参の細切りと卵の胡麻油炒め。
大根の葉とツナ缶のめんつゆ炒め。
里芋・長葱・サバ缶の甘辛炒め。
大根の薄切りの酢とめんつゆ漬け。
白菜で作った、なんちゃってキムチ。
蜜柑の皮で作った簡易のスポーツドリンクのホット。
薬缶1つ分。
果物の缶詰は多く収納したし、これで外の子供達が喜べばと思う。
「そうか、そうか。カボチャプリン美味いか。ほら、父ちゃんのも食べて良いからな」
アスが笑顔で食べる自分の子に、カボチャプリンを食べさせている。
アスの子は、まだ上手く言葉を発音出来ない状態ではある。
しかし、最初の頃と違い窪んでいた目や頬は、ふっくらとして皮と骨が目立っていた身体も、細さは目立つが前より生を感じ嬉しい。
歯は生えているが、咀嚼は少し大変なようで、比較的柔らかい食材を好む傾向がある。
ミランにとっても産まれて間もない頃から見てきた子だ。
無事に生きてくれる可能性に涙腺が緩むものがあった。
がやがや……がやがや……。
食事が終わり軍の部隊。
フラワー地区までの遠征が決定している能力者が9名と、まだ意思確認状態の非能力者が食堂に残っている。
「……という訳で共に遠征組になってくれる者を募集したい。もちろん、残って軍事基地を護るべきでもある。どちらを選んでも構わない。今から15分、考える時間を渡す」
そうミランが発言し、非能力者達はそれぞれの方法で悩みだした。
ユノから貰った麦茶のパックで作った温かい茶を飲みながら、15分を待つミラン。
ミランの隣では共に向かうアスが茶を飲み、世間話を軽く始めた。
「そうだ。聞いてくれよミラ」
「うん?」
「あの子が、あの子がさ。今日の朝……液体じゃない、うんちをしたんだよ!」
「えッ、おめでとう」
食堂で排泄物の話は普通しないが、実際に喜ばしい事なので、ミランはアスの話を否定しない。
固形の食糧が滅多になく、アスの子供が固形の排泄をしたのは数える程度だ。
しかも、どれもが下痢の状態だった。
こうしてユノから支援され、毎日少しずつ食べた事により、初めて固形だけの排泄が行えたのだ。
見た目は細くて小さく、今にでも倒れてしまいそうな子だが3歳になる。
アス程に巨体になれとは言わないが、できるだけスクスクと育ってほしいと思った。
「髪の艶も出てきた気がするんだよなあ……」
「うんうん」
「殆ど生えずに抜けてたし、あれかな? 豆って髪に良いって聞いたけど、その効果かね?」
「豆パンはスープに浸して食べさせてるんだっけか」
「そう。やっぱ噛む力は弱くてな、ちょっと大きいと、ずっと噛んで飲み込めないみたいだから出来るだけ小さくして……後は柔らかいもんを食べさせるようにしてる」
アスの心底嬉しそうな語りにミランも心が温かくなった頃、15分が経つ。
23名程が挙手をして自己アピールがあったり、他が望むならと辞退したりとで9名が決まったのだった。




