その2 魔法剣技
クレアに聞いたところでは、確かにあのキラ侯爵とやらは複数属性を操る魔法剣士で、強さは並外れているらしい。だが、カレンに「お前なら勝てるのか?」と聞けば、フフンと鼻で笑われた。まあ、その程度ということなのかな。
「ただ、護国卿を務めるあの侯爵家には、魔人の加護が代々伝えられていると聞いたことがあります。何か奥の手を隠し持っているかも知れません。お気をつけ下さい。」と、クレアは忠告してくれた。
まったく、試合を決めてから僅か二時間で準備が整うとは。魔族の里では、こうした決闘もどきは日常茶飯事なのですか? 人族と魔族がお付き合いする前に、まずこの戦闘大好きの性癖を改めてもらう必要があるよね。
「それにしても、えらい剣幕だったな、あの侯爵。何かあるのか?」俺の問いに、カレンが答えてくれた。
「本来は忠義者なのですが、今から二年前になるのでしょうか、あの侯爵の息子殿を姫様の婿に迎える話があったのです。」
クレアが続けた。「会ってみれば、満足に魔力も練れぬ見掛け倒しの男でした。」で、お断りしたということか。
「それを根に持っているのか?」
「そうかもしれませんね。」ふーん、息子の恋敵ってことなのね、俺。
◇ ◇ ◇
二時間して、俺は演武場の中央に立っていた。
横に立つキラ侯爵は、待ちかねたとばかり、しきりに俺にガンを飛ばしてくる。
かなり広い空間だ。俺たちが立つ、天井の高い、直径100mほどの円形のステージを囲んで、観客席が設けられている。観客の入りは七割ほどか、短時間でよくもまあこれだけの人が集まったものだ。貴賓席には、魔王様以下の王族もずらりと着席していた。王様、今日のお仕事はどうされましたか?
審判を務める魔族の男が、厳かに告げた。「魔法、剣技、その他とも制限はありません。制約は相手を殺めぬことのみ、では始めてください。」
合図と共に、俺はとりあえず相手の間合いを外す位置まで下がった。
キラは、片手剣を赤く励起させている。やっぱりこの男、火属性の使い手か。
その剣を、俺に向けてブンと振った。それなりの大きさの火球が音を立ててこちらに飛んでくる。だがこれは牽制だな、上空にステルスモードで浮かべた探査ボットから、俺の視野には仮想ビューが展開されている。俺を中心に、周囲を俯瞰できる優れものだ。
そのビューには、俺に迫る火球の後ろから間合いを詰めたキラを示す光点が、つと左に身を捌いたのが見えた。同時に俺の視野の左側に、黄色のアラートが灯る。これらは全て、戦闘時におけるタローの支援だ。
俺は、火球の正面に氷の盾を出現させてこれを防ぐ。ジュウと盛大な音を立て湯気が周囲に立ち上る中、一歩下がると俺は左に身を捌き、無造作に剣を前に突き出した。
剣先は、湯気に隠れて左側から俺に切りかかろうとしたキラの鼻先に据えられていた。振りかぶって俺を叩き切ろうとしていたキラは、鼻先に剣を突き付けられて、手を降ろす事ができずに固まっている。
観客から、オオ~と、どよめきが起きた。
このまま突けば、鼻面を切り飛ばすことはできる。しかし、俺は剣を引くとまた一歩下がって、間合いを取り直した。
顔に驚愕の表情を浮かべたキラは、剣を持った右手をだらりと下げた。ようやく目の前にいる敵が、ただの若造ではないと思い始めたようだな。
「これはこれは、貴方を見くびっていたようですな。」そう言ってキラも一歩下がった、と見せかけると、やおら俺に向かって突進してきた。
ここで俺は、土魔法で相手の足先の地面を僅かに隆起させてやる。大きな塊ではなく、目立たなく、あくまでも小さく持ち上げるのがコツだ。キラは、それに躓いて、たたらを踏んだ。体が前に流れた相手の腹に向けて、俺は右足で地面を踏み込み左膝で蹴り上げた。うまく体重を乗せた膝蹴りが決まったな。
キラは、グエと声を上げて後ろに吹っ飛んだ。
「お見事!」タローが、頭の中で褒めてくれた。会場では、どよめきと共に、無様にくず折れるキラにあちこちから失笑が聞こえてきた。
キラはよろよろと立ち上がり、俺を睨みつけると、また突進してきた。俺は、また足元の地面に塊を置いた。キラがまた足を取られて、数歩前に泳いだ。すかさず膝蹴りを決める。無様に崩れ落ちるキラ。会場の笑い声がさっきより多くなった。
キラはしぶとく立ち上がり、またもや俺に向かって突進した。が、さすがに今度は足元を見ていて、先ほどよりはスピードが遅いな。
俺は、今度は近づいてくるキラの額の正面に、物理障壁を浮かべてやった。地面の隆起に気を取られて下を向いていた奴は、可哀そうにこの壁に頭をぶつけて、仰向けにひっくり返った。
会場が笑いの渦に包まれた。
同じネタを三度繰り返して、三度の笑いを取るのが、俺の生まれたカミガタ星の習慣だ。観衆にウケて、俺は大いに気を良くした。
「おのれ、小細工を弄しよって! 剣技で勝負しろ!」頭にタンコブを作ったキラが、憎々し気に怒鳴りつけてきた。
「おう、受けて立とう。剣技には、魔法剣も含めるのか?」
「我ら魔族では、剣技とは魔法剣の事よ!」キラは、俺から距離を取ると、右手に持った剣を青白く励起させた。ふーん、今度は水属性か、多彩な奴だ。
「水裂斬!」大声で唱えて、遠くから振り上げた刀をブンと振り下ろすや、奴の剣先からほとばしる水流が、地面を穿ちながら俺をめがけて進んでくる。
ほう、見た目は派手な魔法剣技だが、こんな遅い攻撃に俺が当てられるはずがない。
しかし、いちいち技の名前を大声で呼ばわるのはお約束なのかな。でも何だか格好いいな、俺も真似してみようかしら。
ヒョイと水柱を避けた俺に、すかさずまた次の水裂斬が飛んできた。
俺は、自分の剣に風属性をまとわせて「急速冷凍!」と叫び、この水柱を凍結してやった。水はたちまち凍り付きながらパキパキと相手側に走っていき、相手の剣まで凍り付かせた。キラは、驚いて水流ごと凍り付いてしまった剣から手を放した。
「あまり褒められたネーミングではないな、冷蔵庫の宣伝のようだ。」すかさずタローに指摘されてしまって、実は俺も少し恥ずかしい。別な名前にすればよかった。
「なら、絶対零度!なんてのは、どうだ。」
「さっきのよりは、マシだな。」
いや、もう技の名前を口に出すのはやめようかな。
剣が地面から生えた氷に張り付いたまま持てなくなったキラが気の毒になって、俺は氷を溶かしてやった。相手の剣が、溶けた水と共にバシャリと地面に落ちると、また観客がどよめいた。
キラの顔が真っ赤に染まっていた。これは激怒しているな、からかい過ぎたかと、俺は反省した。
「よくも私を、ここまで虚仮にしてくれたな。」キラは不気味な声を出して、俺を威嚇してきた。
「本来ならば王国を守る奥義なれど、もはや貴様も我ら王国の敵。我が侯爵家に伝わる魔人の加護を見て、死ぬがいい。」
そう言って、キラは何やら印を結び始めた。
相手を殺さない約束、覚えてるのかなぁ、この親父。(続く)




