その1 光の波動、闇の波動
⇒北の島 実年齢49歳
翌日から、また魔法の鍛錬が始まった。
なかなか思うように伸びなかったが、数日が過ぎて風属性と土属性の習得が進んだ頃には魔力も強まり、俺はそれなりに魔法を打ち出せるようになっていた。
「そろそろ、四元素属性はここいらにして、光と闇の属性を学ぶとしようかの。」
ある日、師匠がそう俺に言った。
「光と闇は、単に力の方向性の違いじゃ。そして四元素属性とは次元が異なっておる。」
「我ら人族には光属性が好ましく感じられるが、魔法に堪能な魔族は闇属性を好む傾向があるようじゃ。」
「しかし、実はこの両方を均等に学ばねば、真の理解は得られぬのじゃよ。」
「はあ。」
「魔素からは、光と闇の波動を共に作り出せる。光と闇を合わせれば、魔素を還元生成できる。」
「この二つの属性を儂に伝授してくれたのは、飛竜じゃった。ほれ、奴らに会いに行くぞ。」
師匠によれば、飛竜の住処は山の頂上。火口付近だという。
火口から噴出するマグマのエネルギーの中には魔素も含まれていて、竜族はそれを吸収できるので心地よいと感じるのだそうな。
そんな場所には搭載艇では行けない。俺は師匠の案内で、険しい岩場を登り始めた。老人のくせに師匠は、ヒョイヒョイと身軽に登っていく。
「足を滑らせて落ちた時には、覚えた風魔法を使うのじゃぞ。」と師匠に言われた。
俺はまだ飛翔魔法をうまく操れていない。飛んでいければ楽なのだが、今のところその場に少しの間 浮いていられる程度のものだ。まあ確かに、少しでも浮かんでいられれば、怪我はしないで済むかもしれない。
対して師匠は、もちろん飛翔魔法が使える。飛んでいけば楽なのに、俺を案内すると言って岩山への挑戦を楽しんでいるようだ。まったく元気な老人なのだ。
そろそろ頂上が見えてきたころ、岩山を登る俺を黒い影がかすめた。と同時に風圧も感じて、俺は岩にしがみついて周囲を見渡した。
俺の上方20mほどに、頭から尻尾の先まで10mほどの黒く太くて長い影が浮かんでいた。
「やあ、ヒューゴ。久し振りだ。」その黒い影が、轟くような声で師匠に挨拶してきた。
へえ、あれが飛竜か。意外に小さいな。昔キュベレから見せられた竜は、もっと大きくて翼があったはずだが、これは別種なんだな。そして、ヒューゴってのは師匠の名前か。
「おおっ、ウォーゼル。もうすぐそこまで行くからな。」師匠はそう言うと、ますます身軽に岩肌を進み始める。遅れてはならじと、俺も急いで岩山を登り切った。
頂上はそこそこ平らな地形が広がっていた。以前に噴火した際の溶岩が流れた跡だ。その先はすり鉢状の火口で、火口の底からうっすらと噴煙がたなびいて見えた。噴石らしい大岩がゴロゴロしていて、その陰に竜が二頭。とぐろを巻いてくつろいでいた。
一頭は先程見た奴だ。師匠はウォーゼルと呼んだか。
濃い灰色のごつごつした皮膚、とぐろを巻く太やかで長い体から角の生えた頭を持ち上げて俺を見つめる目には、なるほど深い知性が感じられた。
なるほど、これが飛竜という生き物か。
もう一頭は、茶色がかった灰色にまだら模様が綺麗で、ウォーゼルより一回り大きい。先に登り着いた師匠が、その二頭と何やら話し込んでいるのが見えた。
俺が近づくと、二頭の飛竜は首をかかげて俺を見下ろす形になった。
「やあ、始めまして。ジローと言います。」
まず俺から自己紹介だ。間違いなくこの場で一番ランクが低いのは俺だろうからな。
「よく来たな、私はウォーゼル。そこのヒューゴの古い友人だ。」
「私はビボウ、ウォーゼルの番よ。」茶色い竜が続けた。へえ、奥さんと言う訳か。
「つい最近、一緒に暮らし始めたそうじゃ。」師匠は今までそんな話をしていたらしい。ほう、新婚さんと言う事だな。俺も加わって、二頭と二人でいろいろと話をした。
ウォーゼルは生まれてから50年くらいと言うから、俺の実年齢とあまり変わらない。
奥さんのビボウは、あと10歳くらい年上らしい。年上だから大きいのかと思ったら、竜はそもそも雌のほうが、体が大きいのだとか。力ではビボウに敵わないと、ウォーゼル本人が認めていた。
一般的に飛竜は50歳くらいで伴侶を得て、その後の数百年を添い遂げるらしい。
百歳くらいまでが繁殖期間で、生涯に産む卵の数は、今は1~2個に減ってしまったと言う。地上動物の頂点に君臨する竜族の一種で、天敵はいないが、病死はあるらしい。そして目下一番の問題は、魔素の減少なのだという。
人族や魔族は、魔法を使うときだけ魔素を消費するが、竜は生命活動そのものに魔素が必須で、魔素の薄い環境ではそもそも生きては行けない。魔素が豊富にあった時代には、竜の体ももっと大きくて、年に数個の卵を産んだそうだ。
「俺とビボウが番になったので、俺の両親と親族はこの場所を俺たちに譲って、遠く南の火山に引っ越していったのさ。」ウォーゼルは寂しそうに説明した。
「私との間に生まれてくる子供たちの為に、魔素を譲ってくれたの。」とビボウ。
なるほど、魔素の枯渇と共に滅びゆく種族か。
豊富な魔素を前提として進化してきたが、袋小路に入ってしまったと、キュベレが言ってたな。
まあ、それでも彼らの寿命は長い。大昔は千年に届くものもいたそうだし、少なくとも人族の十倍以上は長生きするわけだ。
「ヒュウゴ、このジローに光と闇の波動を教えるのだな。」ウォーゼルが念を押した。
「確かに魔素の汲み出し能力は、ヒューゴよりも強いが。」
「ええ、私達と同じくらい。」ああ、ビボウにも見えているのか。
「だが魔力は、まだまだ開発途上と言ったところか。」
「うむ、素質はあるじゃろう。光と闇に通ずれば、おぬしらにも劣らぬやもしれぬ。」
さて、何か訓練とかがあるのかな。次の展開を心配して、俺は少しモジモジした。
「なあに、すぐ終わるわい。」師匠が俺の顔色を読んで、ニタリと笑う。
「私から流す波動は少し強いが、抗う必要はない。」ウォーゼルは大きな両手を、俺に差し伸べてきた。
「さあ、私の手を取れ。ジロー。」俺は、ウォーゼルの両手をつかんだ。手と言うより、指の先だ。早くもジワリと圧が伝わってくるようだ。
「いくぞ。すべてを受け入れるのだ。」とたんに、俺の感覚は爆発した。
真っ白な強い光に貫かれ、次の瞬間にはその光が一点に収斂して俺の足元が崩れ、暗闇の中になだれ込んていく。
俺は、あっという間に気を失っていた。(続く)




