その2 女神(めがみ)の訪問
俺が乗った搭載艇は、今この第三惑星の周回軌道上にいる。
地上に派遣したボットは、俺が狙いを定めた原住民の体毛をいくつかサンプリングして戻ってきた。俺は、そこからDNAを取り出して選抜し、自分の体に組み込むためのシミュレーションに明け暮れる毎日だ。
今、謎に突き当たって、俺は困惑している。
培養した細胞を観察すると、見慣れない細胞内小器官が存在するのだ。
それぞれが細胞内で膜接触している小器官には、いろいろな種類がある。典型的なのがエネルギーを生産するミトコンドリア、これは古細菌に取り込まれた好気性細菌が起源とされる。このエネルギーを得て、生物は細胞分裂が可能な真核生物として進化してきたのだ。このミトコンドリアによく似た小器官が、この世界の生き物の細胞には存在していた。
似て非なるこの小器官の役割は何だ? 何かを生み出しているようだが、その何かが判らない。このまま、このDNAでクローニングを開始して良いのか。俺は頭を抱えていた。
「ふふっ」と耳元で、含み笑いが聞こえたような気がした。「やっと辿り着いたわね。」また声が聞こえた。俺は思わず席を立って、辺りをグルリと見回す。狭い船室だ。勿論、俺しかいない。
「ジー、交信を感知しました。」話しかけるゾラックの声で、俺は我に返った。
「交信だと? オルからか?」
「いいえ、オルからの亜空間通信ではありません。探査船同士に用いられる近距離通常周波数を使っています。」ゾラックの合成音声が室内に冷たく響く。
信じられない事態だ。いったい誰が話しかけてきたというのか。
「チャンネルを開いてみろ。画像はあるか。」
「いいえ、音声のみです。」
「つないでくれ。」
「突然で驚かれたでしょう。私はエアロックの外にいます。扉を開けて、中に入れていただけませんか?」柔らかな女の声が流れてきた。しかも俺の母国語で、だ。俺はゾッとした。
「何者だ!」と言わざるを得ないではないか。
「私は、この惑星を守護するものです。」返事が来た。
「危害を加えるつもりはありません。」
あり得ない! 一瞬 恐慌状態に陥った俺は、出来るだけ自分を落ち着かせようと務めた。どうやら話ができる相手らしい。ここは覚悟を決めねばならないな。
深呼吸を一つ。そしてもう一つ。
「ゾラック、扉を開けてやれ。」俺はエアロック室に走っていった。
外の扉が開いて、閉じる音、エアロックに空気が満ちる音、そして船内扉が開かれた。俺は我が目を疑った。宇宙服も着用せず、軽やかな薄手の衣をまとった美しい女が、そこに立っていた。周囲が柔らかな光で満たされているように見えるのは、俺の目の錯覚なのか。
「この姿だと、あまり脅威を感じないと考えました。」
「船の中に実体化しても良かったのですが、それでは貴方を驚かせてしまうと思いました。」
「ああ、今でも十分驚いていますが、突然現れるよりは数段マシですね。ご配慮をいただいたようで、感謝しますよ。」なんとか俺はそう言って、まじまじと女を見た。美しさを通り越して神々しいと言うべきか。圧倒的なオーラを放っていて、背丈は俺と同じくらい、持ち物はない、そして一人だけだ。
「とりあえず、こちらへ。」内心では心臓バクバクの俺は、女を操縦室に案内して、壁に収納された椅子を引き出した。
「どうぞ、お座りください。」俺はレーション機械からコーヒーを二つ出して、一つを女の前に据えたテーブルに置いてみた。「お口に合いますかどうか。」
「まあ、歓迎してくださるのですね。これは貴方の世界の飲み物ですか。」女は腰かけると優雅に微笑んだ。楽しそうにコーヒーの香りを嗅いで、そして少し怪訝な顔をした。
操縦席に座り、シートをぐるりと回して女に対面した形の俺は、「ゾラック、お前には見えているか?」まずゾラックに聞いてみた。女が、面白そうな表情を浮かべて俺を見つめている。
「はい、ジー。人間の女性の外観を、私の視覚が捉えています。」
「但し、呼吸はしておらず、体温も検知できません。」
「俺に幻覚を見せているのではないんだな。」
「それで、ご用件は?」と女に言ってみた。声が震えていないか、心配だ。
「随分遠いところからいらしたのですね。」俺の質問を無視しやがった。
「私の母星を知っているのですか?」
「いいえ、貴方の母星は存じませんが、この星の周回軌道で貴方を見つけて、遡って貴方が母船と別れるところや、母船が通常空間に浮上したところを見せてもらいました。推進機構に不具合が生じたようですね。お気の毒でした。」
遡って見ただと、母船と別れたのは今から九年前だぞ。どうしたらそんな事ができると言うのだ!
唖然とする俺に、女は微笑んで言った。「私の言葉は正しく伝わっていますか?」
「あー、その、完璧な私の母星の言葉です。」
「そう、それなら良かった。」
「貴方の記憶から、この言葉を探らせてもらいました。」再び俺はゾッとした。この女の見た目に騙されるな!こいつは、俺には敵いもしない未知の存在なのだ。
「貴方の記憶の中にある、女神のイメージを具現化してみたのです。」心を読まれたのか。
「私も、貴方と同じく有機体から出発した生き物ですが、今は貴方よりは高次元に展開しています。貴方の種族は、三次元に生きる生物としての高みに迫りつつありますね。」
「六次元まで展開できれば、やがて貴方の種族も私達のように恒星系の守護の役割を得るでしょう。」つまり俺たちは、まだまだ未開の種族と言う事だな。
「貴方にお願いがあって来たのです。」おっ、本題に入るのかな。こちらからは聞きたいことが山ほどあるのだが、
女は、何処から話そうかと考えているように、少し間を置いて俺を見つめた。
おそらく、これも欺瞞だろう。この女は、はっきりとした目的をもって、俺の前に姿を現したに違いなかった。(続く)




