第28話 猪頭
早朝。
今日も朝の準備を終えてピザ窯で新しい竹炭作りを始めた。
殆どはミラン達の世界に渡したが、自分が作ろうと切った分は最後まで竹炭にする予定だ。
「ミランには腐っちゃわないように糠を一時的に収納空間に入れるって話したけど……クッキーの他の材料が先になくなっちゃった」
台所に行き冷蔵庫を開ける。
パカッ。
中には半解凍された猪頭が目立って鎮座している。
バターは見た感じもう無い。
「注文するかなあ……」
配達してもらおうと思い、前にもらった名刺を思い出す。
「アラタカさんに頼めるかな……?」
要望は足りない材料の補充だ。
豆乳のパックはまだまだあるので、そちらは豆腐屋に直接追加を頼む予定だ。
バターはもちろん、薄力粉や強力粉の小麦粉、またはホットケーキミックス。
他にもココアパウダー、チョコレート、抹茶の粉、小豆、ヨーグルト、チーズも欲しい。
「えーっとアラタカさん……」
アプリを開き登録した相手を探す。
繋がっているのは昔からの祖母の知り合いと最近繋がった業者ばかりだ。
ユノは、ふと友達のアイコンのところで指を止めた。
熊のアイコン。
引きこもっていた半年間、ユノが所有する山を使う許可で何度も連絡をしていたが、それ以外の話は長いことしていない。
「カミヤ先輩……」
記憶の中を一気に溢れるのはカミヤの元気な姿で、彼女の真っ直ぐな瞳が、いつもユノを見つめている。
カミヤ。
彼女は過去、ユノを学校で唯一助けてくれた恩人の先輩で友達だ。
祖母が亡くなった時は毎日のように家に来てはユノの様子を見てくれた。
しかし、ユノは祖母が亡くなったショックで何も考えたくなくて彼女を避ける発言をしてしまう。
『ほっといてほしい』そう言って、心配してくれる彼女を突き放したのだ。
「……」
ユノは自分の脚を見る。
もう当たり前に歩けるようになった脚。
滅多に会わない人達は気付いていなかったと思う。
おじいちゃんズもどうだろうか。
それとも補助機で、どうにかしていると思われただろうか。
過去の事情を詳しく知っている学生時代からの友達のカミヤに教えたら、きっと喜んでくれるだろう。
カミヤに話さない選択はない。
けれど、話すとしてもどう切り出そうか。
あんな風にカミヤを遠ざけて、どう言葉をかければ良いのか分からない。
熊のアイコンを押し、今週も山に入っている報告の文章を眺める。
「良ければ今日……いや、急すぎるよね……」
前は軽く言えた『昼を一緒に食べよう』が言えない。
以前のような距離感へ踏み出すことが出来ず、ユノはしゃがみ込んだ。
カチコチ……カチコチ……。
ぼんやりと台所のマットを眺め立ち上がる。
結局、言う言葉は決まらず床拭き棒を手にしてシートを付けると黙々と掃除をした。
しゃがみ込んで床の掃除忘れが肉眼でよく見えたのだ。
「……とりあえず、アラタカさんに声をかけよう」
ユノの過去を全く知らないアラタカにクッキーやピザ作り用の材料を買いに行けないか訊いてみる。
『待ってました! もちろんです!』
「わ、即レスだ……!」
30秒も経たない内に返信が来て驚いた。
先払いで多めのチップと共に電子で振り込む。
この振り込みは店のデータを通している。
直接本人に渡すと、将来的な税金がややこしい事になるので間で店を通すのは大切だ。
材料自体は10万円分を買ってきてもらう事になった。
多分、今日の午後には来てくれるだろう。
そう考えるとアラタカが嫌でなければ猪頭の肉で作った料理を食べてもらおうか。
「それか猪タンだけあげるでも良いかな」
冷蔵庫の中に入っている半解凍された毛付きの猪頭を取り出した。
ありがたいことに、猟師会のおじちゃんズの猪頭は皮を先に剥いだ状態のが多く、この2頭分のみが毛が残った皮付きだ。
猪は条件によるが、猪の大きさ、数、猟師の人数や狩れた時間帯によって解体の仕方が変わる。
祖母がいた時もそうだが、個体が巨大な場合の解体は大変なので、場合によっては頭を皮ごと落として保存し、猪頭の解体を後日に回すこともよくあった。
ゴオオオオオォォォ!
草焼き用の巨大バーナーから火を出している。
肉ではなく表面の毛だけを焼く為に炎で猪頭を撫でた。
ユノは庭に、炭を入れていない金網付きコンロを用意して、上に猪頭を2頭置くと肉ではなく毛を焼いている。
せっかくの皮付きなので、考えた結果、毛を焼いた上で皮も調理に使おうと思ったのだ。
小さめの個体で丸ごとの処理の時は毛焼きも細かく大変だが、頭部だけなら比較的早い。
猪の毛をヂリヂリ焼いて灰にしていく。
泥や血汚れの洗浄などは頭部を切る前に、おじいちゃんズが処理してくれていた。
処理がまだな猪頭の場合、毛焼きをするか、または60℃程の湯に短時間浸けて毛穴を緩め、表面を削ぎながら毛を処理していく。
ユノが選んだのは毛焼きで、もう死骸ではあるが、もし洗浄後も残ったダニがいた場合、この毛焼きで処理できる。
「よし、鼻辺りは普通のバーナーで……」
猪頭の毛を炎で撫で終わり、残った細かい毛だけは一般的なバーナーでチリチリ焼いた。
焼けた毛穴がプツプツと浮き、焦げた表皮が薄茶色になっている。
この後は解体用の場所で銀桶に水を入れながら毛焼きした猪頭にジャバジャバとかけた。
毛焼きした猪頭に水をかけて表面を冷まし、まだ温かさが残る内に鉄ヘラで周りを削いでいく。
「こんな感じかな〜」
皮付きの猪頭の下処理が終わった。
コトッ。
台所に戻ると刃物が入ったケースを机に置き中から取り出す。
ひとつ目に取り出した小刀は、主に皮はぎ用にと祖母に貰ったものだ。
それ以外にケースにある刃物は生前の祖母のもので、今回は出刃包丁と、骨を叩き割る為に海老鉈を使う。
「小さかったら丸焼きも良いし、ピザ窯あるから……その内に、お腹に野菜詰めるのしたいな」
ユノは、そう呟きながらサラシで猪頭を拭いて水気を取り、先ずは小刀で耳を根元部分から深めに切り取った。
ジョリジョリ……グリッ。
出刃包丁も使い顔のパーツを分けていく。
大まかな部分は耳、鼻、頬肉、舌、脳みそを分けて、木の丸太まな板を置き海老鉈と金槌を使い骨をコンコンと割る。
眉間から鼻辺りの骨から、パカッと割れた。
「半分でも入りそうだけど……」
少し考えて4等分にして、2頭あるので8個分に割れた猪頭ができた。
お湯を沸かしていた業務用寸胴に1回灰汁取りの為に骨付き猪頭を下茹でする。
クツクツ……クツクツ……。
10分クツクツさせると珈琲クリーム色の灰汁が浮かび上がっている。
火を止めて寸胴鍋を乾いた布巾で掴み用意していた大きなザルへ流し落とした。
ザバザバ……キュッ!
骨付き猪頭をザルにあけて綺麗に水洗いをすると、用意した圧力鍋2つに4個ずつ入れた。
猪頭4個と下茹でしている間にミキサーにかけた生姜、4等分した玉ねぎ、長ネギの緑部分をゴロゴロと入れる。
「お茶パック用の……あった」
お茶の粉を入れる中が空洞の白いパックを取り出して、中に黒コショウの粒をザラッと入れ、金槌で軽く潰す。
香りを感じながらローリエも2枚手にして軽く手で潰してから同じパックに入れて上に乗せた。
これらは匂い消しだ。
水で食材を浸すと圧力鍋の蓋を閉める。
「1時間ぐらいで良いかな〜」
圧力鍋の間を1コンロ分空けて置いた。
圧力鍋でガスコンロを使うので、電気コンロで沸かしていた鍋の湯(塩と酢入り)に猪の脳みそを、そっと入れる。
「グラタン上手くいくかな……想像ではありなんだけど初挑戦だから、どうかな」
下茹でした脳みそは優しく水ボウルに入れて、薄い膜を洗いながら剥いでいく。
こうすると臭みが綺麗に取れるのだ。
濃厚でプリッとして、クリーミーな脳はチーズやトマトソースと合いそうな気がした。
しっかりと火を通したのを味噌やポン酢、生姜、刻み葱などと合わせて食べるのも良いが、このパターンも良いかもと思った。
「頬肉はミンチにして……耳と鼻は粗めに包丁で切ろ……グラタンなら芋も欲しいよね〜」
行程を呟きながら蒸し器を用意し、耐熱皿を棚から出す。
「あ、ピザ窯内でも耐熱皿って大丈夫だっけ……? 1回調べよ……え、カミヤ先輩?」
ユノが家の耐熱皿がピザ窯で使えるかネットで調べようとしてスマートフォンを手にすると、カミヤから連絡が来ていたのであった。




