その2 村を出る
⇒タローの集落 実年齢35歳
タロー兄の子供は、上から十歳の息子リョータ、八歳の次男コータ、五歳の長女ミドリ。俺は離れから母屋に移り、健在だったカオルの両親を離れに呼び寄せた。
子育てが一段落したカオルは、同居する母親と共にまた食堂で腕を振るい始めた。
カオルの親父殿は、五十を過ぎて元気で、村の畑で働いていた。学校から帰った孫のリョータが、昼から畑に手伝いにくるのが大層嬉しいのだとか。
村長の仕事は、タロー兄の部下が引き継いだ。
なかなか優秀な男だったし、タロー兄の仕込みも良かったのだろう。タロー兄の仕事を上手に膨らませて、年々この村は発展した。
俺は相変わらずマコイ師匠の右腕として村医者を続けたが、弟子を二人育てていた。公衆衛生から栄養学、薬草を用いた簡単な医療や病気の見分け方を、実践で叩き込んだ。
俺の体は、タローが結婚した頃のままだ。若作りならぬ老け作りをしていても、肉体年齢の若い俺は年月が過ぎるほどに違和感を増してくる。いつまでもこの村には居られないと考えていたから、後継者を残そうとしたのだ。
◇ ◇ ◇
妻にしたカオルは、夜に俺を求めることが多かった。
若い頃のタロー兄を、俺に重ねているらしい。三十を過ぎたばかりで、まだ女盛りだ。結局のところ、カオルは俺の子を二人産んだ。
まあ俺の遺伝子はタロー兄のものだから、この二人はタローの子でもあるわけだ。
そうして、子供らが育ち、カオルの父が、次いで母が他界して、俺の子らも学校で毎日を送る歳になったころ、今度はカオルが病に臥せった。
俺の診断は子宮頸がんだった。既に周囲組織への浸潤が始まり、転移もいくつか見られた。満足な手術の設備がないこの環境では、もはや手の施しようがなかった。
この村の成人の寿命は、均せば五十歳といったところだ。
俺が医者として仕事を始めてから、乳幼児の死亡率は大きく低減できた自負はあるのだが、成人の経年疾病にはあまりできることはない。
カオルは四十五歳で旅立った。タロー兄よりは十年長生きした事になる。
「子宝に恵まれ、みな良い子に育った。私はタローとジローに幸せにしてもらった。」亡くなる前に、カオルはそう言ってくれた。
◇ ◇ ◇
葬式を終えてから、俺はこの村を出る決心をした。
俺が医者として仕込んだ若者二人は、実践経験を踏んでそれなりの知識と技量を備えたと言っていい。ただ、彼らは回復魔法を使えない。俺はカオルが産んだ俺の長女スセリを、マコイ師匠に預けることにした。
遺伝子的にはタロー兄の子供らと同様ながら、十二歳になったスセリは俺の魔力を受け継いでいる。魔素の汲み上げ量は俺に匹敵するのだ。
「面倒をかけるが、スセリを仕込んでやってくれ。」俺は師匠に頼み込み、師匠は二つ返事で引き受けてくれた。
ゾラックからタローに名前を変えたボットは、そのまま治療院に置いておくことにした。これで、俺はいつでも師匠やスセリとコンタクトができるし、師匠やスセリは、タローの医療データベースにもアクセスして、知識を深める事ができるのだ。
タローの長男のリョータは、二十台半ばで既に所帯を持ち、二人の子供に恵まれていた。
「親父、村を出て行くのか?」こいつは、俺を親父と呼んでくれる。カオルにも話さなかった俺の身の上だが、このリョータにだけは差し支えない範囲で伝えていた。
「後を頼む、タロー兄の気概を忘れるなよ。」
その下の妹、タローの長女ミドリは19歳になり、幼馴染の村の男とつい先ごろ結婚したばかりだった。
「まだ小さな兄弟の面倒を、見てやってくれ。」俺はミドリにも、後を頼んだ。
俺の娘スセリの下には、もう一人の息子もいた。カオルが産んだ最後の子で、今年で八歳になったばかり。ショータローと名付けていた。こいつもスセリと同様に魔力が高い。いずれは回復術師の道を歩むのかもしれなかった。
兄弟は多い、俺がいなくても大丈夫だ。
俺は身内だけに送られ、簡単な荷物を背負って、思い出深い村を出て行った。
◇ ◇ ◇
村を出た翌日、上空に浮かべた搭載艇の中で賦活化措置を終えた俺を、女神のキュベレが待っていた。女神は、自分で壁から椅子を出して座り、レーション装置から注いだコーヒーを味わいながら、タローと話し込んでいるところだった。
「久しぶりですね。今はジローでしたか。」
「女神様には、ご機嫌麗しゅう。」ポッドから起き上がった裸の俺は、慌てて服を着た。キュベレは、くつろいだ様子でタローとの会話を続けている。
「AIの貴方が、タローを受け継いだのね。」
「おお、ジローの兄貴分になったというわけだな。」
「進化したわね。とっても人間らしくなったじゃない。」
「タローとカオルは残念だったわね。この世界の人類の寿命は、まだとても短いの。」
「そうですね。」
「でも、精一杯生きて、働いて、子供を産み育てて、生き物としては幸せだったと思うのよ。」
「俺もそう思いますよ。」
「貴方もすっかり、ここの人族になったわね。」
「お陰様で。」
「でも、せっかく魔力を増やしてあげたのに、治療以外には役立たなかったわね。」
「そうでしたね。」
「貴方の次のミッション、今度は魔力を磨いて、魔獣と戦える剣技や体術を会得しなさい。」
「魔法と剣ですか?」
「人族の賢者が存命です。案内しましょう。」
キュベレは、搭載艇のディスプレイにこの列島の俯瞰図を表示した。相変わらず、断りもなしに俺の船の装置を使いこなしているな、この女神は。
キュベレが示したのは、この大きな島に連なる北の島だった。搭載艇では一飛びだが、とても歩いて行ける距離ではない。
「老齢となって隠遁生活を送っている、人族の賢者です。行って、教えを乞いなさい。」北の島の海岸線から少し入った活火山の麓をズームして、女神はそう俺に命じた。
「この北の島では、沢山の素敵な出会いがありますよ。」
何の事だ?思わせぶりだな。
「この北の島にも、人族の集落が点在しています。」
「そして、人族に追いやられた魔族の王国があるのが、これまであなたが住んでいた場所とは違っています。」
ははあ、いよいよ魔法を駆使する魔族とやらにご対面が叶うわけなのか。
「そろそろ、魔族と人族の間を取り持つお仕事をしてもらうわね。」キュベレは、そう言うとコーヒーカップをテーブルにコトリと置いて立ち上がった。
「じゃあ、行くわね。コーヒーご馳走様。」
「賢者には、明日あなたが訪ねていくと伝えておきます。」女神の姿は、消え失せた。
「タロー、何を話していたんだ?」
「ああ、クラウドに置いた私の記憶素子の容量には限りがないから、心配するなと。」
「ふーん、いったい何処に設置して、どうやって結んでいるんだ?」
「それは、私にも分からないが、現実面で不満はないな。通信速度にもストレスはない。」
「まったく、女神様の科学技術には驚かされるな。」俺は、こんな事をいとも簡単にやってのけるキュベレの能力に溜息が出た。
「ところでジローよ、この北の島まで移動すれば北緯が7度ほど上がる。向こうで私が地上に降りると、水平線に遮られてこことは電波が届かなくなるぞ。」ああ、そうか。それは気付かなかったな。
「マコイ婆様のところにボットを置いてきたのだったな。」
「そうだ、可愛い娘のスセリとも連絡が取れなくなってしまう。」それは困る。
「どうしたらいい?」
「ここの上空の外気圏に、探査ボットを静止軌道で待機させてはどうだ。」
なるほど、中継器として使うわけか。それはいい考えだ。俺は、宇宙空間でも動作できて移動速度も速い、通信能力も強力な大型ボットを、その任に当たらせることにした。




