その2 獣人族の女騎士
眼光鋭いこの女剣士からは、気迫がビリビリと伝わってくる。引き締まった体をした凄みのある美形の獣人だが、こいつは強い。俺は、こいつを殺さずに打ち負かすことができるだろうか。主義に反して殺してしまうかもしれない。手を抜くことが考えられないほどの迫力だ。
「手伝おうか?」とタロー。
「俺だけでやれそうだ、危なくなったら介入してくれ。」
「了解。」
「その場合も、命は取りたくない!」
「了解。」
姫様と言ったな。なるほどあの魔導士の女は、それなりの立場にあるのかもしれない。確かにあの尋常ではない魔力だ。魔族は、魔力が地位を決めると言うからな。
王族なのかもしれないな。とすれば、この女は王族警護の近衛騎士だ。魔族の剣士の精鋭か、心してかからねばならない。
「どうした、睨みつけるだけか。こちらから行くぞ!」
女騎士は俺との間を詰めると、ブンと大剣を横に払った。凄まじい斬撃で、まともに食らえば俺の体は真っ二つになりそうだ。
こうなっては、俺の軽装備が恨めしい。このローブでは、物理耐性はまったく期待できないからだ。まあ、敏捷性の付加を生かしてみるか。
身をくねらせて大剣を避けた俺は、試しに相手の刀身に軽く光の波動を投げてみた。クンと刀身がわずかに跳ねたのは、相手に伝わっただろうか。あれだけの重量物を力に任せて振り回した勢いで、相手には気付かれなかったと思いたい。
やはり、あの大剣も魔法剣だ。
あの光を吸うような鈍色の大剣には、闇属性が付加されている。俺の魔族の兄弟子が闇属性の達人だったから、よく知っている。
剣を軽くして、剣速を増す効果があるのだ。闇属性だから俺の光の波動に反応した。となれば、先ほどの魔導士の女と同様に、勝機が見えた。
女騎士が再び大剣で薙ぎ払ってきた。俺に剣を当てさえすれば勝てると確信しているようだし、確かにそうだ。俺は切られるわけにはいかない。
相手の刀身の下方向から、光の波動を今度は強めに当てた。
大剣がやや上に泳いだのを見逃さず、俺は大剣をかい潜って相手の懐に飛び込むと、体重を乗せて盾で突進した。
女騎士が一瞬よろけて、バランスを崩す。
たまらず後方に飛び去る相手に、俺は片手剣を突き込んだ。
思いのほかザックリと手応えがあり、俺の剣は相手の逞しい太腿を深く突いていた。
風魔法をまとった俺の剣は切れ味が増している。女騎士の筋肉質の太腿からは鮮血が流れ出し、金色の体毛を真っ赤に染めていく。骨には達していないが、これは大怪我の部類だろう。
一撃を喰らって美しい顔に憤怒の形相を浮かべた女騎士は、フットワークを奪われながらも大剣を振り回して俺に突進してきた。凄まじい勢いで突き出された大剣だが、足の怪我のせいでスピードが乗っていない。
見切って身をかわした俺は、そのまま相手の右横にスイと我が身を流した。
次いで、敵が持つ大剣の刀身の根元を、盾で下から跳ね上げつつ、同時に上からは剣の柄頭で激しく叩きつける。流れるような一連の動作は、俺が剣士を目指した頃の鍛錬の賜物だ。
ギインと鈍い音がして、敵の刀身が根元から砕けて折れた。
下からの盾、そして上からの剣の柄頭には、瞬時に切り替えた土属性の波動で刀身の結晶構造を揺らし、打撃力を一点に集中させていた。
昔、魔族の兄弟子に教えられた技、武器破壊だ。これは相手の武器を無効化するのみならず、相手の戦意を削ぐのにも極めて効果的なのだ。
「見事だ!」タローが俺の頭の中で褒めてくれた。
女騎士は、破壊された大剣の柄を握って、呆然として俺を見るとストンと尻もちをついた。俺はすかさず、相手の首元に剣先を突き付ける。
「俺の勝ち、でいいか?」
「くっ、殺せ!」ふふん、テンプレな奴だな。
「こんな事で命は取らんよ。剣の勝負がついただけだし、次は俺が負けるかも知れんからな。」
風魔法を止め、片手剣を腰の鞘に納めると、俺は倒れたままの女騎士の脚元に膝をついて傷を確かめた。相変わらず、鮮血がドクドクと流れ出ている。
明らかに動脈を傷つけたな。これだけ大量の血を失い続ければ、命の危険がある。
「いま治療してやる。」そう言って俺は、傷口に手をかざそうとしたが、女騎士はなにかされると思ったものか、暴れて殴りかかってきた。元気なお嬢さんは大好きだ。
「拘束魔法!」相手を大人しくさせると、俺は傷口に手をかざした。
重傷を負わせてしまい済まなかったが、これもお嬢さんが強すぎたからだ。勘弁してほしい。
まずは魔法で水を生成して、風魔法で吹き付けて傷を洗う。スッパリと切れているし、傷口には汚れがないから、このまま治療ができそうだ。
「傷の修復魔法」おや? 光属性では弾かれるか。効果は限定的だな。
「獣人は魔族の眷属だからな、闇属性の適合性が高いと思うぞ。」うん、タローも同じ考えか。では闇属性に切り替えて、もう一度「傷の修復魔法」。
深部からの修復をイメージする。破れた血管が閉じて、まず出血を止めることができた。上手く行ったようだ。
やがて傷口にも肉が盛り上がり、徐々に塞がって、傷跡は見えなくなった。
光属性も闇属性も、本質は共に生体エネルギーを操る魔力だ。エネルギーの方向性が真逆なだけで、共に状態変化系魔法の根源となる。魔族には闇属性が向いていることは知っていた。彼らは日頃から、闇の波動に馴染んでいるのだ。
傷は塞がったが、流れ出た血は真っ赤に女騎士の脚を濡らしたままだ。俺は、再び水を生成して太腿の前面を覆った軽甲冑の上から、脚の血を洗い流してやった。
女騎士の顎からも血が滴っていた。砕け散った刀身の破片が弾けて、頬を切り裂いていたのだ。
「お嬢さんの綺麗な顔に傷をつけてしまった。悪かったな。」この傷も治療してやる。女の顔に傷をつける男は、最低だからな。
「もう暴れないか?」
眼で同意したので、俺は女騎士の拘束魔法を解いてやった。(続く)




