第13話 あなたに感謝を。
日が沈んだ山上部にある軍事基地。
食事が終わり寝る前の時間帯。
暇さえあれば、ユノの日記帳を出しては読む俺がいた。
収納能力の向上はユノ側だと思われる。
俺が結晶石を吸収しても元々あるスピード能力や身体向上が起きるのみで変化を感じない。
しかしだ。彼女が物を出し入れしているのが集中していれば直ぐに分かる。
それは俺だけに与えられた特権だと思っている。
まあ、繋がっているのはプライベートを覗き見るようで、少々の気まずさと心地良さを並行して感じていた。
彼女の日記を暇さえあれば読んでいる人間の、今更の思考だが。
パラ……。
彼女の過去の日記帳を捲る。
とくに古いのは小学生の頃のようだ。
プニッとした子供向けのシールが多く貼ってあり、可愛らしい。
《やったー! ママがシールかってくれた! ノートにいっぱいはる! アオカビパンがいちばんスキ!》
この頃は両親と暮らしていたようで、その頃の日常の話が書かれている。
父親はあまり家に帰って来ず、母親は最初の頃は比較的面倒を見ていたのか、シールを買ってくれたと喜ぶ文面があった。
しかし読んでいると父親は完全に子供を放置、母親も最低限の教育をしているだけのように感じる。
「……」
もっと幼い頃から学校が長期休暇、猛夏期、冬眠期になると祖母の家に預けられるユノ。
日記帳の数字や定型文で分かるのだが彼女の世界は月が基本28日間。
週はこちらと同じ7日間。
月は13ヶ月あり、最後の月13月は唯一、29日間あるようだ。
此方と1年の数は同じ、月の数は違うが些細な違いで、ほぼ文字が同じで文化もそう違いは無い。
非常に似た世界だ。
創作物にはパラレルワールドという現象があるが、アレと似た感じなのだろうか。
パラリ……。
細かく書かれた日記を読み進める。
幼い文字が徐々に上達していくのが微笑ましい。
《おたんじょう日は、みんなでケーキが食べたいってお願いした。ネコかみさま、おねがいします。》
猫の神?
年単位の彼女の日記帳は毎年違う。
日記帳により語りの備考があり、あちら側の干支と呼ばれる神の神話があった。
13番目に遅れて辿り着いたのんびり気分屋の猫神は13月目を護る向うの伝統的な神らしい。
どうも自分の産まれ月の干支神に願い事をするのが習わしなのかもしれない。
《ケーキも誰もいない。おばあちゃんから電話があって、たくはいびんでステキなサバイバル道具と手作りの本をくれた。ルビが書いてあって読みやすい。ありがとうおばあちゃん。》
祖母が唯一、彼女の誕生日を祝った。
しかし幼い女の子にサバイバル道具とは渋いな。
祖母の本はシンプルに気になる。
《今日、お父さんが家を出て行ったことを知った。お母さんは家をもらったらしい。お母さんは忙しいので、私はおばあちゃん家でくらすことになった。》
彼女の学年が上がった頃に親が離婚したらしい。
その際に母親の親権になったが、直ぐに祖母に預けられたようだ。
祖母は転校させるのは可哀想だと思い、彼女が通っていた祖母の家から少し離れた街の学校へ毎朝、車で送り帰りの迎えに来てくれていたようだ。
《おばあちゃんはいそがしいのに、いつもおくりむかえしてくれる。前はスキだった学校。今はスキじゃない。あの子たちが、いつも親なしはビンボウ学校に行けって言う。今日、カイダンでけられてた。おちて上きゅう生が助けてくれた。ありがとうございます。》
しかし、その名門校で加害者が生まれた。
親が離婚し祖母が送り迎えする姿に何を思ったのか、子供らはユノに暴言暴力を振るう。
《おばあちゃんが知ったら、かなしいかな? あの人達とはちがう。ごめんなさいおばあちゃん。》
ユノは祖母を悲しませないよう黙っていたが、学校の山を登るイベントで突き落としの事件が起きたようだ。
《あれから三か月。ぜんぜん日記を書いてなかった。山登りのイベントで、あの子たちが、カイダンの時のしかえしだってけってきたの。こわかった。わたしは…》
《ヒビはいってたけど右ウデは治るって言われた。日記を書くのも、あんまり手がイタくなくなったから。でも足と目はダメだって、キセキが起きても右足のみだって。右目はくさって、もうないの。なんで…》
日記には、その時の怖さや壮絶さ、怒りや悔しさ、幼い子供の悲しみが淡々とつづられている。
その後、視力自慢だった瞳の右眼が失明し右脚も一生、痺れ続ける重傷を負ったようだ。
ギリ……ッ。
歯が怒りで軋んだ。
恩人ユノに、なんてことをしたのだと頭が熱くなる。
祖母がユノを助け、加害者達には怒り慰謝料、治療費を取り、今も払わせているようだ。
先の日記で定期的に領収金額が書いてあった。
読んでて不愉快なのはユノの母親はその事件の際、親の権利として慰謝料のみを取りに来たそうだ。
行方不明時に反応せず、病院の見舞いにも一度も来なかった上での図々しさに言葉が見つからない。
そして裁判の勝利を知り、祖母にユノを預けてから初めて顔を出した。
それも再婚相手の息子の養育費代で欲しがったと理解できない思考回路だ。
幼いユノが悲しみに溢れて、その事を書いているのが苦しい。
母親の愛を薄っすらとは信じていた子を突き落とす言動だ。
世界が違えど碌で無しは存在する。
怒った祖母は実の娘だが勘当状態になった。
それに影が薄くて忘れそうだが、父親は別れてから一文も出てこない。
論外の人物だ。
母親も質が悪いが、父親はどうしようも無い程に他人事らしい。
どうして、これほど優しい子を放置できるのか、俺には心底理解できない。
だが話は終わらない。
最悪なのは続けて起こるらしい。
家を出てから全く顔を出さなかったユノの叔父と叔母も投資をしてほしいと会いに来たそうだ。
幼い子の不幸を悲しみを無視して資金源にする大人達の姿に震える。
読んでいる俺ですらそうなのだ。
当人のユノの気持ちは如何ほどか。
《おばあちゃんを泣かせてしまった。》
文面が祖母を心配し悲しむ心。
指で、その一文をなぞり息がつまる。
ユノの救いの祖母。
会った事は無いしユノの日記から亡くなってしまったと知っているから奇跡が起こっても会えない。
ただ、心から感謝する。
「……」
部屋の中一人黙祷を捧げ、ユノの祖母の死後の安寧を願う。
ユノの祖母だけは、まともな人で良かった。
祖母の存在が今の俺達の救いにも繋がっている。
本当に本当に、ありがとう。




