第11話 変化
ガラガラ……ガコンッ!
荷物をショッピングモールのカゴ台車で運び、徒歩で山道を登った。
重労働ではあるが、食事が食え、体調は良い。
全員、これからの暮らしが良くなる方向へと意識が動いている。
遅めの朝の時間帯。
軍事基地に辿り着き、ショッピングモールから持ってきた生活用具やユノが空間に収納してくれた食糧を倉庫へ置いていく。
一気に収納空間が空いた。
代わりに倉庫内には物資といえる塊があり、空っぽでは無い空間に気分が良い。
久々に荷物が置けるとなって掃除もしたからか、清々しい気持ちだ。
「これは豆の粉?」
「どう使おうか」
「豆は主食にしたいね」
ミラン達が帰ってきて調理担当の2人が倉庫にやって来た。
どうやらミランが再度、ユノから食糧を受け取った事を聞いたらしい。
豆粉が入っているらしい袋のひとつを持って嬉しそうに話している。
「平たいパン生地みたいにしてみる? ふっくらしなくても、それっぽいのが出来るはず」
「そうだね、やってみよう!」
「しかも卵が増えたからなあ!」
「どっちも栄養が高いし、ありがたいよ!」
調理担当の2人は新しい食糧に興奮して、それぞれ思い付く料理名をしりとりの如く挙げている。
楽しそうだ。
俺はそれを尻目に、一度水のシャワーを浴びに部屋へ戻った。
広場で全員が出来るだけ服や身を叩き払うが、外から帰ってくるとどうしたって粉塵だらけなのだ。
シャワシャワシャワ……。
シャワーを浴びる。
この軍事基地には昔、ミランより上の階級の者も居た。
しかし、上流階級者達が行うシェルター計画の際にそちらへ行き、戻っては来なかった。
上司たる彼らは自分達の命を優先し、残る部下や民間人を捨てたのだ。
終わる事の無い魔物との戦いの中で他の階級も亡くなり、総合的な強さもあってミランが隊長を務める事となる。
この地位は自ら求めた結果ではない。
消去法だった。
ミランは偉いわけではない。
先陣切って指揮する者がいなければ生き残れなかった為の臨時処置だったといえる。
歳で言えば、この軍事基地ではベヤルドが一番だし、彼がやる気であれば、それでも良かった。
「はぁ……」
石鹸で身体を洗い身を整えて、部屋着用にとショッピングモールから取ってきた服を着る。
「……」
ギシ……ッ。
ぼんやりとする。
冷たい水のシャワーを浴びて、スッキリはしているが身体の芯は熱い。
「……」
何故自分は、あんな風な行動をしたのだろうか。
貴金属店でトトンの願いも叶うならば良い事だと思った。
我々は、ずっと絶望の中にいて、様々な事柄が削れてしまい、生きながら腐りゆく人間だった。
だが、この短い日数で食の喜びを知り安堵が芽生え、食という欲求以外が少しずつ欠片を戻す姿は、自分達が人間だったと思い出させる。
「……ッ」
妙に気持ちが高まり、言葉と共に包装したネックレスを渡して返答が貰え、何とも言えない感覚が胸の中で渦巻いている。
……──何をしてるんだ俺は……ッ!
自分の行動が止められない。
ミランは昨日から自身に問いかけながらも、ショッピングモールの玩具売り場で見付けた近距離で使える子供向けのトランシーバーを手にした。
軍用の物もあるが、この玩具のはもっとシンプルだ。
使い捨て電池で動く品になっている。
あと見た目が桃色の猫で可愛いかと思った。
いや。
違うかもしれない。
大の男が何を言っているんだろう。
「もし……繋がれば……」
ショッピングモールで手に入れた便箋に、どう書くか考える。
気持ち悪いと思われたくはない。
だが硬すぎるのも違う気がする。
あと、シンプルに日誌や手紙以外でのやり取りは楽だ。
そして声を聴いてみたい。
「トランシーバーが上手くいくかは分からないが……」
最大限丁寧に、人生で一番脳を動かして悩み、変に思われないよう書いて、手紙と共に片方のトランシーバーを収納した。
《ユノ。君がくれた奇跡に俺達は毎日、驚かされるばかりだ。
文字での交流は失いたくないが、良ければ……このトランシーバーで話せないか一度試してみないか?
気が向いたら君の声を聞かせてくれ。
別の世界の胃袋を捕まれた男より。》
コンコン。
「隊長、昼食が出来たみたいです」
「ああ。今行く」
部屋の扉がノックされて、部下の1人に呼び出され食堂へ向う。
廊下の位置から良い香りが漂っている。
「ミラン隊長。シンプルですけど、どうぞ」
「いや、充分ありがたいよ」
昼食は平たい豆パン、一口程の味の濃い肉、茹で卵、卵スープだ。
豆パンは試行錯誤中とのことだが、水を多めにし、豆粉10に対して1割の小麦粉を入れているらしい。
それと卵も入れて、平たい豆パンとなっていた。
豆パンは焼き上がった順から1人5枚まで食べて良いとし、彼女が送ってくれた味付き肉は一口分のみ配られる。
茹で卵が塩付きで1人1個、卵スープは鶏出汁と砂糖、塩で味付けされ、1杯ずつ配られた。
「だいぶ量があるので当分豆パンが食べれますよ」
「次は塩混ぜて塩豆パンでも良いかも」
「豆粉の他の使い方も考えなきゃな」
「畑の肉だもんね」
「栄養源として本当、良く考えてくれてる……」
調理担当の嬉しそうな声を聞きながら食事を終えて、軍事基地の庭に向う。
散歩をしながら思考を落ち着かせていくなら、ぼんやりと景観を眺めるぐらいが丁度良い。
笑い声。
視線を向ければ少年、少女の姿があった。
軍事基地の軍人の身内だ。
この3年間、彼らがああも楽しそうに過ごしていた時は、あっただろうか。
「どう? 芽え出た?」
「気が早いって!」
「これって水やりした?」
「したした!」
「もう少しして良いかな?」
「も〜! 水のやり過ぎもダメだってば!」
桃の種は鉢植えを用意して植えてみたが、今のところ全く変化は無い。
しかし水やりをしている少年、少女が嬉しそうなのは良い変化だと思う。
タタタタタ……ッ! タンッ!
「ミラン隊長、貴金属の分別終わりました!」
「ん、助かった」
部下に呼ばれ散歩を止めて直ぐに向う。
ユノの過去の日記を読んでいた中に、田舎にやってきた貴金属を安く買い叩こうとした悪者の話があった。
一軒、一軒周っては要らない品物はないかと聞き回り、銀や金を取る業者だ。
彼女の祖母が追い返したらしいが、その文面からして、もし同じ物なら銀や金が向こうでも価値があると思われる。
別世界で違う可能性もあるが、送られてくる物の類似性、文字が同じ事から、ほぼ同じ世界観なのではないかと思っている。
「全部でこれぐらいか……」
黒銀塊の薄板が292枚、中板が63枚、本板が31本。
白銀塊の薄板が316枚、中板が57枚、本板が30本。
金塊の薄板が385枚、中板が124枚、本板が22本。
他はアクセサリー等だが、最初は価値の確認もあり、銀と金の塊、それと今日までで貯めた結晶石17個を送ろう。
銀と金は一度箱に入れ直して、前のようにそれぞれの文章を載せた手紙を添える。
結晶石は袋に詰めて収納した。
「向こうでも価値があれば良いが……」
ざわざわ……ッ。ざわざわ……ッ。
夜。
ざわつく食堂。
3年ぶりのジャンクフードに皆驚きが隠せないようだ。
夜食も食べれるとなり、基地の用事を終えた面々が集まってから食事を出す。
「普段の調達、警護、魔物駆除をしている面々、そして調理担当の者には、鶏か魚のハンバーガーをひとつ選ぶ権利を渡す。他は、ハンバーガー2個ずつだ!」
全員2個、ハンバーガーを持ち良い笑顔だ。
夜にも卵スープと豆パンがあったので各自貰って席に行き、手の指を組み祈りを捧げてから食事を始めた。
ミランが何を言った訳では無いが、徐々に食事をする時の習慣になりつつある祈りがある。
前までの祈りの対象は、それぞれの地域の神が多かったが、最近は別世界の食糧をくれるユノに対し祈る者が増えた。
食べれない日々での食の奇跡は、彼らにとって祈りの対象になったのだろう。
食堂は調理担当2人と、皿洗いや配膳を自主的にし始めた女性2人がいた。
1人は調理担当の妹、1人はベヤルドの妻だ。
2人にもハンバーガー以外の好きなのをひとつ選ぶ権利を渡す。
「ほら、ばあちゃんのは鶏肉か魚で選べるみたい。どっちが良い?」
選べると分かり、ベヤルドの妻は微笑んですぐに孫に言い。
「ばあちゃんが食べるのなのに!」
孫に選ばせて食べさせようと思ったらしい。
結局彼女は元々魚が好きなのもあって魚バーガーを選び、そんなに食べないとの事で孫には自分のハンバーガーをあげていた。
食べ盛りの少年だ。
食べれるとなったら身体にスッと入っていく。
ベヤルドもひとつ魚バーガーにして、遠慮する妻に半分を渡していた。
ベヤルドは何時も寡黙だが、終末が始まってからも山に食糧を黙々と探しに行っては、何度も軍事基地の者や家族の分の食べれる食材を見付けてくれていた。
聖人とは彼の事を示すのだと、よく思ったものだ。
「にいに〜! アタシ、チキンも食べたいシェアしよシェア!」
「へいへい」
調理担当の兄妹の方は、表情が無くなって喋りもしなかったという妹と軽い言葉のやり取りをして嬉しそうだ。
妹に甘い彼は一部の豆パンを砂糖で甘くし、妹に渡している。
そこら辺の調味料の使い方は調理担当に任せているので目を瞑った。
「このガツンとくるジャンクな味! 最高だな!」
親友であり同僚でもあるアスが豆パンを主食にハンバーガーをオカズにして食事をしている。
その隣には、アスが個人で作った椅子に座って親が切ったハンバーガーと魚バーガーを、ゆっくり食べるアスの子供がいた。
更に隣には様子を眺めるアスの妻。
「ふふ……ゆっくり噛んで飲み込んでね。お腹が痛くならないようにスープも飲もうね」
「よしよし、いっぱい食ってデカくなるんだぞ」
家族が居る者達は、それぞれ共に食べ穏やかに過ごしている。
ちょっと前まで見られなかった光景だ。
多くの者が栄養失調気味なのは変わらないが、それでも感慨深い気持ちになった。




