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第19話 幻想ではない


 軍事基地を赤い赤い夕日が照らしている。

 粉塵が増え、砂嵐が起こるようになってから世界の風景も、どこか変わってしまった。


 精神の問題か実際の自然環境の変化か。

 ミランには、そこの知識は無い。

 ただ、昔は橙色に見えた夕日は今は結晶石と似た赤い赤い夕日なのだ。


 夕暮れになり、山周辺の討伐を行なっていた面々は帰路についた。

 合図し二重構造の狭い出入口を開け入り、鍛錬広場へ向かう。


 ザッ、ザッ、ザリッ。


 視界の先にはベヤルド含め人数がおり、軍用車を鍛錬広場に並べて相談しながら改造の見取図を製作する姿が見える。

 ミランとアスも能力者ならではのスピードで帰ってきて、休む暇なく改造軍用車についての話に加わる事になった。


 不確定の情報、罠の可能性が高い情報だ。

 本来ならこの調査に、ここまで急ぐ必要は無い。

 これは彼らなりの精神安定の一種だ。


 終末前は常々仕事があった者達は、腹が満たされ活気に満ちた事で忙しなく動いている。

 そうして、満たされた事で思い出す失われた悲しみから目を背けようとしている。


 この3年間。

 彼らは悲しみの時間を作る事なく、生き残る事だけを意識していた。

 空腹は最も身近に意識する死だ。

 目の前の辛さが、危機的状況が、色々な縁を二の次にし、霧の中へと追いやっていた。

 気付けば流してしまった死が、誰にも存在する。


 カーン! カーン!


「みなさ~ん! 食事の用意が出来ましたよ〜!」

「じいちゃん達、おいで〜!」

 ベヤルドの妻と孫息子が鍋の裏をお玉で叩き、作業に熱中している面々に声をかけた。


「……よし! 日も落ちた。上にシートをかぶせ食事にしよう!」

 寡黙なベヤルドも妻と孫の前は口が緩くなる。

 作業を直ぐに止め、妻の側に行くと頬に口付けをし孫は縦抱きにして笑顔だ。

 長い間食糧が無かった頃は、渋い表情だったが、彼も笑みを浮かべだしたのは喜ばしい変化だろう。


 急いで出していた道具類や軍用車にシートをかける。

 放置すると粉塵が上に積もる為だ。



「お、良い匂い」

 アスとミランは、一度シャワーを浴びに廊下を歩きながら匂いに意識が向く。

 連日時間が近付くと、毎回食事の良い香りが胃を刺激する。


 グウゥ〜……ッ。


 長い間、求めても、求めても、絶対に叶わなくなった筈の生活だ。

 自然と笑みが溢れ、強い安堵感に胸が温かい。


「ユノがくれた食糧が大きく増えたからな。今夜も期待しよう」

 ミランが穏やかな表情で呟けばアスも頷いて言葉を返した。

「朝もサツマイモの蒸したのが美味かったしな!」


 二人で水のシャワーを浴びて、粉塵を落とし服を着替え食堂へ向う。

 粉塵の取れない服は、洗濯係が明日洗う事になっている。

 生活を回す為の役職だ。


 それぞれの係ができ、給金代わりに娯楽品か食糧を渡す。

 その管理も交代制で3人を選び任せている。


 物資は財産なので定期的に回して、互いに最低限の監視を行い管理した方が良いとなった。

 これに関してはミランが言った事ではない、多くの部下達からの提案だ。


 実際、終末1年目に上司である副官が、同性である女性隊員達を全員、または身内を連れて多くの物資を取るだけ取って出て行った事例がある。

 あの際に確保していた保管燃料や武器は一部無くなり、食糧は大量に無くなった。


 とは言え片方の損失が少なかったのは、ベヤルドが武器庫の管理をしていたお陰だ。

 ただし、食糧庫の管理をしていたのは副官だった。


 副官であった彼女に何の心境があったのか分からないが、非常に真面目な方で、だからこそ重要な食糧の管理も任されていた。

 あんな風に物資を奪い、多くの仲間を見捨てるなど青天のへきれきだ。


 部下達は言う。

「ミラン隊長は、僕らを信用しすぎている気がありますからね」

「なのでオレ達が自分を疑って、互いに監視し合うべきだと思うのです」

「恩人を嫌な気持ちにさせる前に処理します!」

「そう言ってコイツ桃の缶詰を食べていました! そして、おれも空いていた缶詰の残り半分を食べました!」

「美味しかったです!」

「ジューシーでした!」

「外で20周、走ってきます!」

 自己報告をして、自ら罰を受けていくスタイルらしい。


「マスクとゴーグルはしろよ……」

 ミランが生温かい目で見ながら声をかけ2人は背筋を伸ばし。

「「はいッ!」」

 元気良く駆けていった。



 コツコツ……。


 賑やかな食堂にたどり着いた。

「さーて、オレの天使達は〜」

 アスは食堂へ入り、一番に探すのは食事よりも妻と子供だ。

 2人を見付けて側によって頬に口付けをしてから、ミランと共に今日の列に並ぶ。


「コレは……揚げ芋ッ!」

 持ったトレーを震わせながら、揚げられて銀バットに山盛りのサツマイモの揚げ芋を見るアス。

「新鮮な食用油を貰ったら、やっぱり揚げ芋ですよね!」

 調理担当が嬉しそうに説明した。


 アスは瞳を潤ませ頷く。

「食いたかったんだ……すげー嬉しい……」

「お皿を取って好きな量をどうぞ〜」

「えッ? 制限が無いのか?」

「ええ。揚げ芋と豆パンは好きに食べて大丈夫です! あ、残すのは禁止ですよ! 夜食用に持って帰るのは程々に〜」

 調理担当がにこやかに言い。

 アスはニコニコ笑顔で薄い豆パンを皿に10枚乗せた上に、溢れるほどの揚げ芋を乗せていく。


「え……これは……肉入りの卵炒め?」

 アスが喉を鳴らして呟いた。

「そうなんです! 豚の缶詰めを頂いたので、ありがたいですよね」

 お玉ですくい、一人一匙分。


「魚もか!」

「そうなんです! 骨まで食べれる肉厚の白身魚の缶詰とキャベツ、人参、アスパラ、玉ねぎの酢漬けと茹でたミニパスタを合わせて炒めました」

 四角い皿に2種類のオカズが乗っかった。


「スープは刻んだサツマイモと2種類の缶詰から出た脂を使って作ったスープです」

「品数が多い……ありがたいよ。本当に……」


 アス夫婦は前側の席に座っている。

 ミランは全体が見渡せる位置に座ると、先ずは透明なスープを口にした。


 中にはホクホクのサツマイモが入っている。

 一口、口に入れてみると、缶詰の余り脂の風味と塩、砂糖、鶏ガラの出汁、胡椒と透明な中に味を感じる。


 具材でホクホクのサツマイモも、たっぷり入っている。

 食糧が無い頃に食べていた調味料が無い、ほぼ水の山の葉のスープと随分と違う。

 同じ透明なのに味がする喜びに、ほうっと息を吐いた。


 同じサツマイモを使っていても調理の仕方で変わる。

 揚げ芋を手にし一口食べれば、甘い芋と振りかけられた塩が丁度良く美味い。

 外から帰って来た者達は大抵塩を欲するので、塩分が取れるのは助かる。


 オカズのひとつは瓶や缶詰の酢漬け野菜と缶詰の白身魚を、めんつゆで炒めミニパスタと和えられており、そのままでも美味いし豆パンに挟んで食べても良い。

 豚と卵あえは缶詰の味が最初から塩っぱめで強いので丁度良い、これも豆パンと合う。


 揚げ芋と豆パンはお代わりをして良いとの事なので、今日討伐に出ていた面々は我先にお代わりをし、オカズ銀バットの中身を綺麗に食べ尽くした。

「今日も綺麗に食べれたねー。じゃあ片付け……」

 調理担当の妹が呟きながら片付けようとして一人が止めた。


「いや、まだだ……」

「え……?」

 男は残っていた豆パンを1枚手に持つと、オカズ銀バットの中の塩味と脂を吸い取るように拭き、パクっと口にした。


「洗いにも貢献ッ!」

「え〜アホ〜?」

「そんな……賢いって言ってやって!」

「そうだぞ! どちらかと言えば天才だから!」

 周りから野次が飛ぶ。

 調理担当の妹は白けた表情だ。

「おれ、卵炒めのでやろ」

「おまいら豆パンは手にしたか?」

「「「お〜!」」」


 ノリノリで残った豆パンを使い、銀バットの中を拭いて食べる面々に、妹は兄に声をかけた。

「ちょっと〜おにいの友達、どうなってんの〜?」

 妹が苦言を申せば、調理担当の兄は目元を片手で押さえ呟く。


「食い意地はっても良い環境になったんだなって、涙腺きてるお兄ちゃんがいます……」

「マジで〜? アタシ、洗い物する前にまかない食べよーっと」

 妹は面倒になったのか、片付けを一時的に投げ出した。


 調理担当側は、個人で作る料理の自由度が高い。

 彼女は手に入れた豆粉、小麦粉、卵、サツマイモで噂に聞いた女神ユノがくれた蒸しパンを作ってみた。

 ベーキングパウダーが無いので、どうなるかと思ったが、思ったより良い感じだ。


 それと魚と酢漬け野菜のミニパスタの上に肉缶詰の卵和えを乗せて、蒸しパンと食べる。

 豆パン、揚げ芋、スープは無しだ。

 代わりに果物の缶詰を一つ貰ったので、ホクホクしながら鞄に入れる。


 前に妹は賄賂(砂糖)を調達班の1人にあげて、代わりに外で過去の本を数冊持って帰ってきてもらった。

 本は過去のファッション雑誌、夢占いの本、お菓子の料理本が一冊ずつだ。

 最近はそれらを読んで、調理時以外の時間を潰している。


 そして、そういったのを読んでいる時に食べる甘味が美味しいのだ。

 この果物の缶詰は、読みながら食べようと、彼女は思った。


 ワイワイ……ワイワイ……ざわざわ……。


 緩やかな騒ぎが食堂内の、あちらこちらで起きている。

 ミランは身内間で起きている緩やかな取引には気付いていたが、任せているので特には何も言わず、今日の分も残さず平らげたのだった。



 その後は食堂で、ミラン達は夜遅くまで仲間達と改造軍用車の構想を練り、ある程度目処がついて就寝となる事になった。

 心地良い忙しさは眠気をもたらす。

「……手紙をくれていたのか」


 寝る直前になって、ようやくミランはユノからのメッセージに気が付いた。

 《時間がある時に話しながら、そちらに荷物を渡したいので、ミランさんの好きなタイミングでお電話ください》

 ユノの思いやりを感じる手紙を指先で撫でる。


 終末世界でもギリギリ時計は電池の交換で機能していた。

 人によっては連絡できない通信機を太陽光発電で使っており、時間の感覚はある。

 もし前に話した中で感じた同じぐらいの時間経過なら、向こうも深夜だろう。

 ミランはトランシーバーを軽く見つめる。


「朝に連絡しよう……」

 疼く気持ちを抑えながら、スッと瞼を瞑ったのだった。

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