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その3 美味い魚料理

夕市が開かれる時間である。

ギルドの交易所では、馬車に積み込んだ荷物をカエデ嬢が割り振りしていた。

「そちらの商品は一箱ずつ残して置いてちょうだい。次の目的地まで見本として持っていくわ。」


「残った商品は、それぞれ半分ずつをこれから()りに掛けます。」

「分かりました。」部下の二人が声を弾ませ働いている。新鮮な野菜と果物が入った箱が、次々と持ち出されていった。


村の商人を相手にした競りは、数回に分けて行われた。カエデは、それらを集計し、最低価格から三割引きした金額を計算して紙に書き落とした。

エドナ婆様の目の前で、カエデは事前に受け取っていたエドナ商会からの指札を開き、両方を見比べた。指札の価格は、最低価格を割引きした金額より少しばかり高かった。


「あら、イロを付けてくれたのね。相変わらず読みは確かね、お婆様。」

「ふん、何年この商売をやっていると思っとる。まだまだ目は狂うておらぬよ。」婆様は、眼を細めてヒヒヒと笑った。


「じゃあ、私の計算したほうの金額でお売りしますわ。」カエデは部下に命じて、残った半分の商品をエドナ商会の馬車に移させた。そして、売り上げの総金額から手数料を計算すると、交易ギルドに納付する手続きをしに行った。


一部始終を見ていたゲルタンが、エドナ婆様に話しかけた。

「随分と面倒な事をするものだ、最初から指札通りで良いではないですか。」

「なあに、信頼している相手とは言っても、商人同士の礼儀のようなものじゃよ。どの場面で、どれだけの荷を売るか。需要と相手の力量を推し量りながら、売上総額を最大とするために、どこで手を打つか。臨機応変に決めねばならぬでな。」

「お嬢も、よい商人(あきんど)に育った。」婆様は、眼を細めてもう一度ヒヒヒと笑った。


カエデ達は、その夜はエドナ商会の夕餉に招かれた。振舞われた地元の魚料理は、内陸に住む一行、特に森の民であるゲルタンには極めて珍しく、また美味だった。人族との交流も悪くはないものだと、ゲルタンは思った。魚とは旨いものだ、椅子に腰かけたゲルタンの縞々の尻尾が我知れず左右に揺れていた。それを見ていたカエデは、尻尾を撫ぜたい衝動を辛うじてこらえたのだった。


近所の宿に泊まり、翌朝は早くから、カエデの馬車の一行は最終目的地オタルナイの港町を目指して出発した。切り立った崖と押し寄せる海の波の合間に、細い道が続いている。

時折に砕ける波しぶきを体に受けて、ゲルタンは生れて始めて潮の香りを知った。

途中で一泊の野営をして、ハルウシを出て二日目の昼に、一行は港町オタルナイに到着した。


潮の匂いがする大きな町は、通りを歩く人々にも活気があった。

再び周囲の注目を集めながら、カエデ嬢一行の馬車はエドナ爺様から紹介された老舗の問屋に向かって町の大通りを移動していく。


「ご免なさいね、見世物みたいになっちゃって。」カエデは、並んで浮かぶ飛竜とそれに跨るゲルタンに小さな声で詫びた。

「ふふん、竜騎士を護衛に付けたサワダの商隊として、宣伝効果は大きかろう。」バーゼルが訳知(わけし)り顔で頷いた。


「うふふ、ハルウシの村でも、そしてこのオタルナイの街でも、あの商人が運んできたものは何だ?って、今頃話題になっているはずよね。」

「カエデ殿は、それを狙っていたのですか。」ゲルタンは今更ながら気付いた。

「もちろんそうよ、商人は目立つべき時には、大いに目立つ必要があるの。」

「そして、内緒で仕掛けるときにはコッソリとね。」

「はあ、そうしたものですか。」


目的の問屋を見つけると、カエデは二人の部下とゲルタンを伴って店の中に姿を消した。

店の前にとどまったバーゼルと馬車には、あっという間に人だかりができた。


とぐろを巻いて(くつろ)ぐ飛竜に、恐れ知らずの男の子が話しかけてきた。

「飛竜様、触ってもいい?」

「うむ、小さな人族よ、触れても構わぬぞ。」バーゼルは鷹揚(おうよう)に頷いてみせる。

男の子は、おそるおそる手を伸ばして、飛竜の胴体に触れて感触を確かめている。


「我らは見るのは初めてか?」

「高いお空を飛んでいたのを、見たことがある。」男の子は、ウロコの触感がすっかり気に入ったようだ。


「飛竜様は、どうしてここにいるの?」別の女の子が聞いてきた。

「人族の商売を手伝っておる。悪い魔獣が出ぬようにな。」おおっ!と周りの群衆からどよめきが起きて、それからは飛竜と話してみたいものが次々に現れた。


「やれやれ、私としたことが少々カエデ嬢の商売に協力しすぎたか。飛竜は、恐れられてこそなのだがな。」バーゼルは苦笑いしながらも、人々の好奇心を甘んじて受け入れていた。


小一時間ほどで、カエデ達は店の奥から姿を現した。商談が終わったのだ。

馬車に積んでいた野菜と果物の箱を、部下に命じて店先に降ろす。

「これは挨拶代わりの商品見本なの。」カエデ嬢がゲルタンに説明している。


「このお店と私達の間にはエドナのお店に入ってもらうのだけれど、初回の顔合わせに荷主の私が来たのだわ。」

「新鮮さが求められる商品は、今回のように私達が真っ直ぐ運び入れる直接取引も、今後あるかもしれないし。」


「なるほど、そのために商人同士の信頼関係を作っておくわけですか。」

「そうなの、顔を見知った商人同士、気心の知れた相手と商売したいじゃない。」

「何度か商売をするうちに、相手のことが、その土地で何が求められているかが判ってくるものなのよ。」


商売のいろいろを説明するうちに、カエデの弁舌は熱を帯びてきた。

カエデは、自分の話を興味深そうに聞いてくれるゲルタンの態度が嬉しかった。もっと商売の事を、そして私を判って欲しい。


「もっと商売を広げたいの。儲けだけじゃない。私たち商人の知恵で、世の中を便利に楽しくしていきたいの。」

「こうして魔獣を恐れずに私が遠出できるのも、ゲルタンやバーゼルのお陰よね。本当に感謝してる。」


「人族の為に働くのか、と言う仲間もおりましたがね。森しか知らなかった私ですが、生まれて初めて海を見て、旨い魚を食べました。カエデ殿のお陰で、私にも商人や交易の意義が判ってきましたよ。」ゲルタンは、素直に感じたことをカエデに伝えた。


ゲルタンも、ジローが言っていた人族との協同とやらの成果が、案外に大きくなっていきそうな予感がしていた。(続く)

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