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その3 北へ

⇒南の魔族の里 実年齢54歳


この魔族の里に暮らして、五年目になる。

それ以前に二十年以上暮らしていた、遠く離れた南の島の人族の里に、俺はカオルとの間に生まれた子供を二人置いてきた。治療院の師匠マコイ婆に預けた、長女スセリと長男ショータローだ。


二人は俺の遺伝子を、つまり魔素取得能力が強化されたタローの遺伝子を受けついでいるので、人族には珍しく魔力が強い。マコイ婆は光属性の回復系魔法を仕込んでおいてくれたから、二人は今でも亡くなった師匠の治療院を引き継いで治療士として働いている。


治療院にはボットを置いてきた。二人はタローにアクセスして医学知識の習得を続けてきたのだし、時には治療方針から身近な出来事までを俺と話し合ってきた。

今、スセリは十七歳、ショータローは十五歳になっていた。


俺は魔族の里の治療士ゼーレに、既にこの二人を紹介していた。既に壮年のゼーレだが、タローの医学データベースに触れた期間は、俺の子供らの方が長い。お互い治療士としての意見交換は、現場で役立つこともあろうと考えたのだ。


 ◇ ◇ ◇


今も、患者の治療を終えたゼーレの治療院で、ボットを経由して俺とゼーレは子供らと定例の打ち合わせをしていた。

「そんなわけで、俺はここから更に北にある人族の里に移り住むことにした。」

「俺はそこでも、生き物係つまり治療院を開こうと考えている。また、こうして皆との意見交換を続けたいと考えているので、よろしく頼む。」


スセリからは、南の里での流行り病について報告があった。

「経口感染する急性の腸炎です。潜伏期間が短く、強力な毒素を生成して、著しい脱水症状を呈する症例が多いので、難儀をしております。」


「そうだな、抗生剤や静注での電解質補液はここにはない。接触予防策、二次感染防止のための手洗いの徹底、経口補液による脱水への対応と言ったところか。」

「患者の糞便管理も重要です。間違っても、水系感染を引き起こさぬようにしなければなりません。」

「特に栄養状態のよくない乳幼児や高齢者に注意すべきだろう。」スセリとゼーレが、互いに意見を述べあっている。


「いずれにしても、患者とその周囲への感染対策の徹底がキモになるな。もし手が足りなければ、応援に行ってもいいが、」

「父上、それには及びません。私たちの治療院には、今ではスタッフも充実していますし、皆 一通(ひととお)りの公衆衛生の知識を身につけております。私たちの手で、何とか沈静化してお見せします。」画面から、ショータローが見えを切った。


「うん、成功を祈っているよ。」マコイ婆の仕込みも良かったのだろう。残してきた二人が優秀な治療士として育った様子を見て、父親失格の俺は嬉しかった。


「ゼーレ先生、邪魔するぜ。」戸口で声がした。あれはウィルだな。

「おう、開いているぞ、入ってこい。」ゼーレが招き入れれば、ホム爺も一緒だった。

「打ち合わせの最中だったか?」と言って、ウィルはボットの画面を無遠慮にのぞき込んだ。


「こんばんは、」と画面の向こうで、目が合ったスセリが微笑んだ。

ウィルはポッと頬を染めて、「お、俺、ジロー兄貴の弟分のウィルです。」と応えると、俺の方に振り向いて、「おい兄貴、この綺麗なお姉さんは誰だよ。」と小声で聞いてきた。


「俺の娘だ、スセリという。」

「ええ!兄貴にこんな美人の娘がいたのかよ。」

画面の向こうでスセリが笑っている。「ウィルさんて、楽しい方ですね。」


「この箱に映っていらっしゃいますということは、スセリさんは遠いところにいらっしゃるのでございますか?」

ウィルは、慣れない変な敬語を使っている。無理するな。


「そうね。そこからだと800kmくらい離れているかしら。」

「俺、遊びに行ってもいいでしょうか。」

「まあ、今はダメ。ここで流行り病が広がっていて、今もその話をしていたの。」

「じゃあ、その病気が治まったら、遊びに行ってもいいですか?」妙に食い下がるな、こいつ。


「そうね、患者がいるうちは私たちも忙しいから、その後ならば。」

「じゃあ、必ず行きます。」

「まあ、ではその時に父上も連れて来て下さるかしら?」

「はい、ジロー兄貴を引っ張っていきます。」

「あら、楽しみにしていますよ。」スセリは、皆に挨拶をして、通信を切った。


「兄貴、俺を娘さんに紹介してくれ!」

「どうした、ウィル。」

「俺、一目惚れした。」

「たった今、一度会っただけじゃないか。」

「だから、一目で惚れたんだよ。兄貴!」


やれやれ、困った奴だ。こんなに惚れっぽい男だったのか、こいつは。

「ウィル坊ちゃまも、お目が高い。あのお美しいお方が、ジロー様のご息女(そくじょ)とは。お似合いですよ。」こらこらホム爺、お前も余計なことは言わんでいい。


「それはそうと、本日は、ウィル坊ちゃまの魔人号を改良致しましたので、お伺いした次第です。」ホムが(うやうや)しく話を続けた。

「坊ちゃまが『もっと早く』と仰るので、更に推進ユニットを追加致しました。」

ふーん、いくら追加しても、知れてるだろ、それ。


「今度は更に二機を追加して、最大速度は何と! 時速100kmでございます。」

へえ、流石にそれは限界だろ。多分、船の内部構造が対応できないんじゃないか。

「それ以上早くすると、座っていた場所からすっ飛ばされるんだぜ。」やっぱりか。


「そりゃあ、加速度に耐えられないだろうな。」

「カソクドって何だ? だいたい兄貴の船だと、どうして静かに乗っていられるのさ?」

「俺の船は重力波推進だからな、慣性を中和している。」

「カンセイって何だよ?」ウィル、お前はもう少し基礎物理を勉強した方がいいぞ。そんな奴には、俺の娘はやれないな。


「ちなみに聞くが、その追加した推進ユニットとやらも、やっぱり質量弾として飛ばせるのか?」

「兄貴、そんなの当たり前だろ。今度は四連発だぜ!」


 ◇ ◇ ◇


俺は、その翌日に魔族の里を後にした。

あまり荷物は多くない。全部を搭載艇に積み込んで、俺は里長に、ウィルに、ホムに、ゼーレに別れを告げた。これで会えなくなるわけじゃない、向こうで落ち着いたらボットで連絡すると約束をした。魔人の捜索の事もあるしね。


ウォーゼルとビボウが俺と一緒に行きたいと言ってくれたので、向こうで住みやすそうな場所を探す仕事もできた。


飛び上がる俺の搭載艇を、ウィルの魔人号が送ってくれた。

俺の船は、手前の活火山の頂上1,000mほどを難なく越えたが、魔人号は数百メートルの高度でうろうろしている。どうやら高度限界のようだ。


「元気でな。」向こうが積んでいるボット経由で、俺は別れの挨拶をした。

「兄貴、スセリさんのところに遊びに行く約束、忘れるなよ!」ウィルが涙声で叫んだ。

次章で最終回です。

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