その1 人格付与
⇒タローの集落 実年齢23歳、外見は20歳 以後同じ
二十五歳になったタロー兄に、結婚話が持ち上がった。
この歳で独身は、村では珍しい。二十歳前後には所帯を持つことが普通なのだ。
何でも、もうすぐ二十歳になる食堂で働くあのカオルが、もう待てないとタローに突撃したらしい。ずっと思いを寄せていたのだそうな。
タローもカオルを好いていたから、二人はすぐに夫婦になった。
俺は、タローの家を出ていく頃合いだと思い、そう兄貴に告げたが、タロー兄は俺を引き留めて、何と隣地に一室ばかりの離れを建ててくれた。
新婚夫婦に同居するのは憚られた俺だったが、これならいいか。
俺は兄に感謝して、飯や洗濯ではカオルの世話になることにして、これまでと変わらずにこの家から通って学校で教え、そして治療院の手伝いをする毎日だった。
学校では、年々増える子供らに対応すべく、成績が優秀だった生徒を教師として育成していた。そこで下級の子供らは彼らに任せ、俺はいよいよ教師役を離れることにした。
実は、治療院での仕事が本業になってしまったのだ。
もちろん、まともな医薬品などない。痛み止めや毒消しなどの薬草を使う程度だが、病名が判れば対処のしようがある。怪我や骨折などにも、適切な対応方法はあるのだ。
治療のためにマコイ婆様に代わって往診に出向くことも増えた。いつの間にか俺は、一日を治療院で過ごすことが多くなった。
俺は、四元素魔法の初歩を習得し、光属性の回復系の魔法は既に師匠を越えていた。何故なら、俺の方が保有する魔素が多かったからだ。これって女神の仕業だよね。
治療院に置いたボットは、患者にも好評だった。
なにより、ゾラックが患者として訪れる子供らに気に入られ、子供らが喜んで通院するようになった。
その結果として、村の乳幼児の死亡率が激減したことは大きい。
師匠も、俺やゾラックの医療データベースから医学知識を吸収したこともあり、村の医療体制はかなり整ったと言う事ができるだろう。
そうそう、師匠は、俺を弟子に取ってから魔力が増えたとご満悦だ。
朝起きると、前の日に消費した魔素が満たされていて、思うままに治療に魔法が駆使できるようになったのだと言う。本来、地上に乏しいはずの魔素が増えるはずもないが、それだけ師匠の毎日が充実しているのだろうと思う。
我が兄タローも、とうとう推されて村の代表者になり、多忙を極めることになったので、俺と二人揃って農作業に割ける時間はなくなってしまった。
周辺の集落との決め事から始まって、村の有力者間の利害調整、耕作地の割り振り、作付けと栽培計画、村の内部の揉め事仲裁などなど、部下が数人いてもタロー兄の村長の仕事は多彩だった。
また十年以上が過ぎ、村の長として働き盛りのタロー兄が三十六歳を過ぎた頃、日頃の過労が祟ってか兄は病に倒れた。俺の診断は膵臓がんだった。
「俺を信じて任せてくれないか。」俺はタローに説得を試みた。つまり、搭載艇の治療ポッドでタローの病を治そうとしたのだ。実は、タローにだけは俺の身の上を明かしてあり、一度は治療ポッドを試させたこともあった。
「お前の船を使うのか?」
「そうだ、治せる可能性が高い。」
「それはよしておこう。俺が死ぬ時が来ただけだ。」
「兄貴はまだ若い。また元気になれるかもしれないんだぞ。」
「お前の様に、この世の道理に逆らってまで、俺は生き続けたくはない。」タロー兄は頑なだった。
ちなみに俺は、月に一度は搭載艇に戻って治療ポッドで肉体を賦活化させていたから、外見はこの村に現れてからほとんど変化がない。日に焼けた事、肉体労働で逞しくなったくらいだ。そしてこの事を、タロー兄は知っていた。
「お前が、仲間を待つために永らえねばならぬことは、俺も分かっている。だが、俺には仕事を任せられる部下がいる。子供らも無事に育ってくれた。ここで死ぬ運命ならば、受け入れたいのだ。」俺には、返す言葉がなかった。
「一つだけ、心残りがあるとすればカオルの事だ。お前、娶ってくれないか。」
年が明けて、疼痛を訴えるようになったタローは、毎日を病床で過ごすようになった。俺は、タローを再び説得して医療ポッドに入れた。
治療ではない、痛みを遮断するだけの措置をした。病巣は既に転移していて、手の施しようがなかったのだ。それでも痛みからは逃れられたタローは、数日を安らかに過ごし、息を引き取った。
◇ ◇ ◇
タローが死ぬ間際に、俺は最後の願いを伝えていた。
「兄貴の人格を、俺の船の機械に残してある。それを俺に使わせてくれないか?」
「それがお前のためになるなら、好きにしていい。」タローはそう言ってくれた。
村を上げてのタロー兄の葬式が終わって、ひと月が過ぎた。
俺は、悲しみに暮れるカオルを抱き寄せた。「これからは俺が、兄貴の代わりにお前を幸せにしてやるよ。」
俺の大切な兄、タローが死んで二か月後、俺はカオルと夫婦になった。
タローの子供は三人いたが、ずっと同居していた叔父である俺には懐いていたから、俺が親父になる事に抵抗はなかった。
ある時、決意を固めた俺は、船のAI:ゾラックに話を持ち掛けた。
「タローの人格はうまく保存できているか?」
「はい、クローンとして親和性があったためか、タローの脳神経系からの情報取り込みには問題が生じませんでした。」
「では、お前がタローになれるか?」
「私が、タローの価値観と行動様式をシミュレートして、タローの人格をまとうと言う事ですね。」
「ああ、そうだ。」
「可能です。」
「では、今後はそうしてくれないか。」
「分かりました。但し、AIとして判断基準の合理性は維持します。」
「ああ、それでいい。」
「それでは、少々お待ちください。」
「メインメモリに、タローから読み込んだ記憶を並行接続しました。」
「時系列を整理して統合しています。」
「タローの人格による演算回路を、新たに構築しました。」
「これをサブルーチン化して、メイン演算回路と並行稼働させます。」
「出力を統合しています。」
「音声と画像の出力情報を上書きしました。」
「こんなところでどうだ、ジロー! これからも、俺はお前を助けてやる。長い付き合いになるが、改めてよろしく頼む。」突然ゾラックの無機質だった声が、あの力強く優しく頼もしいタロー兄の声に変った。
声の質ばかりか、話し方の抑揚までタローそのものだった。死んだ兄貴の声を聞いた俺の眼からは、はらはらと涙がこぼれた。
「ああ、上出来だよ、兄貴。」
その時から、俺が頭の中で呼びかける相手は、ゾラックからタローに変わったのだった。(続く)




