第14話 初恋
パタンッ。
彼女の日記帳を閉じて薬缶で沸かしたお湯をコップに注ぎ、数口飲む。
その場に居なかったのに、ユノと共に時を過ごした気分だ。
否。
これは盗み見だ。
俺は何の立場で彼女の過去を覗き込んでいるのか。
カツ……カツ……カツ……。
何とも言えない気持ちで爪でベッドの縁を鳴らす。
彼女と俺は交わる事が不可能な人生を歩んでいる。
「……」
俺は戦争孤児だ。
戦地で拾われた俺は軍人育成機関にて育った。
成人してからは紛争関連に駆り出されるが友は多く、幼い頃に大きな戦争は終わっているので、小規模なテロ制圧や紛争終結が主だ。
教育は無償で確りとされたし、食事も毎回腹いっぱい食うことが出来た。
給料も成人してから払われ、高給取りの一員にもなった。
5年軍人として働けば退職も許され、俺は他にしたい事が無く不人気な山の駐屯軍事基地の3名いる補佐官の1人になった。
3人の中で一番新人なのは俺で、ほぼ使い走り化していたが脚の速さと体力には自信があったので特に問題を感じずにいたと思う。
時折応援で他の軍事基地から呼び出される以外は、この基地で過ごしていた。
昔、仲良くしていた同期のアスと久々に会ったのは終末が始まって魔物退治に駆り出された時だ。
子供が産まれたばかりだと聞き、俺個人が粉ミルクを見付けたら優先的にアスに渡すようにしていた。
たったの1ヶ月で俺の軍事基地の長は部下を捨て、未来へ向けたシェルターに向かい、軍内の空気が変わった。
街を含め治安の悪化から副官も軍用車、銃器類、燃料、積めれるだけの食糧と共に女性部下全員と一部の市民と共に消えた。
多分、彼女らもシェルターとやらに向かったのではないかと思う。
もう知る事は無いが。
街の駐屯基地と連絡が取れなくなり、山を降りて街に蔓延る魔物の鎮圧をする中で、壊滅した基地から妻と子供と共に逃げて来たアスと出会った。
どうやら街の基地内でゲートが開き、魔物が溢れ出てきたらしい。
最初の頃は学校や市役所、市民館で家が破壊された人の受け入れをしていたが、魔物は多くの人間を襲った。
食い散らかす行為も頻繁に行われる。
軍も並走したが、間に合わない事が多く、酷く恨まれる日々は心を辟易させていった。
軍は食糧確保を行い配給の物資を各地の民間に運んだが、徐々に魔物の攻撃、人間同士の物資の取り合いで街は荒れていく。
気が付けば半年足らずで街は閑散とし、砂浜の如く砂に覆われてしまった。
元々、山の兵は少なく街の生き残りの同志と共に行動していたが、毎日人の命は奪われていく。
結晶石で出来るだけ早く能力を上げる為に折角手に入れた食糧を物々交換で手放す事もあった。
能力が上がれば周りを護れ、食糧も効率良く手に入る。
そう思っていた。
確かに1年間は、それが正解だと思えた。
しかし2年目からは近場では食糧は見つからず、ガソリンも切れていく。
徒歩で毎日探す日々に、歯を食いしばった。
それでも2年目は足を伸ばせば食糧は見付かった。
しかし3年目になると山の恵みも殆ど取れない。
ここ半年は市民の捨てられた家やマンション一軒、一軒を周って探す行動も行なった。
飴玉ひとつでもあればと探し尽くし、大きな店舗も再度探す。
あの日は、もう何度も探したが、見落としが無いかとモールの隅々を確認している日だった。
この3年間、食糧問題で良かったと思えたのは山の軍事基地のおかげで、水には困らなかった事のみだ。
カラカラと砂漠化していく世界に絶望し、疲れ果てようとも魔物は消えない。
ただ、ゲートの事は調べていないが最初の1ヶ月以降はゲート数が増えていない気がしている。
唐突にゲートが開いた印象は最初の1ヶ月だ。
後は元からある場所を把握しており、魔物の法則性は分からないが1年目に比べて侵入の速度は減ったと思われる。
勘違いの可能性もあるが。
魔物達にとって食糧が最初ほど無いから、旨味が少ないのかもしれない。
「……ん」
ふと、収納の彼女の日記帳がひとつ取り出されるのを感じ、先程まで読んでいた物を返す。
立ち上がり、棚に置いていたトランシーバーを手にし少し悩んだ後、電源を入れて、静かに息を殺し待機する。
ジジジジジ……ッ。
『ミランさん、ミランさん。ユノです。道堂ユノにゃんですよ〜!』
初めて聞く声、妙に楽しげで明るい声色だ。
「……ユノ?」
『えッ!』
唐突に可愛い声が聴こえて心臓が大きく跳ねた。
息が荒くなったら気持ち悪く思われるかもしれない。
雑音にならない技で深呼吸し、ベッドに腰掛ける。
鍛えていて良かった。
『み、ミランさん……?』
「ぁあ……良かった。空間からトランシーバーが無くなった気配がしたから電源を入れていたんだ」
『なる程……』
名前ひとつ呼ばれるだけで嬉しい。
彼女の名前も呼べる。
トランシーバーは大成功だった。
「……まさか本当にトランシーバーで話せるとは……上手くいくものだな」
『で、ですね』
「ユノ。今日のハンバーガーも最高に美味かった。基地の者達も大喜びだったよ」
『それは良かったです』
会話ができる。
女性と会話をする事自体あまりしてこなかったが、仲間が恋人や妻が出来たと嬉しそうに話すのは、こういった経緯があってなのかもしれない。
……──って、俺は何を考えてるんだ……ッ! 恩人に対して……でも……
何か話したい。
ずっと会話がしたい。
「そうだ。ガソリンも試してみたら問題なく車に使えた。まさか食糧以外に気が付いてくれるとは……本当に本当に感謝する」
ガソリンは多くの部下達が感動し大騒ぎだった。
山の巡回がこれで少し楽になると思われる。
街への物資調達は、今後食糧以外で行われるから、それもまた役に立つだろう。
ありがたい事だ。
『そちらと近い世界で良かったです。遠出は大変ですからね。あと発電機でしたか? それにも使えるみたいですし、また減ったら買って来ますんで……空のガソリン携行缶を渡してくださいね』
言われなくても何が少ないか想像し、渡してくれた優しさや配慮に、嬉しさと眩しい感動が胸の内側を燻っている。
「……助かる。ありがとうユノ」
『ふふ。ミランさんも、トランシーバーありがとうございます』
自然と滲み出る善人さに少し心配になるほどだ。
それにしても、日記帳を読んでいるからか、長年の知り合いに近い妙な感覚が芽生えている。
この終末世界にいない平和な温かさが心地良い。
「そうだ。食糧の御礼と資金にならないかと思って集めた物がある。受け取ってくれるか?」
収納しておいた銀と金について話す。
『えッ、昨日もらいましたよ……か、可愛いネックレス……』
息が止まる。
まさか、そんな可愛い反応が返ってくるとは思わず自身の心臓の激しい動きを感じた。
「ははッ。アレは俺が個人的に渡したかったんだ……今回送ったのは基地全体からと思ってくれ」
『こ、こじんッ? あ、はい! えっと、見てみます!』
可愛い。
収納空間から出す音を聞きながら、ぼうっと彼女の生活空間の音を耳が拾おうとしている。
……──このまま、ずっと繋がれたら良いのに……
『わあ! 結晶石! この石のおかげで悪かった脚が治ったんです! 嬉しいなあ〜!』
結晶石による身体の体力や向上は、ある程度予想はしていたが、心が温かくなった。
「ふ……ユノは、こんな風に明るく喋ってくれる子なんだな」
会話をする度に好意が増していく。
こんな風に異性に気持ちが高ぶるのは初めてで、ただただ楽しい。
『ひぇッ』
可愛い。
この驚き方、可愛すぎないか。
俺は、このまま聴き続けたらどうなるんだろう。
『……あ、あ〜! そうでした! サツマイモ!』
「サツマイモ?」
『収納の大きさがあって入れるの後回しにしてたんです。今入れるので、少しお待ちを!』
「そんなに沢山?」
ユノが俺達の為に作ってくれた料理を思い出す。
あれは調達班の為に考えて作られた料理だった。
その時に出されたサツマイモは、とても美味しかった。
『今年はね、大豊作らしくて……日持ちもしますし食べれそうなら、また送りますんで言ってくださいね。あ、他の野菜類の方が良いかな? 日持ちしそうなのばかり選んでましたけど栄養偏りますよね? また明日、他のも探してみます!』
「サツマイモもありがたいが、他もありがたい。君の手作りよりも美味いものは無いが、他も腹を満たしてくれて皆の希望になっているんだ」
『おふッ』
可愛いな。
目の前にいたら頬を押したい。
『しゅ、収納ッ!』
ユノが頑張って俺達の為に動いてくれている。
基本的に保存が効いて栄養が高い物を選んでくれて他の隊員が言うように天使だ。
「来たのを感じた。直ぐに食堂に居る調理担当に教えるよ。ありがとうユノ」
『こちらこそ! 結晶石、ありがとうございます!』
ユノは、もっと横暴に振る舞っても気にされない立場でありながら、それでも感謝をしてくれる。
ユノの正当な権利を喜びと表現してくれたのも感心する人間性だ。
彼女の存在が眩しく感じた。
「……結晶石の下の箱も見てほしい。もし価値が無ければ他の物も探す。資金になりそうなら、より探し出そう」
『資金……?』
歩く音、箱を開ける音、直ぐに閉める音。
『え? 今、金? 銀も……? ん?』
面白いな。
ユノは可愛くて反応が面白い。
「銀と金は、そちらで資金になるだろうか?」
『わ……わ……なり、ますね……?』
混乱していて可愛い。
「良かった。今はユノの所も夜かい?」
『夜でございます』
「じゃあ時間も一緒なのかもしれないな。話していると延々と話したい欲が生まれる。今夜は、これぐらいにしておこう。また明日」
永遠と話したいが彼女の睡眠時間を奪ってはいけない。
何処かで切りをつけなければ俺は体力の続く限りユノと話したいし、寝るならその吐息も聴いて過ごしたい。
『あ、はい……明日……』
「おやすみユノ」
『おやすみなさい……良い夢を……』
「ああ。良い夢が見れそうだ」
プツ。
「ッ……すはー……ッ!」
ベッドに身が倒れ、何度か深呼吸をする。
「あ〜〜〜……」
顔を両手で隠し暫く唸る。
心臓が、うるさい。
どくんッ! どくんッ! どくんッ!
「……………………これって……そうなのか……?」
自分に問いかけて耳まで顔が朱くなった。




