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その1 タロー兄との出会い

⇒第三惑星の周回軌道上、18歳


俺は目が覚めた。

深層スリープからの目覚めとは異なって、深い海の底からゆっくりと浮かび上がってきたような感覚があった。

慣れ親しんだスリープポッドの蓋が開いて、俺はその中に裸で横たわっている。


「そうか、終わったんだな。」記憶が湧き上がってきた。半年が過ぎたのだ。

利き腕の右手を、ゆっくりと持ち上げてみた。上がってきたこの手には、微妙に違和感がある。俺はポッドから起き上がり、全身をくまなく確認した。なるほど、これがタローのクローン体か。


「ゾラック、どうだ?」

「はい、すべて順調に推移しました。脳神経系とクローン体の相互応答も問題ありません。」

「私の声は、聞こえていますね。」なるほど、このゾラックの声は感覚共有子機から、俺の脳に直接伝わっているのだな。

「うん、良く届いているよ。」


俺はポッドから出ると、体を拭いて服を着た。身長は以前の俺とほぼ同じ、だが筋肉質で少しずんぐりした体格だ。そして顔つきは、DNAを貰ったタローに実によく似ていた。当たり前か。顔は違っても、黒髪と黒目、そして皮膚の色は、以前の俺と変わらない。


「身長は、実際のタローより少し大きくなりました。ポッドが供給した栄養成分の影響と思われます。」つまり、タローと同じ遺伝子を持ちながら、育ち盛りの俺はタローより栄養摂取が良かったと言う事か。

「体重は、タローには及びませんでした。スリープ中に筋肉には刺激を与え続けましたが、実際の運動による負荷と比べれば限界があります。」なるほど、これは、地上で実際に体を動かして、筋肉を強化するしかないのだろうな。


「これで俺は、現地人だな。」

「はい。」

「しばらくこの体を試したら、タローの集落に降りてみよう。」

それから一日を搭載艇で過ごし、運動やら観測やらをしながら、俺は新しい体を試した。特に問題はない。五感もこれまでと変わりがない。いや、むしろ調子が良いと言っていい。

そして、いよいよ俺は、地上に降りてみることにしたのだ。


 ◇ ◇ ◇


搭載艇を地上に降下させ、おそるおそる俺はエアロックから地面に降りた。

土を踏みしめる足の裏の感触。歩いてみれば、薄く埃が巻き上がるのが新鮮だった。

この星の重力を感じる。体を包む大気は暖かで香しい。そして陽光が柔らかに降り注いで、俺を温めてくれている。目の前を、蝶がひらひらと飛んでいった。


ああ、俺は大地に立っている。俺はものすごく感動した。

やっぱり生き物は、宇宙空間より惑星の上がいいよね。まあ、こんな事を言うのは、クルーの中では俺だけかも知れないけどさ。俺は、周りにあるあらゆるものを手で触れ、足で感触を確かめ、この周囲の環境を堪能したのだった。


ここは、タローが農作業をしていた畑に近い道端だ。俺はここで、タローを待ち構える作戦に出ることにしていた。俺を下ろした搭載艇は、はるか上空に待機させる。既にゾラックとは感覚共有ができているから、何かあれば介入してもらう事ができる。


半年が過ぎているので心配だったが、前回この星の周回軌道から観察したのと同じ時間に、タローが荷車を引いて集落から歩いて畑に現れたので、俺はおおいに安堵した。


タローの集落で使われている言語は、俺は既に習得済みだ。

「やあ、こんちは!」道端の石に腰を下ろして待っていた俺は、農具を収めた二輪車を引いて近づいてきたタローに声をかけた。


するとタローは、気さくに言葉を返してきた。「見ない顔だな、お前は何処のものだ。」

あんたにそっくりな顔なんだがな、とのツッコミは止めておいて、俺は言った。「山一つ向こうの村から流れて来た。」

「その流れ者が、ここで何してる?」と聞いてきたから、「俺の村を捨ててきた。ここで働けないか?」とダメもとで言ってみた。


驚くことに、タローは即答だった。「おお、ちゃんと働くなら、構わんぞ。」なんて鷹揚な奴だ。受入れ能力ハンパない。

「俺は、今日はここの収穫に来た。仲間が一緒に来れなくなって難儀していたが、お前が手伝ってくれるのなら、俺は嬉しい。」

話が早いな、「じゃあ、手伝わせてくれ!」と俺は言って、タローに歩み寄った。

これがタローと一緒に働く、初めての経験になった。


昼休みには、俺が持参したレーションをタローにも分けてやり、共に作業をすすめるうち俺達はすっかり意気投合した。

タローは、働き者で、生真面目で、呑気で、素直な、広い心を持つ大人だった。肉体年齢では俺より数歳上だろうか。なにより、実経験に基づく知恵が豊富で、都度に作業内容を的確に命じて、俺をうまく使ってくれた。俺は、タローを選んで良かったと、しみじみ思った。


 ◇ ◇ ◇


陽が暮れる前に農作業を済ませ、収穫した野菜を荷車に載せて、俺達はタローの暮らす集落に戻ってきた。

荷車を引いたタローは、大きな屋根がある建物にやってきた。顔見知りの男たちと声を交わしながら、タローは俺に荷下ろしを手伝わせた。ここは収穫した野菜の集積場であるらしい。


作業が済むと、タローは荷車を返し、農具だけを抱えて例の温泉浴場に俺を連れて行ってくれた。おおっ、いよいよあの風呂に入れるのか。これは嬉しい。豊富な熱い湯の中で、俺は盛大に伸びをした。実に久し振りの、湯に漬かる風呂の至福を堪能する事ができた。


タローが、今日着ていた衣服を洗い始めた。俺も慌てて湯から出て、タローに倣って衣服を洗う。タローが持参した着替えをまとう。俺もぬかりなく衣服を取り替えた。


食堂に着くと、「お前の飯も頼んでやろう。」そう言ってタローは、配膳をする女に声をかけた。

「おーい、カオル。今日は連れがいる、こいつの分も頼めるか?」

女は、俺ににっこりと笑いかけ、「はーい、用意できますよ。タローに付けておけばいいのね」そして、「タローの弟さん? やだ、そっくり。」ケラケラと大きな声で笑われた。

「俺はこんな顔をしてるのか?」

「そうよ、よーく似てる。でも色白な分だけ、弟さんのほうがいい男かな。」


すぐに夕食の膳が運ばれてきた。

山盛りの黄色い穀物を炊いたもの、野菜がたっぷりの濁った汁物、川に住む魚類を干して焼いたらしきもの、何かの野菜の煮物、そして独特の香りを放つ植物片。この、木を削った二本の棒を駆使して食べるのか。


向かい側に座ったタローは、両手を合わせ「いただきます。」と言った。慌てて俺もそれに倣う。

タローは猛然と食事に取り掛かった。見様見真似で、俺も二本の棒を持って穀物を口に含んだ。食物繊維の豊富なテクスチャーを感じる。炊かれた穀粒は、噛めば噛むほど甘みを増した。汁物を啜り込む。遊離アミノ酸の風味が柔らかな塩味と相まって、俺の舌を喜ばせた。


口に残る穀粒の甘みと、この汁物の塩味が最高の組み合わせだ。

香りが強い野菜片を口に入れた。塩味と共にまろやかな酸味を感じる。これは乳酸発酵させているのか。

「どうだ、この漬物旨いだろ。さっきのカオルが漬けた自慢の一品だ。」タローが黄色い穀粒を大きく口に頬張りながら笑いかけてきた。


「ああ、旨い。これとよく合うな。」俺は二本の棒で、黄色い穀粒を指した。

「うむ、メシがいくらでも食える。」タローは笑顔で続ける。

そうか、この黄色い穀粒はメシと言うのか。メシには食事の意味もあったはずだが。


「それにしても、お前の箸の使い方は出鱈目だな。お前の村では、そんな持ち方をするのか?ここでそれをやったら、親から叱られるぞ。みっともないから、ちゃんとした持ち方を覚えておけ。」叱られてしまった。

「済まん、不器用でな。」そうか、これがハシか。言語はインストール済だが、まだまだ現物と一致しないものが多過ぎるな。


タローが焼いた魚を頭からかじった。俺もそれを真似る。

甘く香しい脂の焦げた匂いが鼻孔をくすぐり、舌に感じた苦みが新鮮だった。メシを頬張り一緒に噛みしめると、芳醇な味覚が口の中で爆発した。俺は感激で、思わず涙が出た。


「おい、泣くほど旨いかよ。」タローはそう言って笑った。

ああ、この世界の食事がこれほど素晴らしいとは。船の中でも、いや母星で暮らした時にも、摂取していたレーションは栄養バランスこそ完璧だが、こんな野趣はなかった。そうか、これが人間の食事と言うものか。


「味蕾から伝達される味の知覚レベルが、尋常ではありません。異常はありませんか?」頭の中でゾラックが聞いてきた。「味覚中枢が活発に活動しています。興奮状態です。」続けて報告を寄こした。


「大丈夫だよ。ものすごく旨いだけだ。」俺は頭の中で答えた。

「そうですか。しかし慣れない食物の摂取には気をつけてください。」

「分かった。」


満足して食べ終えると、タローは再び空になった食器に手を合わせて「ご馳走様でした。」と言った。食前と食後の儀式なのだな、急いで俺も倣う。

膳を下げに行くと、またカオルが応対してくれ、タローはカオルに言った。

「こいつ、お前の料理を食って、旨すぎて泣いてたぜ。」

「あら、お口に合って嬉しいわ。」カオルは陽気にまたケラケラと笑う。可愛い娘だと思った。


「漬物を少し分けてくれ、こいつと一杯やりたい。」タローがそう言うと「ちょっと待ってね。」そう言ってカオルは、木を削った食器にさっきの漬物を詰め込んで、こぼれぬように蓋を被せると、器用に布で包んでタローに渡してくれた。


「俺の家に泊めてやる。」タローは、俺を家まで案内した。夜になった集落の道端には、かがり火が焚かれ、商いするいくつかの店先には客が数人集まっている。何を売っているのだろう。鍛冶屋の前を通り、大型草食獣が繋がれている前を歩き、タローの家が見えてきた。


タローは、家の中に入ると布団を敷きだした。俺の分も隣に敷いてくれる。

そして、くびれた形の容器を持ってくると、カオルにもらった漬物を横に並べた。タローと俺は、布団に胡坐(あぐら)をかいて向かい合わせに座る形になった。


タローは、茶色い小さな椀を俺に渡すと、「寝る前に、一杯やるぞ。」と言った。

くびれた容器の栓を抜くと、俺の椀に白く濁った液体を注いでくれた。「お前は、いける口なのか?」そう言ってタローは、自分の杯にも液体を注ぐと、グイと一気に飲み干した。

(続く)

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