その2 里長(さとおさ)の息子
ウィル坊とは、この里の長の息子だそうな。
今12歳、小さな頃から虚弱体質で、体を動かすと息切れが激しく、臥せっていることが多いと聞いた。
師匠は、この里の長とは昔から懇意で、息子の事も頼まれていたらしい。
師匠とゼーレ、そして俺の三人は、集落のほぼ中央にある里長の屋敷を訪ねた。
里長は、眼光鋭く貫禄がある魔族だった。ゼーレよりも少し年上だろうか。
師匠は、里長に俺を紹介した。
「ジローは、別の世界からこの大地に降りてきた者での。我らの知らぬ科学技術とやらを駆使するのじゃ。」
「ほう。」魔族は人族には敵対的だと聞いていたが、ここの魔族はそうでもない。師匠の人徳なのだろうか。それでも、角のある強面の顔でギロリと見つめられれば、少々ビビる。
「今日来た目的は二つ。一つ目は、この里の減りつつある魔素を増やすことよ。」
「なんと!賢者殿! この男にそれができると言われるか?」
「うむ、正確には、ジローが魔素を生み出す機械を持っておる。それをこの里に提供しようという話じゃよ。」
「賢者殿、キカイとは何だ?」
「仕事をさせるために、人が作った仕組みの事です。」ここは俺が説明した。
「ふうむ、それができるなら、誠に有難いことだが。」
「早速、試してみるか?」
「うむ、いやその前に、目的は二つと申されたか? 賢者殿。」
「そうじゃった。二つ目はウィル坊のことよ。」
「おおっ。」里長は、身を乗り出してまたしてもギロリと睨んできた。どうやら息子のことは、村の魔素の不足より心配なのだろう。まあ当然か。
「このジローは医術を使う。つまり病気の本質を見抜く事ができるのじゃ。」
「我らの回復魔法では、症状の軽減はできても、病の本質までは癒せぬ。このジローならば、ウィル坊を回復魔法のいらない体にできるかもしれんのじゃ。」
「ならば、是非 息子を看てやってくれ。」里長は、大きな体を小さくして俺に頼み込んだ。
◇ ◇ ◇
ウィル坊の部屋に向かいながら、師匠が言う。
「ワシとゼーレの見立てでは、心の臓が弱いようじゃ。」
なるほど、そうですか。子供の心臓疾患は、有りがちな症状と言える。
部屋に入ると、小さな男の子がベッドに横たわっていた。
午前中までは起きていたのだが、昼には疲れて横になってしまったのだという。角は生えているが、整った顔立ちの美少年だった。多分、母親に似たんだろう。ギョロ目が怖い親父に似なくてよかったね。
なるほど痩せている。顔色も良くない。チアノーゼまでではないが、これはおそらく血流に障害が出ているな。
「ちょっと見せてもらおうか。」俺は掛布団をめくると、少年の肌着の上から薄い胸板に手をかざした。今では俺の光と闇の属性は、かなり強化されている。手の平から波動を通してみた。
CTスキャナのように、体の内部の様子を感じ取る事ができる。マコイ婆に教わった技術だ。徐々に深度を増していき、心臓を捉えた。
小さな心臓が懸命に脈打っている。鼓動が早い。そして、見つけた。二つの心室を仕切る壁が完全には閉じられていない。典型的な症状だった。僅かながら心拡大もある。
かざした手を収め、俺は後ろにいる師匠とゼーレに向き直った。
「原因が分かりました。師匠の仰る通り、心の臓に問題がありますね。」
「心室中隔欠損。先天性の心奇形で、比較的症例の多いものです。」
「心臓には四つの部屋があるのですが、部屋と部屋を仕切っている壁に穴があって、心臓から送り出される血と戻ってきた血が交じり合ってしまうのです。」
「治せるか?」師匠が食いついてきた。
「穴を塞ぐ必要があります。治癒魔法で行けるでしょう。」今後のこともあるから、ここはゼーレにやってもらった方が良いな。彼も闇属性の治療魔法は得意だと聞いた。
俺はゼーレの手を導いて、闇属性の波動でウィル坊の心臓を捉えてもらった。
「心臓の上に二つ、下に二つ、部屋があるのが分かりますか。」
「うん、見えているぞ。」
「下の部屋の間の壁に、穴があるでしょう。」
「ああ、確かに。」
「その穴の周囲に治癒魔法を当てて、穴を塞いでみましょう。」
「一度にやると何か問題が生ずるかもしれませんから、一ヶ月ほどかけて、何度か少しずつに分けた方がよいと思います。」
「よーし、やってみよう。」治療の方向が見えたので、ゼーレも張り切っている。
ゼーレの半時間ほどの施術で、穴の径が1/3ほど縮まった。という事は穴の面積、つまり面積に比例する通過血流の量は半分以下になったという事だ。漏れはかなり改善されたことになる。なるほど、ゼーレの闇属性の回復系魔法は達人の域だった。
ウィルの頬にも、赤みが差してきた。
「胸が苦しくなくなった。」と、ウィルが喜んでギョロ目の親父に告げ、里長は涙目で俺たちに感謝した。
「この症状を持つ患者は、実は少なくないのです。成長と共に穴が塞がる例もあれば、小さな穴を持ったままでも天命を全うする方もいます。」
「でも、息子さんの場合はこの歳になるまで自然には塞がりませんでしたから、今対処できて良かったと思います。」
「あのままだと肺の血圧が上がり、心臓の肥大を起こすことがあります。でも、息子さんはまだ若い。今塞いでおけば、これから普通に暮らしていく事ができることでしょう。」
一週間毎にゼーレに施術を頼み、穴が塞がった後の経過もしばらく観察してもらうことを打ち合わせた。
「息子さんは、これからは食事の量も増え、運動ができるようになるでしょう。」
「まだ小さいので、遅れていた成長をこれから取り戻す事ができますよ。」
なおも感謝を繰り返す里長の背中を、師匠はバンバンとどやしつけた。
「ほれ、たいしたものじゃろう、我が弟子は。」
「これが医術と言うものか。ゼーレにも体得してもらえれば、この里で救われる者も多いことじゃろう。」
「うむ、こ奴の医術は必ずゼーレに伝えておこう。」
師匠は簡単に請け負ったけれど、これは兄弟子との連携が今後ともますます必要になるようだな。(続く)




