その3 引っ越し
よーし、次だ、次。この里の魔素の供給にかかる。
聞けばここ数年、火の山の活動がおとなしくなり、集落に降り注ぐ魔素が明らかに減っているのだそうな。恐らく、地下のマグマ溜まりの活動が低下しているのだ。
お陰で、集落では生活魔法にも支障が出始めていて、特に血統的に魔素の汲み上げ能力の低い者達にとっては、大きな問題になっているのだった。
魔素を供給するボットは、この里の中心部に置くのが理想的だ。そして、この里長の屋敷はちょうどこの集落のほぼ真ん中と言っていい。
「このお屋敷で、天井が吹き抜けになっている場所はありませんか。」俺は、ボットを空からここに降ろそうと考えた。
「ならば、中庭が良かろう。こちらじゃ。」里長が案内をしてくれた。
広い屋敷の中ほどに、よく手入れがされた中庭があった。陽光が明るく降り注いでいる。
「タロー頼む。小型ボットで十分だろう。」
「了解。」
やがて空から、銀灰色の立方体が降りてきた。
搭載艇に射出させたのは、小型の探査ボットだ。縦・横・高さがそれぞれ1mほどある。
ビボウに持たせたのと同型で、飛竜の場合だと一家族用だが、魔族ではこれ一機でこの集落全体の必要魔素量をカバーできるはずだ。
ボットを中庭の中央に置いて、「では、プラズマ温度を下げてくれ。」とタローに命じた。
無音で稼働していたボットから、ほんの僅かに作動音が聞こえ始めた。
里長とゼーレが、ハッとしたのが分かる。やはり魔族は、人族よりも魔素への感受性が高いのだ。
「なるほど、これは力がみなぎるようだ。」と里長。
「先ほどの治療に使った魔素が、すぐに取り戻せそうだぞ。」ゼーレも大きく頷いている。
「これが、魔素を生み出すキカイなのか。」
「魔素がふんだんにあったという、先祖の昔に戻ったようですな。」俺と師匠には感知できないが、魔族の二人は喜びを露わにしている。
「里長様、これは急ぎ里の皆に周知する必要がありましょう。」ゼーレはそう進言したが、
「ううむ、しかし説明が難しいのう。まあ好ましい変化であるからして、放っておいても良かろうと思う。皆が気付いた頃に、人族の賢者殿の思し召しじゃとでも説明しておこうではないか。」
「これで、魔素の汲み出し能力が低い血筋の者や、衰えた老人にも、今後に希望が持てると言うものです。」
ここで俺は、心配事を口にした。一応、念の為だ。
「今は魔素生成を最大としましたが、集落の方々が必要かつ十分な量を見極めて、絞り込むのが肝要と考えます。」
「うむ、魔物を呼び寄せるか?」おお、流石に気がつきましたね、里長様。
「はい、その可能性があります。少なくともわが友の飛竜は、かなり離れていてもすぐに変化を感じ取りました。」
「なるほど、ならばどうする?」
「はい、私がここに数日留まり、様子を見ながら必要量を見極めたいと存じます。」
「うむ、そうしてくれれば助かる。もっとも、魔物が魔素に寄ってきたとしても、今や我らに魔素が足りておれば、撃退は容易かろうがな。」そう言って、里長は豪快に笑った。
◇ ◇ ◇
ボットの運転を見極める間、俺と師匠はゼーレの治療院に居候することになった。
これ幸いと、ゼーレは俺の医術の知識を貪欲に求めて、俺を質問攻めにしてきた。
これは数日で終わる話ではない。
終いにはとうとう、師匠と共にこの治療院に留まってくれと、ゼーレに懇願されてしまった。
「まあ、それも良いかもしれん。このゼーレは剣も達人じゃ。医術の代わりに、お主は剣術を兄弟子から学んではどうじゃ。」
こうして、俺は魔族の集落に引っ越して、ゼーレに医術を伝え、集落の民への治療も手伝いながら、ゼーレからは剣術と体術を学ぶことになった。
小型ボットは、治療院の運営管理にも重宝するので、置き場をゼーレの自宅兼治療院に移してきた。ここからでも、この魔族の里の全域への魔素の供給には問題がないのだ。
ゼーレの剣術指導のお陰で、この周辺に多い魔物との戦いを通して、俺の物理的な戦闘力は大いに向上した。
もちろん女神から教わった通り、ゼーレから学んだ理想的な身のこなしを、まずはタローが解釈して正確に記録し、それを俺がトレースする繰り返しで体得したものだった。
魔法剣も上達した。火属性で薙ぎ払えば魔物に炎のダメージを追加で与え、水属性に風属性を組み合わせれば、魔物を凍り付かせて動きを封じることができた。そして、風属性を剣にまとわせれば、剣の切れ味が数段増した。
最初は金属製の盾を左手に装備していたが、俺の魔力が上がるにつれて、魔法の盾の属性を自在に展開する方が有利だと気がついた。属性を相手の攻撃に応じて変化させることで、応手の幅も広がるからだ。
最後には、左手に魔法の盾、そして右手に風属性をまとわせた片手剣が、俺の戦闘スタイルとなっていった。
そうそう、竜族への魔素提供も書き留めておこう。
タローは裏半球に生息する竜族を見つけて、ボットの配置を各地の竜族と協議してくれた。流石に仕事のできる奴だ。
裏半球の大きな大陸には、プレートがせり上がる大地溝帯が存在し、そこから噴き出す魔素を求めて、大型の竜種「白竜族」或いは「黒竜族」が、そしてウォーゼルの同族である飛竜族が集団で暮らす場所があった。
これら大地溝帯に暮らす竜族グループに二機、そしてある火山島に暮らす別の竜族グループに一機の大型ボットを配置することが決まった。
その他の表半球と裏半球に点在する飛竜族のコロニーには、中型ボットを全部で十二機貸与することにした。
そして全球に配置したこれらの探査ボットを管理し、竜族とコンタクトを確保するために、俺が昔住んでいた村のはるか上空の外気圏に一機だけ上げていた大型ボットを、更に三機増やして、四機でこの星を囲む正四面体を形成して衛星網を作り上げた。
これで、この星の全ての大・中・小ボットとも信号を繋いで、常時タローと接続できるようになったのだった。
数少ない高性能の大型ボットが出払って、残り一機となってしまったが、いまのところこの星で探査を要する案件はない。持っているものは有効に使うべきだろう。
これで、この星の竜種の、魔素の減少による滅亡を食い止められたと思いたい。
少なくともウォーゼルたち飛竜族は、これまで以上の繁殖も可能になり、減少の一途だった個体数は今後増加に転じることだろう。
「白竜族」と「黒竜族」の大型上位種については、裏半球の生息数が思いのほか多かったものの、全体として個体数は種族の維持に十分とは言えないかも知れない。
生き物係の俺としては、彼らの遺伝子の保全のための広域的な繁殖計画を提案したいところだが、竜種は気高く孤高を愛する生き物だ。
こちらの考えだけで子供を残せとは言えまい。ここは様子を見ながら進める必要があると考えたのだ。




