その1 帰還祝賀会
天気の良い、暖かな日だった。
カエデ嬢の商隊が、サホロの里への帰還を急いでいた。
もう昼を過ぎようとしていたが、里はもう目の前だ。一行は、昼食休みをとらず、そのまま一気に里の北門まで馬車を走らせることにしたのだ。
村の北門に着いた。
騎士団が担当する入村審査では、そこに置かれたボットがヨアキム一人を新参者として弾き、担当騎士による審査に回した。
カエデ嬢がヨアキムの身元保証を引き受けて、一行は村の大通りを凱旋して、まずは騎士団本部に戻ってきた。これを、騎士団長と俺が待ち構えていたと言うわけだ。
◇ ◇ ◇
「クールツ騎士団長殿、只今帰還しました。」
「うむ、ゲルタン隊長、ご苦労だった。カエデ嬢、初めての護衛隊の働きは如何でしたかな?」
「そうね。今回は強敵も出現しましたが、バーゼル様をはじめ騎士の皆さんのお働きで、帰って来ることができました。」カエデ嬢の表情は、晴れやかだった。
「これまで危険と隣り合わせで旅をしていた私たち商人にとって、今日のこの日は旅の安全が保障された記念すべき日になるでしょうね。」
「皆が昼抜きだと聞いたので、サナエたちが食事の準備をしている。これから、護衛隊帰還を祝って宴会を開くぞ。」俺は、騎士団のメンバーやサワダ商会の従業員にも集まって欲しいと声をかけた。
実は、事前に一行が昼食を取っていないと聞いたサナエは、早速クレアとカレンに手伝わせて、治療院の広場で宴会の用意を始めているのだ。少し早めの夕食にして、関係者で土産話を聞こうとの趣旨だった。
「まあ、それではサワダ商会からも、宣伝を兼ねて今日持ち帰った海産物をいくつかご用意しますわ。村の方々にも、声をかけて構いませんか?」
それはいい考えだな。では、そうしてもらおうか。
サワダ商会が声をかけるとなると、集客力は大きいぞ。これは飲み物も大量に用意しておかねばな。
俺は、サワダ商会に戻るカエデに、大量の酒や果汁の樽を注文した。これは、俺の奢りだぜ。カエデは「毎度有難うございます。」とペコリと頭を下げると、馬車から荷物を降ろすために、近くにあるサワダ商会の倉庫まで戻っていった。
◇ ◇ ◇
そろそろ日が傾こうとする頃、治療院の横にある広場にはサナエたちが用意した食べ物がずらりと並んで、宴会が始まった。
ハルウシから持ち帰った海産物が、サワダ商会の好意で大量に提供され、会場には飲み物の樽も並んだ。試験的に持ち込まれた凍らせたマグロの刺身が、ヨアキムの包丁でさばかれて、生の魚の味を知らないこの里の民は、大いに喜んで試食に興じた。
人々が集まり、宴会もたけなわ。「準備ができたぞ。」日が暮れて周囲が暗くなった頃に、タローが頭の中で俺に知らせてきた。
よーし、そろそろ出番だな。俺は、広場の片隅に置いてあった箱の上に登った。
「みんな、聞いてくれ」俺は箱の上から、集まった人々に声をかけた。
「初めての試みだ。みんな、私のボットは知っているな。」
この里の住人にとって、ジロー先生が使う機械:ボットは、既におなじみだ。
俺の治療院では患者の管理に使われていて、話しかければボットが患者の名前や既往歴を覚えてくれている。
里の北と南の門では、騎士団に貸し出したボットが入村審査で使われている。一度見た顔は、ボットは忘れない。新参者は、たちまちボットに見咎められて、騎士団担当者による審査に回される手順になっている。
もちろん、どんな仕組みなのか皆は知らない。俺が魔法で動かしている、程度の認識だし、それでいいのだ。
「ボットに絵が映ることは、みんな知っているよな。」俺は続けた。
「今日は、その絵をあの壁に大きく映そうと思う。」そう言うや、広場に面した治療院の壁面に、広々とした草原の情景が映し出された。
治療院は四角い二階建ての建物だから、高さ7メートル、幅15メートルほどの白い壁が、今夜の映写スクリーンになる。壁面から少し離れて宙に浮いたボットから、映像が投射されているのだった。すでに夕暮れだから、画像は鮮明だ。
「ほう~」と声が上がって、その後で広場はしんと静まり返った。皆の眼は、壁に大写しにされた動画に引き込まれた。この里の住人は、そもそも動画など見たことがない。それが、こんな大きさで目の前に投影されたのだ。生れて初めの経験のはずだ。タローは画像だけを映して、音声は流していない。
真っ青な空が遠くまで広がり、白い雲が浮かぶ。緑の草原にずっと先まで伸びた踏み分け道を、地面から少し浮かんでスルスルと進む飛竜の後ろ姿。その首には獣人が跨っているのが分かる。
「これは今日戻ってきたサワダ商会の商隊が、数日前に海辺の村に向かう様子だ。」
「あそこに写っているのは、護衛隊の竜騎士。つまりここにいる飛竜のバーゼルと、そして俺の義理の兄である獣人族のゲルタンだ。」
「おお~」と周りからどよめきが起こった。
今度は、馬車を正面から捉えた動画に切り替わる。ボットから後ろを見た構図だ。
「これがサワダ商会の馬車、乗っているカエデお嬢と二人の部下が見えるかな。」
再び、どよめきが起こる。
「この絵では分からないが、馬車の後ろには騎士団の二人がいて、後方を警備していると言うわけだ。」
「今夜は、新たな試みであるこの護衛隊が、無事に帰還した祝賀会だ。ここで、今日の料理の素材を提供してくれたサワダ商会から挨拶がある。みんな、拍手で迎えてくれ。」そう言って、俺は箱から降りた。(続く)




