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その6 面目躍如

ゲルタン達は、飛竜が闇を見つめるその方向を、ボットの地図で確認した。

半径5kmを見張るボットの地図上では、まだ光点が現れていない。

「ドローンの高度を上げてみよう。」ボットから声がして、地図の探知範囲が拡大された。

「見えた!」槍の騎士が叫んだ。ボットの地図上に、まさにバーゼルが示した方角に、ひときわ明るく光る光点が捉えられた。

「距離5.5km、大きな熱源だ、先ほどの狼の五倍ほどある。」

「この移動速度を維持するとして、会敵は一時間後だな。」タローが計算結果を伝えた。


「となれば、慌てる必要もあるまい。ゆっくり待ち受けようではないか。」バーゼルは余裕を示して、ぐるりと周囲の仲間を見下ろした。確かに飛竜にとって危険な敵は、ほぼ存在しないと言ってよいのだ。「飛竜様がいてくれれば、心強い。」皆がそう思っていた。


 ◇ ◇ ◇


戦いに備えて待つ、静かに張り詰めたひと時。焚火を前にして、倒木に腰を下ろしてカエデはゲルタンの隣にいた。

「ゲルタンはカレンと双子だと言ったわね。今いくつなのかしら?」

「ちょうど二十歳になりました。」

「そう、それじゃあ私が五つお姉さんなのね。」そう言ったカエデは、心の中で「うん、許容範囲よね。」とつぶやく。


「里には、決めた方がいるのかしら?」

「将来の伴侶と言う事ですか?」

「そうよ。貴方ならきっと思いを寄せてくる娘たちも多いでしょう。」

「何人か心当たりはあります。その中からいずれ妻を選び、所帯を持つのでしょう。」


会話がしばし途切れて、カエデは別の話題に切り替えた。

「ねえ、今回の旅はどうだった? 商売はどうだったかしら?」

ゲルタンは少し考えてから、「一言で言うならば、心躍る日々でしたな。」と返事をした。


「飛竜殿と共に戦うは武人の誉れ。今まさにこの時も、戦いに身を置く張りつめた心。そして、他の里の方々との交流も、そして交易も、民を豊かにする事を知りました。商いとは楽しいものです。」

「やはり、商売に興味を持ってくれていた。」そう思って、カエデは心がたかぶるのを感じた。旅の毎日を素直に楽しみ、旨い魚に尻尾を揺らすゲルタンの様子を傍で見ていて、カエデも喜びを感じていたのだ。


カエデは決心した。今なら言える。すう、と大きく息を吸い込む。

「ゲルタン! 私の夫になりなさい。私をこれからずっと傍で守って欲しいの。」

「は?」呆気にとられたゲルタンが、焚火に照らされたカエデの顔をまじまじと見た。


「これからも一緒に、こうして商いをしましょう。」

「二人で、里の皆を幸せにしたい。私は、交易に大きな希望を持っているの。」

「あなたの里との商売も、もっともっと大きくしたい。」

「そして、私はあなたの子を産むわ。」一気にまくし立てたカエデは、ぎゅっとゲルタンの手を強く握った。

「私は本気よ。私を最初の妻に選んで欲しい。」そう言い置いて、カエデは立ち上がると、テントの中に駆け込んで行った。


焚火の前に一人取り残されたゲルタンの頭の中で、カエデの言葉がぐるぐると回っていた。そして、気付かされた。姉御肌で物怖じしない、商いへの情熱を隠さず自分の道を自ら切り開いていく、我が里にはいない種類のあの人族の女性。その彼女に、自分自身も驚きと尊敬と、そして好意を感じていた事を。


そしてゲルタンは思い出した。先ほど戯れにカエデの胸に抱かれたとき、幼い頃に亡くした母の乳房の柔らかさの記憶が突然蘇(よみがえ)った事を。


心の中で、すとんと()に落ちた気がした。

「それも良い。」そう思った。

獣人族の里では、夫が妻を選ぶものと相場は決まっていた。だが、カレンはどうだ。剣を贈られたかもしれないが、自分から娶ってくれとジローに押し掛けたようなものだ。


「俺も、それで良い。こんな俺を好いてくれるなら、断る理由はない。」ゲルタンの心から、一切の迷いが消えた。朴訥(ぼくとつ)で純情な男の心は決まったのだった。


 ◇ ◇ ◇


「距離500m、そろそろ現れるぞ。」ボットのタローが警告を発した。

茂る下草をかき分けて、黒い巨体が近づいてくる。暴君熊(タイラントベア)と呼ばれる、この地域にいる地上の生き物の頂点に立つ魔獣だった。


「儂が出ようか?」バーゼルがゲルタンの眼をのぞき込んだ。確かに、飛竜に任せてしまえば簡単だろう。だが、ゲルタンはそれを断った。

「私が倒し損ねたときに頼もう。飛竜殿はいつも通り、商人たちを守ってくれ。」ゲルタンは二人の騎士に目配せをした。「私一人で出る。何度か戦ったことのある相手だ。」


魔獣は徐々に距離を詰めてきた。そして立ち塞がったゲルタンに100mほどの位置から、猛然と四つ足で突進してくる。巨体に似合わぬ素早さだった。


大きく開けた口の牙は鋭い。まず警戒しなければならないのが、この移動速度と、強靭な顎と牙による噛みつき攻撃だ。たちまち近づいてくる暴君熊の大きく開かれた真っ赤な口をめがけて、ゲルタンはフレイムソードから火球の連射を見舞った。火炎の猛攻にたじろいだ魔獣はグオウと雄叫びを上げると、ゲルタンの手前まで来て前足を上げ、後ろ二本の足で立ち上がって威嚇してきた。見上げる高さだ、頭の上まで3mはあるだろう。


来る! ゲルタンは大きく後ろに飛んだ。

今まで獣人が立っていたその場所に、鋭い爪を生やしたてのひらが横殴りに空を切った。真に警戒すべきなのが、この熊の平手打ちだ。まともに食らえば、人の首など折れ飛んでしまうという。


立ち上がって、こちらに柔らかな腹を見せてくれるのは好都合だが、心臓を一突きしようとすればこの熊の長いリーチの餌食となる。


「さあて、どう攻めたものか。」

ゲルタンは再び火球を熊の顔面に投げた。熊が両手で鼻面をガードする。がら空きとなった熊の腹に突進して一太刀を見舞い、すかさず後ろに跳ね飛んで熊の平手打ちをかわす。


また火球を顔面に放つ。腹に一太刀を喰らわせ、後ろに跳ね飛んで鋭い爪を避ける。

「頃合いだな。」今一度、火球を熊の両眼めがけて放つと、ゲルタンは大きく跳躍した。3mを越える熊の頭上を、なんと獣人ならではの身軽さで飛び越えたのだ。


火球の攻撃で目を塞がせておいて、熊の頭上を飛び抜ける直前、ゲルタンは大きめの火球を熊の顔面1mほどの空中に浮かべていた。そして、熊の頭上を越えてくるりと身をひるがえすと、その火球を引き寄せる、つまり熊の顔面に正面からその火球を見舞ったのだ。火属性を得意とする、彼ならではの妙技だった。


熊は、正面から火球の連撃を受けたと思ったろう。敵が既に頭上を越えて、背後に回った事を知らない。ゲルタンは、空中にいて赤い刀身の色を消すと、剣に流す属性を切り替えた。今度は刀身がヒュルヒュルと風をまとう。


熊の背後からストンと肩にまたがる格好で、熊の後頭部にその刀身を力一杯突き刺せば、さくりと小気味良いほどに、刀身は熊の延髄を貫いていた。

熊がビクリと、体を硬直させた。

ゲルタンは剣を引き抜きざまに、刀身を再び赤く励起させて小さな火球を刃先から送り込んだ。

熊の頭の中が赤くぜた。脳を焼かれた熊は、前のめりにズシンと倒れ込んだ。


 ◇ ◇ ◇


「なかなか面白い戦いだった、獣人の強者つわものよ。」暴君熊(タンラントベア)を倒して焚火まで戻ってきたゲルタンに、飛竜はそんな言葉を投げかけた。


相手の攻撃を見切る俊敏さと、人族にはありえない身の軽さ。

そして魔族には至らぬものの魔法を操り、属性魔法を剣に乗せて戦う。まさに獣人族の面目躍如たる戦闘スタイルだったのだ。


もっとも全てが見えていたのは、飛竜のバーゼルだけだったろう。

「お見事でした、隊長殿。」この人の部下で誇らしいとばかり、二人の騎士は目を輝かせて出迎えた。しかし、彼らは獣人の火球攻撃と身の軽さに目を奪われていたのみである。

「風の属性も使うのだな。」バーゼルは、近くまで来たゲルタンに小さく囁いた。

「父が風の使い手でして、学んでいるところです。」


ゲルタンは、そのまま焚火の近くに立っているカエデ嬢の前まで歩いて行った。

カエデは、暴君熊との戦いの一部始終を、ここから見ていたようだ。

「ゲルタン、とても強かったわ。」


獣人は、カエデの手前で跪いた。

「まずは今日一番の敵から、お嬢様をお守りできました。これからも、ずっとお傍であなたを守らせてください。」

いつもは勝気なカエデの両目に、涙があふれた。

「ゲルタン、それって、」

「はい、私に商いを教えていただきたい。」

そう言って立ち上がった獣人を、カエデは強く抱きしめた。


「お嬢様、皆が見ております。」

「構わないわ、私の旦那様。」

カエデはゆっくりとゲルタンから腕をほどくと、高らかに皆に宣言した。

「私は、このゲルタンを夫にすると決めました!」

周囲から、歓声と、そして拍手が起こった。


 ◇ ◇ ◇


夜が明けるまで、その後 魔獣は姿を見せなかった。

朝飯前に、飛竜は土魔法で大きな穴を掘り、騎士たちの協力も得て昨夜倒した魔獣をその穴に放り込んで埋葬した。


朝食を済ませて、ゲルタンは騎士団に定時連絡を入れた。

サホロの里に向けた一行の馬車を先導するのは飛竜のバーゼル。その首にはカエデ嬢が一人で腰かけていた。


地上から低く浮かんで揺れることがない飛竜には、コツさえ飲み込めば一人でも腰かけていられるのだ。

もちろん、逞しいゲルタンの腕が添えられるに越したことはないが、騎士の三人は徹夜明けで、今は馬車の中で仮眠をとっている。


「お嬢の想いが、あの無骨なゲルタンに伝わって、まずは良かった。」バーゼルは、カエデにだけ届く小さな声で話しかけてきた。

「飛竜様には、お見通しだったみたいね。」


「まあ、長く生きておるからな。これで、お嬢の商いも更に発展することだろう。」

「そう願っているわ。でも、商いより、彼の子どもを沢山欲しいと思っているの。」

「ふむ。若いうちは、恋をして、子孫を残すことだ。子供は明日への希望だ。」


「子らが多いのは、羨ましいことだ。」しばらくして、バーゼルは言葉を繋いだ。

「飛竜様は、子どもは何人いるの?」

「ジローの元におるウォーゼルと、もう一人じゃな。」

「少ないのですね。」カエデは不思議に思った。ウォーゼルはもっと沢山の子どもに恵まれていたはずだ。


「ほれ、あの馬車を牽いているボットから、魔素が汲み出せるようになったのは、つい最近の事なのだよ。」飛竜が後ろに首を巡らせたので、カエデは慌てて飛竜のたてがみにしがみつかなくてはならなかった。


「あれが魔素を出しているのですか。」カエデには初めて聞く話だった。

「そうだ。儂がこうして道中 魔法で飛んでいられるのも、あのボットから魔素を汲み出せるお陰なのだよ。我ら飛竜は、魔素が薄い環境では生きては行けぬのだ。」


「あれはジロー先生のキカイよね。」

「そうだ、ジローがあのボットを我らの里に貸し出してくれたおかげで、絶滅するはずだった我ら飛竜は生き残り、しかも最近の若い者たちは子孫を沢山残せるようになった。」

「だからウォーゼルとビボウには、子どもが沢山生れているのですね。」

「そう言う事だ。」


「飛竜様は、もうこれ以上の子孫を残せないの?」

「ふふん、我らの繁殖可能な時期は、およそ百歳まででな。儂ら夫婦は、既にその時期を過ぎておる。」


「飛竜様は、お幾つなのですか?」

「百二十年ほど、生きているな。儂にはまだ数百年の寿命があるから、まだまだ騎士を我が背に乗せて、お嬢の商いを助ける事ができると思うておる。」

「どうぞ宜しくお願いします。」


「ゲルタンが老いたなら、ゲルタンとお嬢の子や孫や曾孫を、我が背に乗せる日が来るかもしれん。これも未来への希望だのう。」そう言って、バーゼルは楽し気に身をくねらせた。カエデはまた慌てて、飛竜のたてがみを掴みなおした。

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