その1 魔素を浴びる
⇒北の島 実年齢49歳
「ジロー、キュベレが言ったのはそれだ。」タローが珍しく興奮気味だ。
「融合炉が不完全だとキュベレが言ったのは、そのプラズマ温度ではないのか。ジローの世界の重力工学は、まだ途に就いたばかりなのだろう。改良の余地が残されているはずだ。」
「より強い重力波バリアを作りだせれば、プラズマ温度も高める事ができて、理論的には炉の変換効率は最大化できるのではないか。」
「確か、そのバリアで、炉の放射化を防いでいるんだよな。」
「そうだ。放射化につながらないよう、バリアの限界に合わせたプラズマの温度管理がなされている。」当然だが、タローはゾラックの知識を引き継いでいる。融合炉ついては、俺より詳しい。
「キュベレは、我々の融合炉が最大限の効率で運用されていると思い込んでいた。あの種族にとっては、それが当然なのだ。」
「しかし、我々の炉は技術的に未熟なためプラズマ温度は低く、従って魔素というロスが生じていた。最大効率で運転される炉では発生する事がない、本来は必要のない副産物としての魔素が、私たちの炉からは発生していたとしたらどうだ。」うーむ、なるほど。生き物係の俺でも、何とか理解できる話だ。
「と言う事は?」
「出力を上げるのではなく、プラズマ温度を下げれば、もっと魔素が発生するのかも知れないぞ。つまり、あえて効率を下げるのだ。」なるほど、これがゾラックの知識によるタローの推理というわけね。
「ウォーゼル、魔素の発生量が検知できるな?」
「ああ、俺達は魔素の質や量の変化には敏感だ。」
「これからプラズマ温度を、熱核反応が起こらなくなる寸前まで徐々に下げてみよう。魔素の発生状況を感じてみてくれ。」おっ、タロー。早速やってみるのか。
ウォーゼルは、搭載艇に向かって鎌首をもたげて沈黙した。
「うおおっ、これほどとは!」しばらくして竜の大きな声が轟いた。
「どうした?」
「いや、汲み出すどころではない、魔素を浴びると言った感覚だ。これは凄い。」ウォーゼルは明らかに驚いている。竜が驚く顔を、俺は初めて見たかもしれない。
「どうだ?ウォーゼル。」タローも聞いてきた。
「ううむ、タローよ。もう少し出力を抑えてもらう事はできるか。あっという間に、いつもより二桁は大きい魔素量になり、こちらが汲み出し能力が飽和してしまった。」
それほどの差があるのか。これは大発見だ。
「プラズマ温度を下げただけだ。炉の出力は特に上げていないから、これ以上絞ることはできない。だから、探査ボットを使おう。」言うより早く、タローは船の後部からボットを一機ポンと吐き出した。
これは、ウォーゼルに貸している大型の探査ボットと同型だな。なるほど、このボットの融合炉ならば、出力は搭載艇の百分の一程度だ。
ボットはウォーゼルの前にふよふよと浮かんでいる。
「ウォーゼル、魔素は感じるか?」
「ふうむ、言われてみれば、ほのかに暖かい程度だな。」
「では、プラズマ温度を徐々に下げていくぞ。」
竜がまたしても驚いた顔をした。
「うーむ、凄い。船が出力を上げたときの魔素量よりはるかに大きいぞ。」
その後、何度か試してみて、放出される魔素量が一番大きいのは、プラズマの熱核反応が始まって数千度温度が上昇した時であることが判明した。
「この温度だと、ボットが辛うじて浮き上がり、無負荷で待機している程度のエネルギー発生量だな。核融合反応の効率は著しく悪い。」とタロー。
「しかし、眼には見えず、人族には感知できない魔素は、最大量に発生しているわけか。」
なるほど、これは探査ボットがポータブル魔素生成機として使えるという事だ。
俺は、またキュベレが飛んでくるかな?と身構えたが、女神は現れなかった。これは、前回のアイデアの発展に過ぎないから、想定内ということか。
◇ ◇ ◇
「いったい、何をしているの?」影が横切って、上空から声がした。女神の代わりに現れたのは、ウォーゼルの妻ビボウだったか。
「あなたがいないので、火口からの魔素を独り占めして寛いでいたら、突然大きな魔素の波が突き抜けていったわ。」ビボウはウォーゼルの隣に着地すると、興味深そうにふよふよと浮いているボットを見つめた。
先ほどの実験では、それだけの魔素量が放出されたのだ。
これは下手をすると、周囲の竜を呼び寄せてしまいかねないぞ。気をつけよう。
ウォーゼルから顛末を聞いたビボウは、眼を輝かせた。
「まあ、では今お借りしているタローの分身からも、魔素が出せるようになるのかしら?」
「そうだな。ボットの融合炉の制御系に、プラズマ温度を可変できるルーチンを付け加えておこう。ボットの稼働を損なうことなく、魔素の生成量を常に最大限に保つことができる。」おおっ、それは素晴らしい。
「ジローよ、このボットはまだ船に積まれているのか?」
ウォーゼルが遠慮がちに聞いてきた。そうだよな。お前たちには、魔素の枯渇は種族の存亡につながる話だからな。
「ああ、探査ボットは全部で50機積んであったはずだ。これと同じ大型のボットが全部で10機。これは長距離の自立航行ができて、各種の探査機器のほかに自衛能力も備わっている。外部作業もできてやステルス機能もあるな。」
「そして、一回り小さな中型ボットが20機。速度は遅いが自立航行ができて、探査機器を備えている。ステルス機能を持っている汎用型だ。」
「残りの20機は、自立航行ができるだけの小型の探査専用ボットだ。通信能力は弱い。ボットの大きさで、内蔵されている融合炉のサイズは違ってくるな。」
「ポータブル魔素生成機として使えるのは、大型と中型だろう。」そうは言ったが、まあこれは試してみなければ分からないか。
「出力は限られるが、小型ボットもある程度は行けるかもしれない。」タローが、ボットから声を出した。
「お前たちの親類にも、欲しいよな?」
二頭の竜は大きく頷いた。いや、目の輝きからして熱望している様子だな。
「師匠にも相談してみようぜ。」俺達は、師匠の小屋に集まることにした。(続く)




