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第32話 御祈り


 八百万山を橙色の夕陽が照らす。

 大きな陽の塊は山の中に沈んで行きながら最後の光を強く輝かせていた。


 夕陽は、まるで消える前の蝋燭の火のように強く燃え、彼らの影を長く長く伸ばしている。

 影の主達は、それぞれが解散の為の挨拶を行い、重なった深い影の先には、ユノとアラタカがいた。


 夕暮れになり食事はお開きとなって、ユノが手に持った物をアラタカに差し出す。

「試作品なんですけど良かったらどうぞ」

 アラタカに糠クッキーと、彼の仕事袋に猪グラタンが詰まったアルミ鍋を入れて渡した。


 渡せばアラタカは、パッと目を見開いて袋を持ちながら嬉しそうに言う。

「わ、え? グラタン……良いの? って、クッキーまでありがとう!」

「ユノユノ〜! 私も!」

「もちろん、1回台所から……」

「一緒に行きまーす! アラタカ、じゃあね! 今度、解体する時には呼ぶからね!」

 カミヤがいつの間にか持っていた扇子の先をアラタカに向けて、ビシッと宣言した。


 扇子をいきなり向けられたがアラタカは動じることなく笑顔で頷く。

「ウッス! 姉御! では、ユノさん、今日はごちそうになりました。めちゃくちゃ美味かったです。これも本当にありがとう。また連絡ください」

「うん。また宜しくお願いします」

 挨拶し合ってお酒を1滴も飲んでいないアラタカは車を発進させて去っていく。

 小さくなっていく車を眺めながらカミヤ以外の新たな友達に、ユノは少し切ない気持ちになった。


……──ばあちゃんが生きてれば喜んでくれただろうな……


 多分、ミラン達が切っ掛けだが初見の若い男性にあった嫌悪感が随分と和らいでいる。

 子供の頃の出来事を思い出すから、ヤンチャをしそうな男性は、とても苦手だった。

 自分の過去を思い出しては、失った瞳や壊れた片脚が始まった日を思い出すから、どうしても苦しくて嫌になってしまうのだ。


 だけれど。

 ミラン達が結晶石をくれて吸収して完全に脚は治った。

 このような奇跡を前にすると、人は個々で違うと思う。

「……」


……──あんな悍ましい存在が多くいるように感じていたなんて……!


 いくら子供だろうと、本人達が遊びの延長線だと思っていようと、殺人未遂を行うのは倫理観が欠如し過ぎている。

 普段からの暴力もそうだが碌な人間性じゃない。


 あんな、あんな奴らを思い出しては警戒してしまう。

 そんな自分も嫌で、変えられなかったトラウマが、一気に変わった。


……──ミランさん達、生存者の子供達を探しに行くための準備で最近忙しいみたいだし……私側で用意できそうなものは用意しておこう……


「では車の中で待機しております」

「うん」

 護衛がそうカミヤに言って乗ってきた車に向かう。

 短い時間だがユノを信用して2人にしてくれたのだ。


 トタトタ……。


 廊下を歩きながらカミヤが言う。

「そういえば猪骨焼いてたけど出汁とりに?」

「うん。野菜は玉ねぎとゴボウ辺りを使おうかなって思ってるよ」

「私の場合、バーベキューか兄に渡して料理してもらう感じなのよね〜」

「半分、趣味みたいなものだから……」


 台所に到着し、カミヤ用の糠クッキーと糠蒸しパンを使い捨てのフードパックに詰めていく。

「蒸しパン……ココアと抹茶も?」

「うん。糠と一緒に混ぜてみたよ」

「糠って猪を呼び寄せる時の餌で使ってたけど、オヤツにもできるのね」

「ばあちゃん、酒粕や砂糖も少し使ってたな……」


 蒸しパンと違い、クッキーは生地を冷やす行程がいるので今回はプレーン味のみだ。

「それにしても……いつの間に蒸しパンを……」

「ふふ。カミヤちゃんに持って帰ってもらおうと思ってね」

「ユノユノ〜!」


 ユノは、あまり砕けた呼び方をカミヤにしない。

 するのは祖母と3人でいた頃か、今のように2人の時ぐらいだ。


 ぱちんっ。


 輪ゴムでフードパックをとめて完成だ。

 ユノが余っている紙袋を探しているとカミヤは小さな声で呟く。

「……ユノを元気にしてくれた人がいるのかな」


 ユノはピクッと反応して紙袋を持ちながら、カミヤに振り返る。

「……うん、奇跡をくれたんだ」

「そう……」


 カミヤはユノの脚をチラッと見て、瞼を瞑って笑みを浮かべた。

「今度から鳥神様以外にも祈ることにするわ」

「え? あ、じゃあ私も猫神様以外にも……」


 和宮国の住民は自分の産まれ干支神に日常的に御祈りする風習がある。

 また干支名が入っている財閥は自身の産まれ干支だけでなく、名の由来干支に祈りを捧げるのが常識だ。


 昔の風習は少しずつ薄れてはいるので、干支全体になんとなく御祈りする若者も多い。

 それでも、干支の御当地キャラなどを買う時は自身の干支を自然と選んでいるので、無意識の浸透はあるのだろう。


 カミヤは本家、不士鳥フシドリ家の末っ子で上に兄が4人いる。

 鳥干支信仰の中での本家の末っ子だ。


 鳥干支信仰であり、本家の傘下としては、分家にて夜梟ヨキョウ大鷹オオタカなどが存在する。

 強い名を持つ名家ほど和宮国内での影響力を持つが、時間とともに堕ち、今では名だけの家も存在する。

 現代では干支神を名に持つ財閥としての力が減った家は幾つだろうか。


 不士鳥家は過去に堕ちた歴史もあるが復活も凄まじい。

 名は不士鳥ではあるが、他からは畏怖を込めて不死鳥と呼ばれることがある。

 今では非常に強い財閥だ。


 堕ちることなく、逆に財力で伸し上がり続けているのは白巳財ハクシサイ家。

 ヘビの神様は夫婦円満、金脈良しと言われるだけあって、そういった傾向が多いような気がする。

 ただのイメージではあるが。


 ちなみにトリの神様は空が好きで、早起きで歌が上手い。

 飛行士や歌手に多いイメージだ。


 そしてユノのネコの神様は、自由、気まぐれ、温かい所で丸くなってよく眠って休憩好きと言われている。

 他の干支神様と違い、才能や環境を向上させるイメージはないが、猫干支の者に全く休みを与えないと小さな災いがくるらしい。

 豪雨に突然降られたり静電気が発生したり紙で指を切りやすくなったり、そんな程度ではあるが、ほんのちょっとだけ恐れられている。


「ユノ、もうすぐ冬眠期が来るし海外に遊びに行ったりしない?」

「え、海外に? うーん、今年はやめておこうかな……冬眠期は家で過ごそうと思うよ」

「あら、それじゃあ海外は無しね。泊まりに来ても良い?」

「うん。部屋は多いし護衛さんも一緒に泊まりにきて」

「やった〜!」


 カミヤは鼻歌をしながら玄関へ向かう。

 干支神がどこまで関係しているか分からないが、鼻歌は上手だった。


 ブロロロロ……。


 手を振りながら去っていく車に手を振って家に入る。

 台所に行って焼いた猪頭の骨を金槌で粗く砕き、サラシに入れて口を凧糸でキツく縛った。


 野菜は長ネギの青い部分、玉ねぎ、人参、ゴボウ、軽く潰したニンニクを入れて寸胴で煮込む。

 最初は沸騰するまで煮込んでから弱火にして、長時間煮込む予定だ。

「この出汁を何に使うか決めてないけど……今日作ったなんちゃってリゾットとか腹持ち良いかな……」


 塩漬け猪肉と茸を足したら食事として悪くない気がする。

「ミランさん達、どれぐらいの人数で行くんだろうな〜」

 そう呟きながら今日も夜は更けて行くのだった。

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