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第2話 交換日記


 軍事基地には百名程の生存者がいる。

 半数以上は基地の軍人で、それ以外は身内や彼女、長年の友等だ。

 当初の人数は5倍近くいたが、色々な事柄で今のように減ってしまった。


 終末世界になって3年。

 生き残れた猛者ともいえるが、死にゆく日を待つだけの敗者とも言える。


「う、うま……ッ」

「桃……」

「果物が食べれるなんて……」

 仲間が探索しているショッピングモールの2階に行き、とりあえず桃を1人1個渡しクッキーも5枚ずつ配った。

 自分は最も食べてしまったが、見付けた者特典としておく。


「これは妻と子供に……」

 食べていた3人中1人が比較的綺麗な布でクッキーを包み込み、硬いケースに入れて蓋を閉じる。

 彼には終末世界になる数日前に産まれた3歳になる子供がいるが、今は栄養失調で言葉ひとつ喋れない状態となっている。


「基地に戻ったら多くは無いが全部を少しずつ分ける予定だ」

「全部をですか……?」

 泣きながらクッキーを食べ終わった後輩であり部下が、不思議そうに男を見た。

 男は他に何かを持っている様子ではない。


「ミラまさか……」

 クッキーを箱にしまった妻がいる同僚はハッとして呟いた。

 ミラとあだ名で呼ばれた男、ラムドール・ミランは頷く。

「ああ、アス。今更だが収納能力が開花した」

「おお……」


 アスと呼ばれた彼は、それに対しハッキリとは喜びの言葉をかけれなかった。

 他2名もだ。


 終末世界が始まったばかりの頃なら喜べたが、もう食糧が無い現状である。

 何日探しても持って帰る荷物は片手で足りる程しか取れない。

 移動が楽になる収納効果は随分と今更で、あまり嬉しい能力とは言えなかった。


 だったら魔物を効率良く倒す能力の方が喜べただろう。

 しかしだ。


「……俺も当初は微妙な能力だと思った。だが何故だか分からない。最初からこの桃とクッキー……あと鍋らしき物も入っている。まだ中身は見ていないが、この粉塵多い場所で確認は避けたい。汁物を不味くしたくないからな」

「ほ、他にも!」

「神よ……」

「それもそうだな」


 後輩が瞳をキラキラさせている中で、アスは倒して砂になった魔物の死骸の砂山に視線を向けた。

 魔物を倒せば倒す程、辺りは砂に埋もれていく。

 辺りは粉塵激しく、綺麗な食事は難しいだろう。

 桃とクッキーは飢餓過ぎて食べた後ではあるが。


「能力特典? 何でも良いや! ありがたいッスね!」

「この種の中も食えるかな?」

 ずっと桃の種をしゃぶっている後輩は中の芯を食べたいようだ。

 他2人は取り出してポケットに入れていた。

「種は砂を掃き出した基地の庭に埋めてみて育たないか検討したい。取っておいてくれ」

「あ、了解です!」

 後輩は名残惜しそうに種を、ちゅぽっと取り出してポケットにしまい込んだ。


 4人は徒歩で山深い基地へ脚を進める。

 4人とも能力者なので、一般人よりも筋力が高く、普通の人間なら2日はかかる距離を空腹が紛れた今は半日で帰宅した。



 アスはクッキーを食べてはいないが、妻と子供にあげれると思うと喜びで足取りが軽かった。

 希望は人に気力を湧かすのだ。

「今、帰ったぞ〜! オレの天使達〜!」


 自分達の部屋に来て普段と違い10倍はテンションが高い夫に目を丸くする妻。

「アス君……も、もしかして食べ物があったの……?」

「ああ。少しだが腐っていない!」

「アス君……ッ」


 嬉しそうに妻は何度も頷き、腕の中の子供に優しく話しかける。

「坊や……パパがご飯を持ってきてくれたよ」

 腕の中の子供は3歳だというのに痩せ細り、その歳には見えない。


 アスは箱の蓋を開け、中から布を丁寧に取り出して、バタークッキーを見せた。

「お前達で分けて食うんだ。それに、これだけじゃない。今から久々に食堂でスープが配られる予定だ。食べに行こう!」

「スープ……? ぁあ……良かったね、良かったね」

 子供を愛おしそうに撫でる妻。


「ありがとうアス君。あ……クッキーは一度、水でふやかした方が良いかしら……?」

「そうだな……可愛い歯は生えているんだ小さく割って、舌に一度乗せてみよう」

 大抵は食事と言えば水ばかりの日々だ。

 幸運な事に、この基地は山の上側にあるおかげで、日々水だけは確保できている。


 農作物も育てようと日々の努力をしているが、痩せた野菜しかできず。

 調味料も底をつき、時折ほとんど水のようなスープを皆で分け合って食べるだけの日常。

 だが今日は普段の何倍も味のあるスープができる筈だ。


 一応だが基地に着き、親友のミランから出されたのはデカい寸胴鍋に入った茶色いソースらしきものだった。

 見た目は汚物のようで微妙だが、香りが尋常じゃなく良かった。

 それも具材入りだったのだ。


 野菜も肉も肉眼で見え、あれを3倍に薄めても充分に味のあるスープになる事だろう。

 具材の欠片だって皆で少しずつ分け合う事が出来る筈だ。

 それに丸い蓋の箱の中には米が入っており、粥にしてスープと食べれば普段より腹持ち良くなるに違いない。


 幼い子供はクッキーの欠片を舌上に乗せると瞼を緩りと開け舐めるように食べ。

 夫婦が見守る中、ほわっと笑顔を見せた。

 その笑顔に夫婦は瞳を熱く潤ませ、優しい声で言う。

「美味いか? ほら、もっと食べて良いんだからな……」

「そうよ。残さず食べてね……」

 夫婦は愛おしそうに子供を撫で、口を開けて食べたがるので割ったクッキーを舌に乗せる。


「固形物……食べれるようになったのね。偉いね偉いね……」

「よしよし……良い子だな」

 子供はクッキーを水と一緒に3枚、あっという間に食べ終わった。

 妻は2枚バタークッキーを食べて、ポロポロと涙を流していた。


 ざわざわ……ざわざわ……。


 食堂では白米は10倍のお湯で粥になり、約百人分の丼に分けられて、寸胴鍋のソースは3倍のお湯で薄められた。

 そんな薄い色を残したスープが粥丼の上に注がれて配られる。


「すごい! 野菜と肉だ!」

「お粥もあるよ!」

「味がする……!」

「おいしいッ! おいしいッ!」

 食堂に集まった全員が空腹状態で、それぞれの想いを目の前の食事に向けて食べていく。


 桃とクッキーは調達班の4人以外に配られた。

 クッキーは2人で1枚。

 桃は隣が透けて見える程に薄い一切れずつだ。

 それでも全員が喜びながら食べていく。


「甘い……」

「ばあちゃんのもお食べ」

「ばあちゃんも食べなきゃダメッ!」

「種を別で埋めて育たないか試してみるらしいよ」

「魔物の砂がなあ……」

「アイツらが山の動物や恵みを食べて砂で埋めなきゃ、もっと食える筈なのに……」

 何度も言われ続けてきた世界を終末に変えた魔物達の話が、ぽつぽつと聞こえる。

 ミランは薄い粥のカレースープ丼を口にしながら窓の外に目を向けた。


 基地は砂を掃き出す作業を定期的にしているが、山は随分と魔物によって荒らされている。

 そして、その憎らしい魔物を倒すと、必ず砂になる為に色々な場所が小規模な砂場になっている。


 幸い山上に基地があり綺麗な水脈を確保していることで、今のところは水には困っていないが、それ以外の栄養素は日々取れない状況だ。

 今日は何とかこの食糧で皆の気力を保たせる事が出来た。


 しかし明日以降はわからない。

 また明日には食糧を調達しに出かけるが、次こそ終わりの可能性が高い。


 空になった寸胴鍋は極限までカレーをお湯で溶かして飲まれ、最終的には顔を突っ込んだ1人に舌で舐められて、そこから洗われて収納された。

 殆どの者が満腹ではないが味の付いた粥に心が満たされている。



 シャワシャワシャワ……キュッ。


 シャワーの蛇口を締めた。

「……そういえば」

 水のシャワーを浴びて自身の部屋のベッドに横になったミランは、まだ触っていなかった日記帳を取り出す。

 日記は何冊かあり、ひとつを開いて読んでみた。


「ぁあ……」

 読んでみて分かった。

 この収納能力の中にあった食糧は日記を書いた者、別世界の彼女が用意した物だ。

「……盗んでしまったな」


 申し訳なさに胸の内側が少し痛んだ。

 バツの悪さに顔をしかめながらも日記帳を収納し、ミランは棚を見た。

 そこには本や軍事用日誌があり、その日誌の数冊を手にする。


 最新のページを開いて今日起きた奇跡を、ゆっくりと思い出す。

 終わりを望むほど疲れ切った精神で、無意味と分かりながら結晶石を口にした。


 その結果、収納能力が生まれ、空間がどこかと繋がり命を繋いだ。

 全員の空腹が満たされたわけではない。


 だが気力が繋がれたのだ。

 明日終わるかもしれなかった命が、この奇跡で続くかもしれない。


 図々しい話だろう。

 泥棒が奇跡を望むなど腹立たしいだろう。

 それでも、これは唯一の救いと思えた。


「……」

 ミランはその感情を言葉にするべきかしばらく考えてから、今日の事を書き綴り、感謝と謝罪と共に収納したのだった。

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