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その3 魔人の大剣

女騎士はすっくと立ちあがり、改めて俺の前にひざまづいた。

「私の負けだ。命をとらず、傷をいやしてくれた事に感謝する。戦えて光栄だった。」うーん、騎士様らしいお言葉。


彼女はそう言うと「姫様のところに行っても良いか?」と尋ねてきた。

「ああ、(かま)わんよ。」俺はそう答えて、彼女を前に歩かせ、草むらに倒れたままの魔導士のところまで移動した。気絶していた魔導士の女は、今は気がついてこちらを見ている。俺と自分の近衛騎士との戦いの一部始終を見ていたようだ。


俺が拘束魔法を少し(ゆる)めてやると、魔導士の女はふらふらと立ち上がり、(かぶ)っていたフードから頭を出すと、俺の前に跪いた。女騎士もそれに(なら)って魔導士と並んで再び跪く。恭順(きょうじゅん)の意思表示か。なかなかいさぎよいな。


大柄で引き締まった体つきの女騎士とは違い、魔導士の女はローブの上からも小柄な体躯が見て取れる。流れる黒髪から短い両の角が突き出た魔族だが、色白で整った顔立ちだ。女騎士とは全く異なる方向性だが、こちらも美しい娘だ。

だが、この女への拘束魔法は完全には解かない。この姫様とやらの魔力は強大だ、まだ気を許すわけには行かなかった。


「私の近衛騎士カレンをあやめず、治療してくださり、感謝いたします。」

姫様は、俺を見上げて言葉を続ける。「先に用いた治療魔法は光属性、続いての闇属性。相反する力を駆使される貴方様(あなたさま)は、もしや賢者様ですか?」少し震える声で聞いてきた。流石に卓越(たくえつ)した魔導士、よく見ている。


「確かに私は、全属性に精通した賢者だ。魔力では貴女に遥かに及びないようだがね。」姫様の表情は硬いままだが、それでも品良く微笑んだ。

「やはり賢者様でしたか。私がかなわぬのも道理ですね。」


「さーて、なぜ攻撃してきたのか、訳を聞かせてもらおうか。あんたら魔族は、人族を見るとああして殺そうとするのか?」

「正直に申し上げれば、宿敵の人族を『少しからかってやろう』と思いました。」

「ふーん、なるほど。殺す気はなかったと言いたいのかな?」

「はい。ところが、貴方様(あなたさま)にはこちらの攻撃が当たらず、しかも強力な反撃が飛んでまいりましたので、つい本気になりました。」


「からかう程度で、攻撃をやめて欲しかったな。つい本気になって殺されたんでは、こちらが堪らないぞ。」

「はい、申し訳ありません。今更ですが反省しております。」

「いつもこうして、人族を狩って楽しんでいるのか?」

「いいえ、魔獣を狩っていただけで、人族を(あや)めたことはありません。」

「それは本当か?」

「賢者様、我々を迫害した人族は宿敵ですが、むやみに殺すことは致しません。どうか、姫様のお言葉を信じてください。」女騎士のカレンは、跪いたまま姫様の言葉を繰り返した。


ふうむ、どうしたものか。

「昔ならいざ知らず、最近では魔族とのいざこざや、ましてや死人が出たと聞いたことはないな。」頭の中でタローが伝えてきた。

これまで人を殺していないのなら、被害者が俺だけなら、このまま許してやらんこともないが、


「賢者様、罰するなら手向かった私を!」女騎士が必死に言葉を投げてきた。

「カレン殿とやら、貴女は自分の職務に忠実だっただけだ。自分の主人が危なければ、その命を守るのが貴女の仕事だからな。」

魔導士の女が、俺を見上げてしっかりとした口調で言った。「魔法戦で敗れた魔導士として、覚悟はできております。」多分、カレンにも聞かせたかったのだろう。


俺は、張り詰めていた気分が萎えるのを感じていた。

もうこの二人は、俺に歯向かう気がないのは明らかだ。これでは負けを認めたこの娘らを、ただいじめているだけだよな。


俺は見た目は若いが、この星に降り立ってから数えても40年以上を過ごしてきたジジイなのだ。ここは大人の対応を見せてやるか。


俺は姫様の拘束魔法(バインド)を、完全に解いてやった。俺が幾重(いくえ)にも重ね掛けした術式には、少しばかり浸食(しんしょく)された痕跡(こんせき)があった。もう少しで、この拘束魔法も破られていたかもしれない。魔導士としては、なかなかの実力だ。


「姫様、どうぞお立ちなさい。」

「お怪我はありませんでしたか。」いまさら俺が言うのも何ですが、ね。


「はい、打ちつけた体が痛みますが、自分で治せます。」姫様はそう言うと立ち上がり、その手を自分の胸に当てて、周囲の光を体に収斂させた。

闇属性の回復魔法(ヒール)だ。発動が早く切れのいい魔法だ。やはりこの娘、(あなど)れん。


「姫様、貴女はすぐに感情が高ぶる性格を改めた方がよろしい。」

「戦いの場では、常に冷静たるべき者が魔導士です。」

「そして、上には上がいることも、知っておいたほうが良い。」俺は少し偉そうに、(がら)でもない説教をしてみた。


姫様の横で女騎士カレンが、俺をじっと見つめて言った。

「賢者殿、私たちはお許しをいただけたのですか?」

「ああ、ここで姫様を傷つけたりしたら、魔族との全面戦争になりかねません。」

貴女達(あなたたち)を拘束する意図はありません。すぐに私の前から消えなさい。」


「賢者様のお言葉、胸に染みましてございます。」姫様は、しおらしく、濡れたような漆黒の瞳で俺をじっと見返してきた。

カレンも姫様を支えるように立って俺を見ていたが、俺の気が変わらぬうちにとでも考えたものか「姫様、それではこれにて失礼しましょう。」と姫様を()かせ始めた。だが、名残惜しそうなのは、気のせいか?


ああそうか、俺は女騎士の武器を砕いてしまったのだ。それが気がかりなのだろう。多分な。

「あっ、カレンさん、ちょっと待って!」そう言って俺はスマホを取り出すと、画面の「ストレージ」をタップした。昔、女神からもらったアプリだ。


「武器」「装備」「アイテム」「大事なもの」白く輝くフォルダが、スマホから立体投影されて目の前に浮かび上がった。

「まあ、これは伝説の収納魔法! さすがは賢者様!」姫様は眼を見張る。カレンは呆然として見ている。本当は女神の種族による超科学の成果「五次元ポケット」なんだけどな。


「武器」フォルダに触れると、そこから更に「杖」「剣」「槍」「弓」「盾」「その他の武器」フォルダがポンポンポンと現れた。俺のこれまでの冒険者生活で、溜まったアイテムたちだ。

更に「剣」フォルダに触れると、そこから「大剣」「片手剣」「小剣」フォルダが現れた。


えーと、確か「大剣」の中に入れおいたはずなんだが、、、

ゴソゴソとフォルダに手を入れ、探して、あった、あった。俺は、フォルダの中から大振りの剣を取り出した。鞘から抜き出すと、漆黒の刀身が冷たく光る。うん、これこれ。


「昔、ダンジョンのボスがドロップした、魔人の手による業物です。」

「悪くはないのですが、あまりにも素朴な造作なので、柄にいくつか宝石を埋め込んで打ち直したら、扱い易くなりました。」

「剣士の頃に愛用した剣ですが、闇属性との相性も悪くないはずです。」

「はい、どうぞ。代わりにこれをお使いください。」俺は、カレンに大剣を差し出した。俺が砕いてしまった大剣からは、+5ほど強力な剣になるだろう。


「これを私にさずけると言うのか。」両手持ちの大剣を手渡されたカレンは、いぶかし気に俺を見ながら、しかしチラリチラリと剣に目線を流している。

うふふ、よい剣でしょ。それなりの業物だし、剣士としての血が騒ぐはずだ。早く手に取って、振り回してみたいに違いない。


「このような希少なものを。賢者殿、本当に良いのか?」カレンがじっと見つめてくる。姫様は、戸惑い顔のカレンを見て、強張(こわば)った微笑(ほほえ)みを浮かべた。

「我らの里では、男が女に剣を贈る求愛の儀式があるのです。」余計な事を教えてくれた。

あれっ、地雷を踏みました? 俺。


「いやいや、カレンさんの剣を(こわ)しちゃったお()びですから。」

「剣がなければ、姫様をお守りできないでしょ。」俺は慌てて言い訳をする。

「そうか賢者殿、それでは有難く頂戴(ちょうだい)しよう。」

はい、是非そうしてください。決して他意(たい)はありませんから。(続く)

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