その1 売られた喧嘩は、
魔王城のアポを取った翌日の朝、俺とそれぞれの子供を抱いた二人の嫁は、搭載艇に乗り込んだ。
「タロー、魔王城まで頼む。」船はフワリと浮き上がると、滑らかに移動を開始した。あっという間に平原を渡り、迷いの森を過ぎ、魔族の集落がある魔の山に接近していく。
大気圏内では音速を越えると衝撃波を発するので、タローはこの船を時速1,000km以内で飛ばすのが常だった。
「まあ、こんなに早く飛べるのですね。私の飛翔魔法で敵うものではありません。科学技術とは偉大なものです。」クレアは興奮を隠せない。
やがて搭載艇は、魔王城の門の正面に静かに着地した。
昨日のゾフィー宰相が、城から走り出てくるのが見えたので、我々も外に出ることにした。
「まずは私が降りましょう。カレン、ついてきなさい。」
クレアが息子を抱いて、その後に双子を軽々と両手にカレン、最後に俺、皆で並んで搭載艇を出た。
ゾフィー宰相が、昨日と同様に俺達を魔王の執務室に案内してくれた。
執務室では、魔王陛下、王妃様、そして魔族の男が二人、待ち構えていた。この二人は、きっとクレアの兄弟だな。
「父上、母上、その後お変わりないご様子、お会いできて嬉しゅうございます。」クレアが優雅に挨拶を送ると、王妃様がクレアの元に駆け寄って、赤子ごとクレアを抱きしめた。
王妃様、すげー美人だ。
その整った顔立ちのみならず、年齢を重ねて自信と気品に溢れ、少し豊かさを増した体からは魔性のオーラが溢れ出している。むちゃくちゃ色っぽい。なるほどこの親にしてクレアありか。そして、クレアもこんな美魔女になるのかしら。
王妃様は、クレアからそっと赤子を受け取ると、優しく抱き上げて頬ずりをした。
貫禄のある魔王様も、クレアの両肩に手を置きなにやら目で語ると、すぐに王妃様が抱く赤子に目を移して「何と可愛い子じゃ。この世のものとも思えぬな。」と言った。
ああこれ、爺バカの始まりだな。人族でも魔族でも、孫はとてつもなく可愛いものらしい。
ふと我に返った魔王様は、俺に向き直った。
「おお、失礼した。我が娘を見るのは久しかったのでな。そなたが姫を娶った賢者殿か。」
「はい、ジローと申します。父上様、母上様におかれましては、ご機嫌麗しゅう。」
「大変遅くなりましたが、赤子の首も座りましたので、お目にかけようと参上した次第でございます。」
「おお、そうかそうか、初孫を見せに来てくれたわけじゃ。嬉しいことじゃ。」
「ワタルと名付けました。」
「そうかそうか、良い名じゃ。のう奥や。」
満面の笑みとは、この事だな。
王妃様は、次にクレアの後ろに立つカレンに声をかけた。
「カレンも、よく姫を守って殊勝でありました。そなたは双子を授かったのですね。」王妃様はクレアの子を魔王様に抱き渡すと、今度はカレンの前に立った。
「姫様のお子より少し前に生まれました。今では、つかまり立ちができるようになりました。」カレンはそう言って、抱えていた双子を床に降ろすと、可愛いチビたちを椅子の脚につかまらせて立たせて見せた。
「まあ、もうこのように。なんと可愛いのでしょう。流石にカレンの子です。」王妃様は、今度は腰をかがめて、虎柄のチビたちにかわるがわる頬ずりをしている。
そうなのだ。カレンの子らはクレアの子より少し前に生れたが、首の座りも早かったし、はいはいを始めたと思ったら、すぐにつかまり立ちまでできるようになって、皆を驚かせた。
獣人族の身体能力には、やはり素晴らしいものがある。
魔王様、王妃様を上座にして、俺達はテーブルを囲んで座った。まず王妃様が娘に向かって、「見違えましたよ、クレア。」と声をかけた。
うん? 何がだ? 子を産んでクレアにも母の貫録が出たという事か? まあそうかもしれないが、そんなに見た目が変わったかしら。
「母上、私は光属性を体得いたしました。」
「まあ、やはり。我ら魔族には稀な事です。」ああ、その事ね。王妃様には、クレアの魔力の輝きの変化が見えているのだ。
「このワタルを身籠り、この身に育つほどに、光属性に親和性が増していきました。その後、ジロー様から手ほどきを受けましたところ、光を闇と同様に操れるまでに上達いたしましてございます。」
「賢者として覚醒する日も近いと、思っているのです。」俺は付け加えておいた。
「まあ、それでは婿殿のお子を身籠れば、私にも賢者への道が拓けるのでしょうか?」ええっ! 急にとんでもないことを言うな、この母上。
俺は、こんな魔性のオーラ全開の色っぽい熟女に迫られたら、理性を保てないぞ、多分。
「これっ、奥や。儂の前でそれを言うてはいかん。」ほら、魔王様から叱られたし。
「お母様! 旦那様は渡しません! 光属性は、私がお母様に教えて差し上げます!」クレアもそんなにムキにならなくとも。って、そもそも何? この会話。
魔族って、そんなに奔放なの?
「あらぁ、それは残念だわ。」王妃様、もう勘弁してください。舌なめずりは、おやめいただければ幸甚です。
◇ ◇ ◇
俺達は、しばし歓談? して魔王の執務室を辞してきた。
廊下に出れば、なんだか騒がしい。廊下の向こうで、宰相のゾフィーが壮年の魔族と口論しているのが見て取れた。
「騒がしいぞ!」クレアの兄、アビオン皇子が声高に注意をした。
言い争っていた壮年の魔族が、こちらに向きかわり、ゆっくりと歩いてくる。
そして俺を認めると、グイと睨みを利かせて「お前が、姫様をたぶらかした人族の賢者とやらか!」腰の剣の柄に手をかけて見せる。
「控えなさい、キラ殿。殿中ですよ。」王妃様がたしなめる。
「このようなひ弱な男に、我が王国の宝クレア姫様を奪われたとは。それをお認めなされた魔王様には、さてはお年を召されて往年の覇気を失われたものか!」キラと呼ばれた男は、眼玉から火を噴きそうな勢いで、俺を威圧してきた。こいつ火属性かな?
「父上をそのように、不敬ですよ、キラ侯爵殿。」クレアは明らかに怒り心頭の様子だ。いかんな、こりゃクレアが暴発する前に、何とかするか。
俺は一歩前に出た。「キラ殿とやら、はじめてお目にかかる。私はジローと言う者だ。」
「先程は、この私をひ弱と言われたが、この私と勝負する覇気とやらが、貴方にありますかな?」あんまり挑発するのは得意ではないけど、こんなところでどうだ。
キラは、ニタリと笑ってみせた。「ほう、若造が私と手合わせをご所望か。これは笑止、もう後へは引けませんぞ。」悪いな、見た目は若いが、俺の本当の歳は多分あんたより上だぜ。
そして、魔王様に体を向けると「魔王様、先ほどは言葉が過ぎましたこと、お許しください。されど、この王国を憂うあまりの失言と、ご理解いただけますな。」ぬけぬけと言いやがった。
だが、魔王様が顔色一つ変えないのも、たいしたものだ。この親父殿、王様をやっているだけのことはあるキモの太さだ。
「婿殿よ、このキラ殿はな、代々我が王国の護国卿を務める、我が王国の猛者の一人よ。心して胸を借りるが良い。双方に申し付ける、相手の命をとってはならぬぞ。」
試合は二時間後、場所は城から近い演武場に決まった。(続く)




