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その3 深遠な理(ことわり)

「実は、昨晩ずっと師匠から、この地上と月と太陽の位置関係を聞かれていたのだよ。この大地が、宇宙空間に浮かぶ球体だと教えたら、俄然食いついてきたぞ。」タローが俺に教えてくれた。

なるほどな、それも一興か。何しろ俺は、今日はもう疲れ果ててしまったからな。

「分かりました。それでは船で空に上がりましょう。」


俺は師匠を搭載艇に乗せると、壁から椅子を出して師匠を座らせ、レーション機械からコーヒーを二つ出して、一つを師匠の前に据えたテーブルに置いた。

「お口に合いますかどうか。」


「タローは何処におる。」師匠が聞くので、俺は師匠を機関室まで案内して、AIのタローを収めた銀色のケースを指さした。

ケースの表面にタロー兄の顔が表示され、「ようこそ、いらっしゃいませ。」と喋る。芸達者な兄貴だ。

「おう、ここにおった。これがおぬしの本体と言うわけか。」師匠は嬉しそうだ。


操縦室に戻ると、俺はタローに命じた。「この星が見渡せる位置まで上昇してくれ。」

ふっと床に押し付けられる感覚があったが、すぐに重力操作が相殺して加速度を感じなくなった。


操縦席前のディスプレイを一杯に拡大して、俺は遠ざかっていく地表の画像を師匠に見せてやった。

岩場から飛び上がり、どんどん高さを増し、雲を突き抜け、やがて青い丸い球体を見下ろす位置で搭載艇は停止して宙に浮かんだ。


「おうおう、これが!」師匠は、言葉を詰まらせ、眼には涙を浮かべている。

好奇心が旺盛な人だから、目の前の光景を見て素直に感動したのだな。見せてあげて良かった。

その後は月をぐるりと回って戻り、俺は師匠に大地と月と太陽の位置関係や周回軌道の説明をした。

「なるほどのう。これが宇宙の真理、世界の理か。」師匠の感動は続いている。


 ◇ ◇ ◇


「お邪魔するわね。」突然、室内にキュベレが実体化した。

「面白いことをしているじゃない。」女神は、勝手に壁から椅子を引き出して座る。もはや、勝手知ったる俺の船だな。俺は、キュベレの前にもコーヒーを差し出した。

「あら、有難う。」ニコリとほほ笑む。


「キュベレよ、面倒な仕事を押し付けられたと思ったが、この光景はどうじゃ。」

師匠が女神に話しかけた。ふーん、二人はこんな間柄なんだ。

「こんなものが見られたのじゃ。儂はもう死んでも構わんぞ。」

「あらあら、ジローを賢者にしていただくお約束ですよ。」


「月を回ってきたのね。どう? 我ながらうまく出来たと思っているわ。」

「えっ、我ながらって? あの月はもしかして貴女が?」

「当然そうよ、あの巨大な質量の衛星を伴っているから、この星の自転速度は遅く、自転軸も極めて安定しているの。生物の進化にとって都合が良かったはずね。そのくらいの事は出来るのよ、私。」

さらりと言ってのけたが、この女神の実力は計り知れないものがあるな。


「お出ましの理由を、お伺いしても?」俺はキュベレの顔を覗き込んだ。

「あら、貴方がいよいよ本格的な魔法を使えるようになるので、お祝いに来たんじゃない。」

「それは、どうも。女神様と師匠のお陰ですよね。」

「まあ、そうね。」


「さっきの貴方の考え。質量とエネルギーの等価性ね。おおむね正しいわ。」

えっ、まさか! では魔法で質量保存則に介入できるのか。

「物質を生み出すには、確かに膨大な魔素が必要ね。実現は不可能でしょう。だけど、小規模な質量の開放なら起こせるわ。十分な魔素があれば、だけど。」

おおっ、そうなのか。それは凄いな。


「それと、核融合の条件を作り出せるわね。もちろん熱と圧力が必要だから、もっともっと魔力を高めなければ無理ね。」

それって、質量のエネルギー変換、核分裂や核融合のことを言ってますよね。

「中途半端にやって、放射性核種を撒き散らかさないでね。」

あれっ、何だか示唆的なご発言だな。もしかして、今後そんな局面があると?

俺の考えを読んだらしいキュベレは、ニコリと笑った。

「まあ、覚えておけばいいわ。」


ここで師匠が猛然と割り込んできた。

「何じゃ、何じゃ、今の会話は。儂にはさっぱり理解できなかったぞ。」

そうだろうな、全属性魔法に通じた賢者とて、原子物理学や相対性理論は分かるまい。


「師匠、深遠な物理の問題です。」

「なにっ! より深い(ことわり)があるのじゃな。話して聞かせろ! 儂に教えろ!」

いやいや、説明すると長くなり過ぎますから。

「タロー、後で師匠に教えて差し上げてくれ。」

「但し、量子や素粒子まではあまり踏み込むなよ。ややこしい事になる。」

「そうですね、今夜のお勉強にしますか、師匠。」タローが嬉しそうに言った。

「おお、そうじゃな。楽しみにしておる。」師匠、ノリノリですね。


「そうそう、もう一つアドバイスしておこうかしら。」

女神は、コーヒーカップをコトリとテーブルに置いた。

「貴方に渡した感覚共有子機、クローン体との応答を支援するチップと接続したわよね。あのインターフェイスを改良すれば、タローが貴方を動かすことができるわね。」


「えっ、タローが俺を動かす、ですか?」

「そう、タローが貴方の筋肉を使って、貴方の体を動かすの。そして、タローが貴方の魔素を消費し、貴方の魔力を操作して、貴方の体に魔法を使わせる事もできる。」魔法の自動発動か、なるほどその考えはなかった。


「貴方はこれから魔術のほかに、師匠やお仲間から剣術や体術を学ばなければならないわ。タローに理想的な体の動きを記憶してもらい、それを貴方がトレースするやり方で、技術を体得する事ができるわよ。」

「もちろん、魔力と同様に、筋力は鍛錬しなければならないけれど。」おお、なるほど。これは確かに近道になるな。


「タローが貴方の魔力を操作して、怪我をした貴方に回復魔法を使うとか。」

「貴方が失神しても、タローが貴方の体を動かして、その場から脱出するとか。」

「貴方の心臓が止まっても、タローが脳に血液を送りながら、回復魔法で貴方自身を癒す、なんてこともできそうよね。」

あれっ、これも何だか示唆的なご発言だな。どんどん危険な状況が想定されてますけど、もしかして今後そんな危ない局面があると?


俺の考えを読んだキュベレは、ニッコリと笑った。

「まあ、覚えておけばいいわ。」いやいや、そんな縁起でもない事態は勘弁してくださいね。俺は女神を睨みつけた。


「じ、じゃあ、行くわね。」「魔法、頑張るのよ。」

言い残して、キュベレは消えた。

「やれやれ、あ奴も変わらんのう。」師匠が、ぼそりと呟いた。

「お付き合いは、長いのですか?」聞いてみた。

「まあ、のう。」師匠がそれ以上喋らないので、俺もこれ以上の追及は止めておいた。


「さあ、地上に戻りましょうか。」

「おお、良いものを見せてもらった。有難うよ。」

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