その1 気胸の患者
薬草をもっと集めたい、サナエの薬師としてのニーズに商人としてのサワダ商会のカエデ嬢が応えて始めたのは、獣人族との薬草の交易ビジネスだった。
獣人族の住む森からは、薬草として使える資源が豊富に採取できる。これを収穫し、乾燥・精選して、商品に仕立てるのだ。そのついでに、獣人族が狩った獣の干し肉や燻製品なども商品開発が着々と進められていた。
代わりに人族の里から物々交換で、或いは金銭取引で提供されるのは、穀物や野菜、そして衣類や日用雑貨である。
これには、ビボウに跨って飛ぶ、竜騎士として単独行動が可能となったカレンの協力が大きい。
ジローの第一夫人であり一つ年上の薬師サナエの指示を受け、第三夫人のカレンが族長の父ゲルトに相談して、薬草を主体とした商流が形になりつつある。
◇ ◇ ◇
商隊護衛の新規ビジネスも、順調に拡大中だ。
カレンの双子の兄ゲルタンが、護衛隊としては最初の竜騎士となったわけだが、その後はゲルタンを背に乗せるバーゼルが、その役割を大層気に入って、周囲の飛竜に声をかけてくれたのだった。
今では、新たに七名の獣人族の男女が、それぞれ飛竜のパートナーを得て、竜騎士としてデビューし、商隊護衛の任についていた。いずれの獣人も剣技に優れる選りすぐりだし、飛竜たちも魔素が供給され、更に魔石を各自が飲み込める時代になって、大空を飛べる自由をこの人族らを庇護する形で謳歌しているのだった。
そして獣人族には、明らかに得るものがある。護衛の対価としての金銭収入だ。
宗主たる魔族に仕えて山に籠り、僅かな土地を耕し、獣を狩るだけだった彼らは、この新たな仕事により購買力を得て、人族から食料品や生活必需品を購入できるようになった。
その結果、獣人族の里にもたらされたものは、食生活と公衆衛生の改善だった。
サナエとカレンに、第二夫人のクレアも加わった俺の嫁三人組は、肉食に偏りがちだった獣人族の毎日の食事に、栄養バランスの点から穀物と野菜を組み合わせる提案を進めた。
煮炊きをする女性たちを集めた料理教室が開催され、時にはカレンの義理の姉となったサワダ商会のカエデ嬢により、森の民には珍しい海産物の料理なども紹介された。
クレアは決して前に出ることなく、これらを背後にいて立案し、実行に移させ、首尾を観ながら調整して、改善策を進めた。獣人族との共同は、実はクレアの頭脳によるところが大きかったのだ。そして、クレアは先を見据えている。彼女が属する魔族の王国の民を巻き込むべく、攻略の糸口を探しているのだ。
南の魔族の里で、父を継いで里長となったウィルにも、クレアは密かに協力を頼んでいた。
魔人の里の探索に熱心なウィルを、魔王国で同じく魔人捜索の任を受けたキラ侯爵と結んで作業を協力分担させる中で、両者の里同士の交流を仕掛け、これが実を結び始めていた。
◇ ◇ ◇
サナエの念願だった治療院の分院も、稼働を始めた。
カレンの生家、族長ゲルトの家の隣に質素ながら集会場が用意され、ここが料理教室の場所になり、また里に魔素を供給する目的で駐在させた中型ボットを流用して、リモート問診が可能な治療院となったのだ。
健康相談や軽度の疾病への対処は、ボットからタローが対応できた。ここに配置された中型のボットは、二対のマニピュレーターを持っているので、多少の医療行為は行える。勿論、手が空いていればジローが、そしてジローの片腕ヨシユキが画面に表れて医療を担い、投薬にはサナエが対応した。
今日もちょうど、治療院の脇に用意された着陸スペースに、搭載艇が降りてきたところだ。緑の木々が生い茂る獣人族の里だが、ここだけは樹木が切り払われて整地されている。
この治療院分院の責任者は、ヨシユキということになっている。多少なりとも回復魔法が使える彼を、今後の勉強を兼ねてジローが任命したのだ。
降りてきたのは二人、今日はヨシユキのほかに薬師のサナエも一緒だ。いつもはヨシユキ一人が一泊二日の泊まり込みで定期出張してくるのだが、今回は急患が出たのでボットでは対処ができず、派遣要請を受けて飛んできた。ちなみにヨシユキは、竜騎士のように飛竜に跨って飛ぶことができない。何度か試したが、高度が上がると怖くてダメなのだそうだ。だから意気地なしの彼は、いつもジローの搭載艇を使わせてもらっていた。
治療院では、獣人の男女二人が待ち構えていた。そして、室内にはもう一人の獣人が診察台に横たわっている。
「イノシシの突進を避けきれず、突き飛ばされたのだ。」と獣人の男が説明した。怪我をした男の仲間だと言う。そして娘はこの患者の妹だった。
常駐するボットから、タローの声がした。「船の中でも説明したが、呼吸困難と、僅かだが喀血があったので、来てもらった。」これは、介護の二人にも聞かせたいのだろう。
「気胸の疑い、ということだな。」ヨシユキがそう言いながら、サナエに手伝わせてテキパキと診察準備を始めた。この男、いつもはノンビリと覇気のない態度を見せるのだが、治療に向かうときは別人のように頼もしくなる、変な奴だ。
サナエが心配気な妹に説明している。「気胸と言うのはね、肺に穴が開いて空気漏れした状態を呼ぶの。」
「この場合は、強い衝撃を受けたせいか、もしかしたら肋骨が折れて肺を傷つけたのかも知れないわ。」
「どうやら、その『もしかしたら』の方だな。」脇腹に手を当てて、光属性による深層スキャンで体内を透査していたヨシユキが、サナエに告げた。
魔法は未熟だったヨシユキだが、女神の叱咤を受けて三年が過ぎ、今では光属性魔法の練度はかなり増している。深層スキャンはジローが叩き込んで既に習得しているし、骨折などに対応する本格魔法「傷の修復魔法」にも手が届いたばかりだ。
魔族や獣人族の治療には、光ではなく闇属性が適している。しかし、体内を観るだけのスキャンならば、光属性でも違いはないのだ。
「右第六肋骨の骨折、幸い一カ所だけのようだ。肺に当たっているが、大きく突き破っているわけではない。これなら、俺でもやれそうだ。」
ヨシユキは、「少し痛みが出るぞ。」と患者の獣人に声をかけると、患部にかざした両手を淡く輝かし始めた。折れた肋骨を、元の場所に移動しているのだ。これは元素魔法の組合せなので、光と闇の属性には関係がない。
治療台の男がうめき声を出したが、ヨシユキは冷静に作業を進めていく。
「よし、ここからだ。」フウと息を吐いたヨシユキが、手順をサナエに伝える。
「骨は正常な位置に戻せた。これを繋げる前に、まず肺の損傷部位に対処してみる。」
ここからは獣人の体組織に直接働きかけるので、闇属性を選択しなければならない。闇属性はまだまだ苦手としているヨシユキだったが、この分院で獣人相手の治療を続けるうちに技量は上がってきたのは自覚していた。
かざした両手に、今度は周囲の光が吸い込まれていく。獣人族や魔族が馴染んだ、闇属性による傷の修復魔法だ。
「ヨッシー、頑張れ!」そう言いながら、サナエは包帯などの準備を始めた。
サナエもヨシユキの腕を信頼し、分担して作業を進めているのだ。このコンビは、ジローの部下として十年以上の経験を積んでいる。二歳年上のサナエに対して、いつも軽口を叩くヨシユキだが、二人の呼吸はよく合っていた。
しばらくして、ヨシユキは両手を降ろした。
「よし、肺の傷口は修復ができた。肺はそれほど萎んでいないし、漏れた空気も僅かだから、数日で回復するだろう。」ヨシユキの額の汗を、サナエがふき取ってやる。
「固定が先かしら?」
「そうだな。スキャンではよく見えない肋骨のヒビや軟骨の部分に、見落としがあるかもしれない。まず、強めに固定してもらおうか。」
サナエは、妹に手伝わせて患者の胸を包帯で強く巻き始めた。
「肋骨の骨折は、自然治癒だと完治まで一ヶ月以上かかるわ。今日はこれからヨッシー先生が骨接ぎをしてくれるけど、数日は固定しておいた方がいいと思う。」
「この巻き方を覚えておいてね。」(続く)




