その1 兄弟子ゼーレ
⇒南の魔族の里 実年齢50歳
ウォーゼルとビボウが、それぞれの両親が済む場所へボットを伴って飛び去ったあと、俺はタローに相談をもちかけた。
「竜族の魔素支援計画については、兄貴に任せていいか。」
「そもそも船のボットをこの星の何処に配置するかの話だし、裏半球の竜族の位置情報もこれからだしな。」
「了解した。だが、一つだけ心配な事がある。」
「上位の竜種かな?」実は、俺も気にかかっていた。
「そうだ、この半球を見た限りだが、既に個体数が少な過ぎるのではないか。」
「ああ、俺もそう思ったよ。」
「今後は魔素が潤沢に供給されるとしても、ジローの生物学的知識では、この個体数で種族の存続は可能なのか?」
「俺の学んだ生態学では『最小存続可能個体数:MVP』という指標があってな、その名の通り絶滅せずに生物種が存続できる最小の個体数を表すものだ。」
「大型の竜種は、所謂『大卵小産』の戦略を選択した生き物と言える。この戦略では、近交弱勢の影響を受けざるを得ないので、一般的にMVPは大きくなる。」
「ゲノムサイズの大きな生き物が『大卵小産』の戦略を取った場合のMVPは、10の3乗以上とされていたはずだ。つまり千頭だな。」
「正確なデータがないので結論は出せないが、少なくともこの半球の数を見れば、上位種にとっては手遅れだったかもしれない。対してウォーゼル達の飛竜族は、同じ『大卵』でも魔素の充実によって『多産』の戦略がとれる環境を得たから、有利だ。MVPは大型種の半分くらいだろうと思う。俺は、多分生き残れると思っているのさ。」俺はタローに、学生時代に学んだ知識を披露した。この情報は専門的なものなので、ゾラックのデータベースにもなかったことだろう。
「竜種は、繁殖する年齢帯が限られているらしい。兄貴にはその辺りも含めて、今後についても上位種と話し合ってほしい。」
「裏半球の個体数が多い事に期待しよう。」
「そうだな。」
◇ ◇ ◇
さて、これで竜族への魔素供給はタローに任せるとして、俺は魔族の里に向かうことになった。
師匠がここ数十年の付き合いがある、魔族の集落があるのだという。
山を二つ越えたところ、徒歩だと二日以上かかる場所だと聞いたので、俺は師匠を乗せて搭載艇で出発した。
魔族の里は、やはり魔素を集めやすい火山の麓にあった。
この場所では農耕に向いた土地は少ないだろう。彼らは基本的には狩猟民族らしかった。
師匠によれば、魔族は人族と同様に生命活動そのものには魔素を必要としない。しかし、人族が忘れつつある魔法を今でも日常生活に多用しているので、どうしても魔素を汲み上げやすい土地に住むのだという。
そして、そう言った土地には、竜族と同様に生命活動に魔素を必要とする魔物も出没するという。何でもダンジョンと呼ばれる巨大な地下洞窟の奥には、魔法を使う生き物のヒエラルキー最上位たる魔人の生き残りも、大昔は姿を見せたものらしい。
「お主は知るまいが、魔物や魔獣はともかく、魔人は別格の存在じゃ。」
「人族がこの地に蔓延る遥か昔に、栄華を極めた種族じゃからの。」
「今では失われてしまった技術で作られた道具が、ダンジョンには残されておると言う。」
「太古の昔、魔族は彼ら魔人族を上位種、神の種族として崇めたとも聞く。」
なるほど、魔素の減衰で滅亡に瀕しているのは、竜種だけではなかったと言う事か。
搭載艇を降りた俺たちは、船を再び上空に待機させると、そこからは徒歩で魔族の里に向かうことにした。
集落は、岩などで組み上げられた壁でぐるりと囲われている。魔物の侵入を防いでいるらしい。簡易ながら門が作られており、そこを数人の騎士が守っていた。
師匠は、顔なじみらしい騎士にスタスタと近づき「しばらくじゃな!」と声をかけた。
声をかけられた騎士も、師匠をすぐに認めて「息災でしたか、人族の賢者様。」と挨拶を返して寄こした。
おっ、この騎士、尻尾がある。軽装のチェインメイルの後ろから縞柄の尻尾が伸びているし、頭の上に耳が立っていて、顔つきは猫っぽい。
隣に立つ騎士は、ふさふさした尻尾で顔は犬っぽい。これは珍しいもの見た。生き物係としては、実はモフモフ系は大好きだ。触らせてもらえないかな。
「獣人族は初めてか?」キョロキョロした俺は、師匠に見破られてしまった。
「こ奴らは、魔族の同胞なのじゃ。まあ魔族を宗主とする眷属というところか。」
「はあ、なるほど。」
師匠の付き人として、俺もそのまま入れてもらえたが、通りを歩けば当たり前だが魔族と獣人族ばかり。師匠と俺は目立っているな。
それでも師匠は、あちらこちらから声がかかり、挨拶を交わしている。
「師匠、ずいぶん知り合いが多いのですね。」
「おお、もうかれこれ40年以上通っておるからの。」
「ここには治癒系の魔法を使えるものが少なかったでな、ワシが弟子をとって鍛えた。」
「ほう、では私の兄弟子ということになりますね。」
「ああ、そうじゃなあ。」
師匠は、通りに面した建物のまえで足を止めた。治療院の看板が掲げられている。
「ほれ、ここじゃ。」扉を開けて中に入ると、
「これは師匠、ようこそお運びくださいました。」奥から男が走り出て来て、師匠の前に跪いた。体格の良い壮年の魔族だ。額に二本の角が生えている。
「久しいのう、ゼーレ。」
「ジローよ、こ奴がこの里の治療師、お主の兄弟子じゃ。」
「めったに弟子を取らぬ師匠が、お珍しい。ゼーレと申します。」立ち上がった魔族の男は俺より先に丁寧に挨拶を寄こした。俺も慌てて兄弟子に挨拶を返す。
「ゼーレよ、このジローは治癒魔法も使えるが、それ以前に医術に長けておる。」
「医術とは何でございましょう?」
「うむ、我らの回復魔法は、症状を癒し、軽減することで、本来ある治癒能力を増強する、つまり対症療法である。」
「医術とは、症状の原因を探り、その原因を取り除こうとするものなのじゃ。我らも、骨折にはまず骨接ぎをしてから傷を治す。骨は判り易いからの。」
「ジローは、臓器を含め人の体の隅々まで、その役割を理解しておる。」
「おお、それは素晴らしい。是非ともお教えをいただきたいものです。」
このゼーレは、年下に見えるだろう俺に対しても、ずいぶん謙虚なやつだな。それと師匠、俺を買い被り過ぎじゃありませんか。
「ところでゼーレよ、ウィル坊はその後どうじゃ?」
「はい、定期的に通って症状の軽減に努めておりますが、思わしい進展はありません。」
「そうか、ではこれから一緒に訪ねるか?」
「はい、今診ている患者を済ませたら、お供いたします。」
「うむ。待っておる。」(続く)




