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第1話 終末世界と平凡な彼女

※現代に似た平行世界が舞台の物語です。

似ている部分もありますが、あくまでフィクションとしてお楽しみください。

終末世界を少しずつ描いていきます。


 空腹は、どんな強者をも平等に衰えさせる。

 男は精悍な顔立ちをしているが、荒れた肌は土気色をおびていた。


 ザリ……ッ。ザリ……ッ。


 足底が砂の小山を滑り、引きずるような跡を残す。

 酷く疲れた様子で彼は砂が小山になった場所から重い足を動かして進み、ゆっくりと砂の積もった椅子に腰をドスリと落とした。

 男の鍛えられた身体も、今はただ痩せ細って見えた。


 視線が下がる。

 膝上に置かれた手の平には、普段の赤い結晶石とは違い珍しい色合いをした紫色の結晶石が乗っていた。

 それは長身の彼の手を開かせる大きさだ。


 新種の結晶石。

 終末世界が始まった頃なら喜び興味深く観察し仲間達にも見せていたはずだ。

 気力さえあれば、そのはずだった。


 想像の中では、仲間がいるショッピングモールの2階にまで駆けていき、そして自慢気に話し結晶石を吸収する。

 そんな妄想は終わりゆく彼に唯一できることで、今は身体が重く、もう一歩も動けない。


 彼の疲労は、ただの疲労ではなかった。

 1週間も固形物を食べなかった事で空腹が体力を奪い、先程倒した魔物との戦いで力を使い果たしてしまった。


 視界が朧げだ。

 彼は希望が薄れゆく世界で、このまま倒れてもいいと、どこかで思っている。


 酷く重い手で、なんとか水が入ったボトルを開けて全てを飲み干して息を吐く。

「結晶石なんぞ腹の足しにならない……」


 【結晶石けっしょうせき】それは、この世界に3年前から蔓延る魔物から時折入手出来る物で、吸収すると低確率で能力を発現する。

 最初の頃は、この結晶石に価値を見出し欲しがる者は多かった。


 しかし。

 消えぬ魔物達。

 悪くなるばかりの状況。

 見付からなくなった食糧。

 仲間は少しずつ様々な理由で減っていき、今では基地にいるのは百名程度。


 街で食糧探しを求めて動く人間は自分達以外で、もう1年は見ていないだろう。

 基地の者達も水と僅かな食糧で生きながらえているが、自分達の命は残りどれほどのものなのか。

 この世界が終末になってから3年目。

 もう、気力が保たなくなってしまった。


 男は口を開けると腹の足しにはならない結晶石を噛じる。

 何度かガジガジと噛んだ後に、スー……っと彼の中へ吸収された。


 結晶石は能力者が素肌に触れたり口にすると体内に吸収されていく。

 紫色は初めてだが男はスピード能力を持つ能力者である為に普段通りの向上になるはず。

 だが今では、どんなに能力が上がっても食うものが無ければ力が出せず、宝の持ち腐れだ。

 意味の無い行為となってしまうだろう。


「……?」

 ふと身体の中で渦巻く感覚。

 これを知っている。

 初めてスピード能力を手に入れた時にも感じた、あの感覚だ。


 持っていた能力の向上では無く新たな芽生えを自分に感じ、男は渇いた笑い声を漏らした。

「……は、はははッ」

 無駄に熱くなった身体。

 男は自分に生まれた新たな能力に馬鹿馬鹿しい気持ちになった。

「今更かッ!」


 初めて能力を手に入れたばかりのあの頃は酷く嬉しかった筈なのに、今では怒りにも似た虚しさが渦巻いている。

 どうやら新種の結晶石は能力者に新たな能力を増やす特別な物だったらしい。


 しかし皮肉な能力だ。

 せめて終末が始まったばかりの頃なら重宝もしただろう。


「収納能力か……」

 自分の管理できる空間に物を収納する能力。

 食糧という欲しい物が見付からない日々の中で生まれた能力。

 非常に宝の持ち腐れだ。

 一応の確認で適当に自分の首元にかけたゴーグルを収納し出そうとして、ふと気付く。

「……これは」


 収納能力の空間はワンルーム分ぐらいだろうか。

 その四角形の空間の中に何故か自分が入れていない物が多々あった。

 誰かの日記帳らしき物、寸胴の鍋、丸い蓋が閉じた箱、銀バットの上に乗ったクッキー、箱に入った果物。

「たべ、もの……?」


 試しに果物をひとつ手の平に取り出してみた。

 先程、結晶石を乗せていた手の上には桃色の果物がある。

「夢では……ない……?」

 甘い匂いに腹が音を上げた。

 空腹が続き過ぎて、音すら上げなくなっていた腹が喜んでいる。


 しゃく……ッ。


 食べれるものは全て食べるのが今の常識なので皮ごとかじった。

 それは終末前には特に意識はしていなかった果物。

 桃を一口食べて直ぐにゴクッと飲み込む。

 久々の旨味と甘さに喉が焼けるようだ。


「……ッ!」

 食べ物だ、本当に食べ物だ!

 それも新鮮で瑞々しい痩せ細っておらず、腐っていない美味い美味い食べ物だ!


「ぁあ……ッ!」

 飲み込み胃に流れたのを感じると腹を鳴らしながら、ムシャムシャと食べ進める。

 一気に食べて種の周りをしゃぶり、後で基地に埋めてみようと収納し、次に気になっていたクッキーを取り出す。


 サクッ。


「う……美味すぎる……ッ!」

 終末前は甘いモノに対して可もなく不可もなく、食べる機会があれば食べる程度だった。

「クッキーって、こんなに美味かったのか……」


 大の大人の瞳から、ホロリと涙が溢れた。

 彼はクッキーを銀バットの3分の1ほど、ガツガツ食べ切ると、ふうっと息を吐き立ち上がる。

 身体はもう気力を無くしていた時とは違う。

 腹はまだまだ空いているが、それでも満たされた気持ちでいっぱいだ。


「アイツらにも食わせないと……」

 魔物を狩るための武器を握りしめ、彼は仲間の所へ向かったのだった。



 ***


 和宮国、八百万山の裾、敷地は広いが近所は遠い車移動が基本の田舎の家。


 年期の入った外装だが横に広さはある家の札には『道堂』という名字。

 現在、その家の唯一の住人。

 ミチドウ・ユノは、ぼんやりとサブスクで見れる海外ドラマを眺めていた。


 人の嘘が分かってしまう女性が様々な事件に巻き込まれ解決しながら旅をする話だ。

 とても面白いので1クール分見終わったら夕方だった。

「は〜お腹すいた。先日作ったカレー出して食べよっかなあ……」


 彼女は軽く瞼を瞑り集中する。

 カレーは冷蔵庫や棚に閉まっている訳では無い。

 不思議な不思議な空間の中にしまい込んでいるのだ。


 この不思議な能力は子供の頃に生死を彷徨う怪我をしてから使えるようになった。

 何故なのかは今だに不明だ。

 しかし、まあまあ便利な能力ではある。


 普段通り空間に収納する事が出来る能力を開き内を眺め。

 しかし僅かな違和感があった。

 良くわからず首を傾げる。

「……ん?」


 最初の頃は手で抱えられる四角い箱程度だったその空間は、歳と共に部屋程に広くなった。

 昔は機能を調べようと色々試した結果、この中にアイスを入れても溶けない。

 熱い出来たては、そのまま温かい。

 時間経過をしないので何も腐らない。

 食べ物を大量に作って入れておけば、ずっと保存して何時でも新鮮なものが食べれてしまう。

 荷物運びも楽。

 祖母が生きていた頃は、そうして便利に使っていたものだ。


 けれど半年前に祖母が亡くなって、彼女が作ってくれた食べ物を食べ切ってからは時折思い出して使う程度。

 祖母以外に、この力を打ち明けた人もいない。


「よいしょ」

 ゆっくり立ち上がり、慢性的に痺れ痛みを感じる脚を半分引き摺り台所へ進む。

 視力が落ちた左眼でカレー用の深皿とスプーンを机に置いて、薬缶から麦茶をコップに注いだ。

「さて」


 能力でオヒツと寸胴を机に置き、オヒツの蓋をカパリッと開けた。

「え?」

 オヒツの丸い蓋を取れば空っぽ。

 おかしい、中には出来立ての白米があったはず。

 ハッとして寸胴鍋を見て蓋をつかむ。


 カポッ。


「……わ、こっちも」

 業務用の寸胴鍋の蓋を開けると中身は綺麗にない。

 カレー油を綺麗に洗い流したのだろうか。

 オヒツご飯も米粒ひとつ残っておらず、米ならではの糊付状の汚れも無かった。

 どうやら先程感じた違和感の正体はコレだったのだ。


「……食べた? 誰が?」

 ちょっと前にサブスクで海外ドラマの推理シーンがあったからか、少し真似して悩んでみる。

 でも腹部から、ぐ〜ッと音が鳴り、その思考は遮られた。

「あ、前に作ったクッキーは……お〜ないねぇ〜」


 もう分かってはいたが、前に大量に作った手作りクッキーも入っていなかった。

 祖母と仲の良いおじいちゃん達と、田舎ならではの交流野菜や、ジビエ肉を持ってきた時に包んで出す用のクッキー。

 残念ながら欠片ひとつ無い。

 匂いすら残っておらず綺麗なものだ。

「夏にお中元でもらった桃も……ふふ。ない〜しかたないなあ……ラーメン食べよ」


 完全に諦めて、すぐに出来るインスタント麺を茹でる事にした。

 3袋分の麺を茹でる。

 隣で小分けにし冷凍しておいた脂身が多い部分の猪肉を胡麻油で炒め、少ししてモヤシと長葱の刻みを入れて火を通す。

 モヤシ炒めには、黒胡椒もたっぷりだ。


 ラーメン丼を2個出し、底にタレをひとつずつ入れる。

 少量のお湯で溶かし、瓶の食べるニンニクラー油をボトッ、ボトッと入れ、茹で終わった麺を2個に分けて丼へ入れて混ぜ混ぜ。

 麺が隠れる程のモヤシ炒めを乗せると、片方の丼は箸と収納し、自分の分は目の前に置いた。

 箸を持って手を合わせる。

「いただきます!」


 これは味の濃い油そば。

 しかし、混ぜれば麺の多さと野菜で丁度良くなりズルズル食べれる。

 味の印象深いカレーを食べようと思い、食べれなかった事もあり、急遽油そばに変更した。

 あいも変わらず美味だった。

「ばあちゃん直伝油そばは、いつも大勝利〜」


 お腹いっぱいになり冷蔵庫を開ける。

 中にある近所のおじいちゃんズの1人から貰った林檎ジュースを取出してゴクゴク飲んだ。

 ニンニクを食べた後は林檎ジュースを飲むと、ニンニク臭がある程度収まるのだ。


 推理とまではいかないが、収納内に残っていた誰にも見せれない恥ずかし日記帳を取り出してペンを開け、カキカキした。

「えーっと……今日は普段と違う事が起きた。祖母が半年前に亡くなってからは惰性、惰性の日々だったけれど、まさかの変化だったと……ん〜……」


 《あの日、イジメっ子達が私を山登り中に押した事件から生死を彷徨って生まれたこの不思議な収納能力。

 ばあちゃん以外に教えた事は無いし、他に誰が使うと言うのか。

 なのにだ。

 私の作ったご飯、お中元の桃は全て無くなっていた。

 鍋とかは戻ってきたけれど、ピカピカ磨かれて笑っちゃったな!

 もしかして収納能力が意思を持って食べたのかな?

 それとも取れる能力があるのかな?

 とりあえず、ばあちゃん直伝の油そばを入れてみた。

 様子を見てみよう。

 もし収納能力自体に意思があるなら面白い事だと思う。》


 そう日記に書いて閉じる。

 久々に書いた。

 祖母が亡くなってから全然書いておらず、人生はつまらないと虚無に過ごしていた。


 この半年は右脚、右眼を奪われた慰謝料と祖母の遺産で過ごしていて、前にしていたネットの【ばあ♡日記】というエッセイ漫画の更新も止まっている。

 最後のエッセイ漫画は祖母がユノの髪を切ってくれた内容だ。

 とても辛くて悲しい。


「ばあちゃん……」

 祖母の事を考えると涙が自然と溢れ出る。

 優しい優しい大好きな祖母。

 今だに心の整理は、できていない。

「……」


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