その3 姫の本懐(ほんかい)
ディスプレイの画像がグルリと回り、漆黒の宇宙空間に白く光る球体を映しだす。
「みんな見えるか、あれが地上では夜空に浮かんでいた月だ。今度は、あそこまで行くぞ。」そう言うそばから、船がグングン近づいて月が大きくなってくる。この船の速度なら、月まではすぐ届く。その昔、亡き賢者の師匠にも、こうやって見せてやったけな。
表面にクレーターが目立つ、その月をゆっくりと周回すると、しばらくして俺たちの星の上空まで戻ってきた。
「今のが月だ。いつも俺たちの星の周りを廻っていて、地上から昼間でも見えるときがあるが、太陽が沈んで暗くなると目立って見えるようになる。その昔、キュベレが我々この星の生き物のために用意したらしい。」
遠くに眩しく輝く太陽を示して、俺は言った。
「あれが太陽だ。地上に住む俺達には、朝に昇り、夜に沈むように見える。」
「実は俺たちの星自体が回っていて、太陽に向いているときは昼。太陽の反対側に来れば夜と言う訳だ。月が夜に明るく輝いて見えるのは、地上の夜側にいる俺たちが、あの太陽の光を跳ね返した月を見ているからなのさ。」
「分かったかな? 俺たちの大地は大きな球で、その周りをやはり少し小さな球の月が回っている。そして俺たちの星は、自分も回り、月と共に回りながら、あの輝く太陽の周りを回っているんだ。」
「これが科学技術なのですね。」クレアが消え入りそうな声で言った。少し血の気が引いた顔をしている。
「怖いか?」
「あまりにも、いろいろな事があり過ぎました。」
「でも、面白かっただろ。知ることは楽しいことだ。この先を知りたくないか?」
「まだ先があるのですね。」
「そうさ、今見せたのは宇宙の基本構造のごく一部さ。腑に落ちれば次が知りたくなる、その好奇心こそが人類の証さ。そのための科学技術なんだよ。」
「では、ジロー様が元いた世界とは、あの太陽とは別な太陽を回る、別な星と言う事でしょうか。」おっ!正解です、クレア姫。そこまで分かっちゃったのね。まだポカンとしている三人に比べて、クレアは大まかな理解を得たらしい。この娘の頭の良さは侮れないな。
「世界はこんなに広くて大きい。地上にいて日々を暮らす私たちは、なんと卑小な存在なのでしょう。そう考えれば、人族に追われた恨み辛みに拘るのは、愚かな事なのですね。」
「ああ、父上、母上、兄上にも、この光景を見せてあげたい。そして、ジロー様。いつか私にもう一度、この光景を見せてくださいませ!」そう言うと、感極まったのかクレアは俺に抱きついてきた。
俺は思わず反応して、クレアを抱きとめてしまった。
クレアの額から生えた鈍くとがった角が、俺のあごにゴツンと突き当たった。
「いててっ!」俺は叫んで、クレアから離れた。突き刺さったわけではないが、あごに手を当てると血がにじんでいた。
「姫様! 本懐を遂げられました!」見ていたカレンが鼻息荒く叫んだ。
「えっ!何?」俺はカレンを見て、「本懐って、何?」
「魔族の女は、伴侶と定めた男に角を突き立て血を流させるのです。ジロー殿、姫様の愛をしかと受け取られませ!」またですか。そんな魔族のお約束、知りませんから!
◇ ◇ ◇
昼前には、船は納屋に着陸して、皆は治療院の俺の自室に戻ってきた。
サナエが、俺のあごに大きな絆創膏を貼ってくれた。
壁のタローが、今日の出来事を総括した。
「先ほどのキュベレの発言によれば、サナエ、クレア、カレンが、ジローとの間に子を成すようだ。」
「ジローは覚悟を決めろ。」タロー兄貴は、俺にはタメ口だ。嫁になる三人は揃って頬を赤く上気させ、俺はアタフタするしかない。
「先生よお、サナエは置いといても、こんないい嫁を三人だなんて、羨ましすぎるぜ。」ヨシユキは口をとがらせる。
まあ、そうだ。俺には過ぎた嫁達だよな。
「クレアとカレンは、私の治療ポッドによる賦活化処置を希望。サナエは判断を保留、ヨシユキは処置を望まない、と言う事でよろしいな。」四人ともウンと頷いた。
「但し、妊娠期間中は賦活化処置を受ける事ができないので、ご注意を。」タローが続ける。
「その他、キュベレが示唆したのは、まず賢者に関することとして、」
「ヨシユキは、努力次第では賢者になることが可能。」
「クレアもジローの指導を受けて、賢者となる。そしてクレアの母上も、クレアの子孫も賢者として有望である。」
「そのほかには、カレンが魔族と獣人族を率いて人族の盾となる事。サナエに言ったのは、おそらく夫になるジローと共に民を見守ると言う事だろう。治療院の事もあるようだ。」
「キュベレには、これまでの事もこれからの事も見えているはずだ。俺たちで頑張れば、そこまで行けると言う事だよな。」と俺がまとめた。
「ジロー様、私に魔法の訓練をして下さいませ。」そうだな、クレアが賢者になるには、光属性を体得してもらう必要がある。
「そうだな、勉強の方法を考えてみるよ。」
「ヨッシー!お前には、キツメの訓練を用意しておいてやる。もっと回復魔法が上手くなって、俺を助けろ!」
「うっへー。」
これにて、俺の身の上話は終わりにしよう。
「サナエ、クレアと昼飯を用意してくれ。午後から仕事に戻るぞ!」




