その2 妹の病気
サナエたちが包帯を巻き終わると、しばし休憩を取っていたヨシユキが再び両手を患部にかざした。周囲の光が両手に吸い込まれていく。
闇属性による傷の修復魔法だ。
しばらくして、「よし、骨も繋がったぞ。」そう言って、ヨシユキは疲れ果てた様子で椅子に座り込んだ。闇属性の魔法は、まだまだ彼には負担が大きいようだ。
「ヨッシー、お疲れ様。闇属性の腕を上げたんじゃない?」サナエは、ヨシユキの額の汗を拭いてやりながら、そう言って労った。彼女にしてみれば、ヨシユキはジローの下で共に学んだ可愛い弟分なのだ。
「少し眠るといいぜ。動くと痛むから、今日一日はここに泊っていきな。」
「肺は数日で元に戻るから、息苦しさはなくなるはずだ。」
「骨折は繋いでおいたが、やはり数日は激しい動きは避けて欲しい。」
「息をすると、どうしても胸は動くからな。クシャミや深呼吸に気をつけろ。」
「大笑いも厳禁だ、まあ痛くて笑えないだろうけどな。」ヨシユキは、概況を患者の男にペラペラ説明した。さっきまでの医者の気迫がすっかり消えて、いつものチャラ男に戻っている。
ここまで付き添っていた仲間の男は、二人に礼を言って帰っていった。患者の妹は、兄の様子を見るために、もう少しここに残るという。
ヨシユキとサナエは、その後もときおり治療院を訪れる獣人たちの患者に対応しながら、暇を見つけてはこの妹と話をした。
◇ ◇ ◇
「兄はラルドー、私の名はローリーです。」妹が、ここでようやく自己紹介をした。この兄妹は狐型の獣人だ。尖り耳の中には房毛が多く、尻尾はカレンとは違ってふさふさしている。縦長の瞳孔はカレンと同じだけど、色は濃いな、とサナエは思った。
ローリーは、やや痩せ身で小柄な十七歳。くりくりとした大きな目が可愛い娘だ。兄のラルドーは二十歳という。
「兄貴は俺と同い年か。獣人は逞しいから、俺よか年上と思ったぜ。」大げさに驚いて見せるヨシユキを見て、ローリーはフフと笑った。
「ヨッシー先生は、お医者の時には頼りがいがあって格好いいのに、普段は雰囲気が違うのですね。」
「これがいつものヨッシー。」彼を昔からよく知るサナエが、笑いながら答えた。
「医者の腕を上げたのは、ここ最近ね。」
「最近って何だよ、俺は昔から超一流だぜ! ジロー先生の右腕とは俺の事だ。」
「残念でした、右腕は私。あんたは二番目。」サナエにぴしゃりと言われて「へいへい」とヨシユキは簡単に折れる。そんな二人の掛け合いを、ローリーは楽しそうに見ていた。
「サナエ先生、後で相談があるの。」ローリーが小声でサナエに囁いたが、それを聞きとがめてヨシユキが、「何だよ、俺はのけ者かよ。」と口を尖らす。
「女の体の事だから、」ローリーは小声で言い訳をした。
「俺は医者だぜ、悪いところがあるなら聞いてやるから話してみろよ。」そう促されて、しばらく躊躇していたローリーが、口を開いた。
「私、月のものがとても重くって。」
「ひどいときには、さっきの兄みたいに呼吸が苦しくなって、同じように血を吐くこともあって、毎回三日ほどは寝込むんです。」
「一度は、高名な魔族の治療師様に回復魔法をかけていただいて、その時には収まったけど、次はまたその繰り返しでした。」
「へー、それは大変だな。」ヨシユキは驚いた。そんなに重い症状は聞いたことがない。
だが、サナエは何かピンときた様子だ。
「タロー、医療データベース! 月のものと気胸で、検索して!」
「了解。該当があるぞ。」瞬時に隣地に停まった搭載艇の本体にアクセスしたボットから、タローは検索結果をボット表面に映像として出した。
「月経随伴性気胸、これよ! 前にジロー先生から教わったことがあるの。」
「あっ、子宮内膜症か。」ヨシユキも気がついたようだ。
「ローリー、よく聞いて。」サナエは、ローリーに向き直ると、大きく息を吸ってから説明を始めた。
「私たち女性は、赤ちゃんを育む子宮を持っているわね。」
「その子宮では、二十八日に一度の受精卵を待ち構えていて、準備をしているの。」
「受精卵が来なかったら、子宮は準備したものを一度体外に捨てて、子宮をリセットする。それが月のものね、ここまではいい?」
「はい。」
「これは、女性の体の中で作られるある物質が引き金になるの。いくつか種類があるけど、とりあえず『女性ホルモン』と覚えておいて。」
「この女性ホルモンが体の中に流れると、子宮の中ではこれに反応して、増殖したり剥がれ落ちたりする部分があるのよ。」
「子宮内膜、だよな。」横からヨシユキが付け加えた。
「そう、これは子宮の中だけにあるはずなんだけど、別な場所に定着しまうことがあるの。貴女の場合は肺にね。」
「そうなると、月経の時にさっきの女性ホルモンに反応して、この肺に定着した部分も剥がれ落ちてしまって肺に穴が開く、つまり気胸を起こすというわけよ。」
「あなたの症状は、おそらくこれ。」
ローリーは、大きな目を更に大きく見開いた。「とっても判り易い。人族のお医者様って凄い。」
「だとすれば、治せるぞ。多分な。」ヨシユキが、軽いノリで言う。
「さっき、魔族の回復魔法で治せなかったって、ローリーが言ったじゃない。」
「だからさ、剥がれ落ちたところを治して塞いでも、またホルモンに刺激されて剥がれ落ちるだろ。だから、その部分は取り除いてから、修復すればいいと思うぜ。」
サナエは、ぱっと顔を輝かせた。「ヨッシー、やるじゃん!」
「だろ、やっぱ俺が右腕だな。」
「ダメ、それは譲れないわ!」
「へいへい。分かりました。」
「治せるのなら、とっても嬉しい。」ローリーは涙ぐんでいた。
「私、二年前に月のものが始まってから、ずっと苦しんできたの。兄にも、両親にもずいぶん迷惑をかけたわ。体は弱いし、子供も産めないんだ、ってずっと考えてた。」
「タロー、ジロー先生は空いているかな。今の治療法のことで、相談したい。」
「了解、繋いでみよう。」
やがて画面に現れたジローに、ヨシユキは説明を始めた。二人はボット越しに、長い間 今後の治療方法について話し合っていた。
「あそこに映っているのが、私の旦那様のジロー先生。この里のカレンの旦那様でもあるのよ。さっき話した知識はね、私もヨッシーもジロー先生から教わったの。」
「ジロー先生は、何処にいるのですか?」
「サホロの里の治療院よ。」
「あの灰色の箱が、人族の里に繋がっているのですか?」
「そうね、タローが上手くやってくれているの。」サナエの理解は、この程度だ。
正確には、人族の里と獣人族の里の地表に置いたボット同士は繋げない。これだけ距離があれば、地平線に邪魔されて電波は届かないからだ。そこで、この建物の横に降りた搭載艇に積まれたAI:タロー本体が、人族の里のボット前にいるジローの画像を、外気圏に浮かべた大型探査ボットで中継して、リアルタイムでここのボットと結んでいるのだ。
「タローって、あの灰色の箱のことですか?」
「ああ、タローはね、ジロー先生の兄貴分のキカイなの。」
「キカイって?」
「何かの仕事をさせるために、人が作った仕組みの事よ。」
「人族の魔法なのですか。」
「いいえ、これは魔法ではないの。科学技術と言うのだわ。」
「?」(続く)




