その1 嫁たちの企み
サホロの里の治療院から、ヨシユキの姿が消えて久しい。
ボット経由では、毎日のように顔を合わせているのだが、奴のいないこの職場が当たり前になってしまった。
獣人族の分院に常駐したいと、ヨッシー本人から相談を受けた時には驚いた。しかし、もう二十歳になったのだ、独り立ちさせてもいい頃合いだったろう。
あの里では、乳幼児の死亡率が激減している。彼なりに手応えを感じているし、欲も出てきたらしい。サナエの力も借りて、公衆衛生の概念を普及すれば、獣人族全体の健康と里の更なる発展が期待できると言うものだ。奴を慕い、手伝う娘もいるらしい。
そして、クレアの願いにも応えようと、魔族の里へのアプローチもいろいろと模索していると聞く。魔族の治療士との交流も、徐々に進めているらしいのだ。
◇ ◇ ◇
治療院での今日の仕事も終わり、三人の嫁と四人の子供達と共に夕食を済ませた俺は、子らを寝かしつけてきた嫁達と茶を飲みながら、しばし歓談の時である。壁のボットにはタローも顔を出していた。
皆で酒でも舐めたいところだが、実は三人の嫁の腹には次の新しい命が育ちつつあった。予定日が早いのはサナエ、次いでカレン、そしてクレアの順だ。来年の今頃には、俺は少なくとも七人の父親となっているわけだ。この里では、の話だが。
「ヨッシーは、治療師が様になってきたわね。闇属性の回復魔法も、上達したみたい。」
そう言って弟分を褒めるのは、筆頭薬師として今や二つの治療院を取り仕切るサナエだ。
「我が里の評判も上々だ。一緒に働いているローリー嬢の兄上とも、すっかり親友となって里に溶け込んでいると聞く。」カレンが族長の父ゲルトから聞いたらしい、獣人族の里での評価を聞かせてくれた。
「あの方は、治療の技術は確かですが、普段はふざけて見せるのですね。きっと根は寂しがり屋なのだと思います。」
「クレア、鋭い。よく見ているわね。」
「あら、サナエ。きっとあの方は、貴女のことを想っていたのではなくって。」
「うーん、そうかも。十年も一緒に苦労した仲だし、姉みたいに慕ってくれたとは思うけど、」
「その想いを、受け止めてあげればよかったのに。」
「まあ、嫌いではないけど、私はずっとジロー先生一筋だったからね。何よ、クレア。そうだったら自分が第一夫人だったのに、って思ってる?」
「そ、そんなつもりは、ありませんわ。サナエあってこその旦那様ですから。」
「本当かな~?」
「ヨッシーさんの孤独は、きっとローリーさんが、いつか優しく埋めてくれる気がしますわ。」
クレアがニッコリと微笑んで、話題を変えたな。やっぱりクレアは頭がいい。
「あっ、私もそう思う。似合いの二人だわ。早く、くっつけばいいのに。」
そう言いながら、実はサナエは心の中でニンマリしていた。
ローリーの兄貴も使って二人の恋を成就させたのは、自分だけの秘密だ。弟分の心根を知る姉貴からの、心配りなのだから。
俺は、黙って三人の嫁の話を聞いていた。
「流石に奥様方は、男女の機微に敏感だ。」タローが頭の中で、俺だけにそっと伝えてきた。
「お前の能力でも解析できないのか?」
「この方面の状況把握は、私の最も苦手とする分野だな。パラメーターの優先度の設定が難しい。」まあ、俺も似たようなものだ。
「そう言えば、」とクレアが俺に向き直った。
「南の魔族の長、ウィル様が、昨日、私の父を表敬訪問された折の様子を聞きました。」
そうだ、俺も気になっていた。魔王城を訪ねたウィルとスセリは、うまく目的を果たせたのだろうか。
ウィルには、同じく魔人捜索の志を持つ魔王国の護国卿キラ侯爵を、俺から紹介していた。そんな付き合いをするうちに、南の里と北の王国で魔族同士の交流が始まったらしい。
「ウィル様は、奥様と二人のお子様をお連れになり、執事も一緒だったとか。」
ふーん、ホム爺だな。
「旦那様の娘を奥方に迎え、魔人の手による執事を伴い、かつて魔人が乗った美しい船で現れたウィル様に、父がたいそう驚いていたと兄が申しておりました。」
なるほど魔人号で向かったのだろうが、あの船は高い山を越えられなかったはずだ。またホム爺が改造したのかしら。
「で、首尾は?」
「ウィル様が里長を務める南の魔族集落と、父の魔族王国との間で、連携と通商の協定を結ぶべく、申し入れたとか。」
壁のタローが補足してくれた。
「ウィルは、双方の今後の連絡には、互いに保有する私の小型ボットを使うつもりらしい。一昨日、私に相談があったので了承した。」
何だよ、ちゃっかりしているな。まあ、使わせてやってもいいけど、全部タローに、そして俺にも筒抜けになるんだぞ。それでいいのか?
「物流はどうするんだ。まさか俺のストレージを使わせろ、って言うんじゃなかろうな。」
「いや、魔動機を使う計画らしい。魔人の里には、まだ何機か残っていた。」
うーむ、相変わらずウィルは無邪気というのか大胆な奴だ。使えるものは全部使う魂胆だな。
「一週間滞在して、調印式を済ませたら、ここにも寄るつもりらしい。」
「えっ、聞いてないぞ!」会いたくないわけではないが、ウィルめ。もう少し、ちゃんと根回しをしとけよ。
「まさか、この治療院の上空に、魔人号で現れたりしないよな。大混乱だぞ。」
「流石に、それはないだろう。向こうには執事のホム爺もいるからな。」
「タローから注意してやってくれよ。」
「問題が起きそうなら介入するが、ジローはもう少し周囲を信じて任せろ。親父が細々と指図すると、息子は伸びないぞ。可愛い娘にも嫌われかねん。」
「まあ旦那様、タローの言う通りですよ。」クレアに笑われてしまった。
「もう一つ、治療院の連携も俎上に載せられたと聞きました。獣人族の里の加盟も、構想されているとか。いずれは、私たちのところにも話が来るのではないでしょうか。」
なんだと! 確かに魔族の里の治療院には、クレアに頼まれて小型ボットを貸し置いている。タローが問診しているし、ヨシユキも最近は付き合いがあるようだ。そして、ウィルの住む南の里にはゼーレがいる。だけど、何だか話がうますぎる。
ここでようやく、俺は気がついた。「クレア、企んだな。」
「あら、なんの事でしょう。」しらばくれたが、その隣でサナエが笑いをこらえていた。カレンも、珍しくニコニコ顔だ。(続く)




