その3 女神の謎かけ
さっそくスマホを取り出して、「ご相談があります。お時間があれば、お越しいただきたく。」と、メールを打ったら、すぐに目の前にキュベレが降臨した。さては暇だったのかな。
あまりにも神々(こうごう)しいその姿に、ゼーレが、ウィルがたちまち跪いた。ホムは、呆気に取られたままだった。そうか、初対面だったな。
「じゃ、儂はこれにて失礼。」師匠は、素早く通信を切ってしまった。師匠は相変わらずキュベレが苦手のようだ。
「質量の開放、起こせたわね、ジロー。でも、魔人にその上を行かれたみたいだけど。」女神はそう言ってニッコリと笑った。
こいつの本質を知っている俺や師匠は騙されないが、初めて女神を目前にした魔族の二人は、カチコチに固まっている。
キュベレが、ホムに目線を投げた。「お前は、魔人に作られた僕ですね。これからは、魔族を助けて時期を待つのです。」と、何だか随分先走ったことを宣う。
「おいおい女神さん、俺はまた時空震とやらを起こしてはいけないと思って、あんたに相談したかったんだけど、」
「あら、ここは竜族に魔素を与えて分岐した時間軸よ。本件は織り込み済み。」
「へっ、そうなの?」
「ジロー。あなた、あの魔人の子らが心配でしょ。あなたの性格からいって、助けずにはいられないわよね。生き物係さん。」
「はい、よくお分かりで。」
「それでいいのよ、まずは北の火の山を探すのだわ。それと、上位の竜族が何か知っているかもね。」
「まだ、魔人の生き残りがいるのですね。」
「それは私から言えないのが、お約束よ。」そう言うと、女神はまたニッコリと笑ってみせた。
その時、壁の装置群から、柔らかな音がした。ボットからの魔素を受けて、装置が息を吹き返したのだろう。何だかメールの着信音みたいだな、と思ったら、ホムが装置に飛んでいった。
映し出された文字らしきものを読んでいる。やがて、がっくりと肩を落とした。
「どうした、ホム殿。」タローが心配気だ。
「メールが届いていたのです、五百三十六年前に。」ホムが言葉を絞り出すようだ。相当にショックを受けているな。
「旅立って二年後か、何を伝えてきた?」
「百名あまりの仲間を失いながらも、北の火の山に辿り着いたようです。これから地下に潜って魔素の濃い場所を探す、とあります。良い知らせを待つようにと。」
「向かった魔人たちは、何人いたのだ?」
「およそ二百名でした。」
「ふーむ。」
「そして、これ以降の連絡は、届いておりません。」
その場が静まり返った。気のせいか、いつもは超然としている女神も、気の毒そうな顔をしているように見えた。
「ジロー、そしてホム。自分の眼で確かめなさい。それじゃ、私は行くわね。」
「女神様!」跪いたままだったウィルが、立ち上がって大きな声で叫んだ。
「お願いがあります。」
「あら、私に願い事とはいい度胸ね。私は対価を求めるわよ。」
「私に何をしてくれるのかしら?」そうクールに告げる女神の表情には、超越者の貫禄があった。ところが、目線を流しただけだったキュベレが、「あら?」と言ってウィルにくるりと向き直ったではないか。
「あなたはウィルね、そうか、ここにいたのか。」うん? 意味が判らないな。どうやら今まで、ウィルの存在は気に留めていなかったのね。
「ふーん、あのウィルがこんなに可愛い坊やだなんて、」キュベレは、何が可笑しいのかフフフと笑った。
「望みは何かしら? 聞くだけ聞いてあげましょう。」態度が変わったな。
「ジロー兄貴と同じストレージが欲しいんです。」ウィルは一気に言葉を吐くと、そのまま女神をじっと見つめて返事を待っている。
「あら、同じものはもう授けられないわ。私達にも亜空間の割り当てがあるの。」
女神は少し考えて、「だから、ジローの方から、ストレージを共有するメンバーを追加認証する仕組みにしようかしら。ジロー、構わない?」
「構いませんよ。」俺は即答した。勝手に俺の持ち物を取り出したりはしないだろうし。
「それでいいかしら、坊や?」
「はい!」大きな声で、ウィルは返事をした。
「ウフフ、では授けるわね。」キュベレは俺に向けて、手をスイと動かした。
「あなたは、そう遠くない未来で、この星のためになる大きな仕事をするの。これは、私からのお礼の前渡し。」キュベレは、謎めいた言葉を残すと、姿を消した。
「やれやれ、神の領域に住まう存在とお知り合いとは、お見それいたしました。」ホムが、俺に恭しく礼をした。わざとらしい奴だ。
「まあな、腐れ縁という奴だ。手を貸せと脅されているからな。」
俺はスマホを取り出して、ストレージをタップした。
おや、見覚えのない画面が出た。『共有メンバーを追加しますか?』だって?
『はい』を押すと、『メンバーをカメラで撮影してください』ときた。ふーん、どんな仕組みだ、これ? 俺はスマホのカメラで、ウィルを撮った。
『メンバーが追加されました。新しい魔法を覚えています。』だってさ。
「ウィルよ。俺のストレージが使えるようになっているか?」
「えーと、待ってくれよ。」ウィルは何やら考えていたが、「うん、多分これだな、知らない魔法を覚えてる。」と、嬉しそうだ。
「兄貴、何か出してみていいか。」
「構わんが、小さなものにしとけよ。」
ウィルは片手を伸ばして、何かを掴む仕草をした。手の先に、ぽっかりと光り輝く輪が生まれて、手が中に入ったと思ったら、角兎を一匹引っ張りだした。ここまで来る時に、浅い階で狩った獲物だ。
「おお、できた! やったぜ!」ウィルは大喜びだ。
「後で、お前専用のフォルダーをいくつか作っておいてやるよ。」
「有難う。兄貴!」
「女神は、未来のお前をよく知っていたみたいだな。」
「未来の俺って、どういう意味だ?」ウィルが首を傾げた。
「あいつの見た目に騙されるなよ。俺たちと同じ、ここで生きている人間のように見えるがな、実は過去にも未来にも広がっている怪物だ。」
「よく分からないけど、ただの綺麗なお姉さんじゃない、ってことでいいのか?」まあ、ウィルの理解はその程度で良しとするか。
俺はゼーレにも、「ストレージを使えるようにしようか?」と聞いてみたが、ゼーレは興味が無いそうだ。(続く)




