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その1 運命の人

カエデ嬢の商隊が、海辺の村ハルウシに向けて進んでいる。

最終目的地の港町オタルナイまでは、片道三泊四日の道程を予定していた。自分たちの里サホロを出て、今夜の一泊目は野宿することになる。明日の昼過ぎには、最初の目的地であるハルウシ村に到着する計画だ。


そろそろ日が暮れようとしていた。

「今日はこの辺で野営しませんか。」カエデは前を進むゲルタンに声をかけた。

海辺の村までの距離を2/3ほど来たところだ。このままハルウシ村を目指せば、到着は深夜になってしまう。そうなれば月明かりを頼りに闇夜を進むことになり、到着しても村の門は閉ざされている。

そばに川が流れる、周囲が開けた見通しの良い平野の真ん中で、一行はこの日の移動をやめ、テントを張り、夕食の支度をはじめた。


馬車を牽いていたボットは、静かに地面に着地するとポンと小さな飛翔体を吐き出した。

バッテリー駆動のドローンだ。フル充電されており、朝までは十分に稼働が可能だ。これを上空20mほどに浮かべて、赤外線で周囲を見張ろうというのだ。


「体温の高い動物の存在を見張ります。」ボットからタローの声がした。

「体温の低い蛇や虫は探知できませんので、悪しからず。」

一行は、出発前にジローからボットの仕組みを聞いていたので、この声がジローの使うキカイから発せられていることを理解している。ただ、何故そんな事ができるのか、聞いても仕組みは判らなかった。


ドローンが上空で静止すると、地上に横たわるボットの上面に地図が表示された。この場所を中心として、半径5kmの円が表示され、赤い光点があちこちに灯る。

「なるほど、これは便利だ。」バーゼルが驚きの声を上げる。

「これが、ジロー殿の科学技術というものか。」


野生動物や魔獣の体温を検知することで、夜間これらの接近に備える事ができる。今のところ、人族と飛竜以外の生体波動はタローの中でデータベース化されていないので、赤外線を発する光点の動物の種類は判別できない。これは、おいおいデータ収集を進めて行けば、情報が充実するはずだった。


体温が低い爬虫類や虫の類は、もちろん感知できない。そこで、そもそも蛇や毒虫の少ない平野を野営の場に選んだのだ。


比較的よく出くわすと聞いたオオカミやハイエナの類は、実は深夜はほぼ活動しない。

エサを求めて彼らが活動するのは、ちょうど今頃の夕暮れ時や明け方が多いのだ。夜行性というならば、イノシシやクマなどを心配しなければならない。


夕食が終わり就寝までのひと時、飛竜のバーゼルと獣人のゲルタン、そして騎士の二人はボットと焚火の傍で待機していた。陽が落ちて、商人の三人がそろそろテントに入ろうかとした時、ボットからタローの声がした。「西の方角から、小動物の群れが接近。」


ボットの地図には、なるほど五つの小さな光点が表示され、じわじわとこちらに近づいてくるのが判る。地図の真ん中に赤々と揺らいで灯るのは、ここの焚火を示しているわけだ。

近付く光点と焚火とは、まだ500mほどの距離がある。

光点はゆっくりと近づいてくる。どうやらこの商隊を目指していることは間違いない。

100mを切ったところで、かねての打ち合わせ通りに二人の騎士が立ち上がり、弓に矢を番えた。


茂みの向こうに、焚火の光を反射する動物の眼がキラリと光った。会敵だ。光る眼をめがけて二人の騎士が矢を放った。

ギャンと悲鳴が聞こえて、少なくとも一頭には命中したらしい。騎士たちは素早く弓を置くと、今度は槍と長剣をそれぞれ掴んで身構える。

ゲルタンは、腰の紅蓮の魔剣(フレイムソード)を引き抜き、刀身を明るく励起させた。火の属性を通したのだ。二人の騎士がそれを見て、ほうと感嘆の声を上げる。


三人は、テントと焚火の前に距離をとって展開した。焚火の光を正面から受けて、闇から飛び出してきたのは四頭の草原ハイエナだった。

ハイエナたちがまさに飛びかかろうとしたその時、三人の後ろからバーゼルが鎌首を高々と持ち上げてみせた。


ハイエナたちの突進が止まった。

頭を低くして構え、四頭ともグルルと唸り声を上げている。人族ならまだしも、まさか地上の覇者たる飛竜が現れるとは、思いもしなかったことだろう。


力の差は判っているはずだ。引くか? とゲルタンが考えた次の瞬間、両端にいた二頭がダッと騎士の二人に向かって飛びかかった。

これは任せて良いな。ゲルタンはそう判断して、残る真ん中の二頭に燃える剣を向け、牽制を続ける。横目に、左右に展開した二人の騎士に襲い掛かったうちの一頭が槍を突き込まれ、残る一頭も剣に切り伏せられたのが見えた。


よし、上出来だ。ゲルタンは、なおも二頭との距離を縮めた。

ふいに二頭のハイエナは真後ろに飛び退ると、逃走に移った。尾が垂れていたのは、戦意を喪失した証拠だった。


「追わんのか?」バーゼルが、ゲルタンの顔を覗き込むように言う。

「必要なかろう、もはや脅威ではない。」ゲルタンは、そう言うと前方の茂みに向かって歩いて行った。矢で射抜かれたハイエナが一匹、地面に倒れて手足を痙攣させている。

「助からんな、楽にしてやろう。」ゲルタンは、倒れたハイエナにとどめを刺した。


ゲルタンは二人の騎士に歩み寄り、「見事なさばきだ、二人とも。」騎士をねぎらうと、

「死体を片付けておこう、手伝ってくれ。」そう言って、一人それぞれ一匹ずつのハイエナの死体をズルズルと引きずっていき、川岸まで運ぶと流れに投げ入れた。次いで槍と剣の血のりを川の水で洗い、焚火まで戻ると三人は武器を丁寧に布で吹き清めた。


一部始終をテントの前で見ていたカエデは、ゲルタンと二人の騎士に礼を言った。

「魔獣を退治するというのは、こうした事なのですね。」

戦いに勝利して喜ぶといった感情は湧いてこない。むしろ戦いの後の、厳粛な緊張感がまだその場に漂っていた。


「今回は相手が弱かったが、命のやり取りには違いがない。対峙した相手には、敬意を持たねばな。」そう言うゲルタンに、バーゼルは頷き返した。

「血の匂いをまき散らしてしまった。今夜は、嗅ぎつけて来る奴らを警戒しよう。」

しかし、その夜が明けるまで、魔獣は出現しなかった。


翌日の朝、テントの中でカエデは目覚めた。

昨夜の出来事は、まざまざと覚えている。初めて間近に見た戦いだった。

終始、冷静に魔獣との戦いを支配した獣人。無駄な殺生をせず、仲間を労い、倒した相手にも敬意を忘れなかったゲルタン。戦士とは、こうしたものなのだ。


年下の、ただ逞しい獣人として淡い好意の対象だったゲルタンだが、剣の技量はもとより戦いの場を支配する力量を見せつけられて、カナエの心は騒いでいた。

戦いで尖ったあの方の心を、私が癒してあげたい。あの方の保護を受けたい。そして、あの方の助けを借りて、私の商いを盛り上げたいとの打算も少々。

「この出会いは、運命だわ。」カエデは小さな声で、自分に言い聞かせた。(続く)

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