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その1 サンプリング

⇒第三惑星の周回軌道上、18歳


クローニングで出来上がった体は、本来の俺とは遺伝情報が異なるから、いろいろと齟齬をきたすだろう。体の各組織と脳とのホルモン応答には、翻訳チップを介することにした。

外部から侵入する病原性微生物への対処も必要となるから、ポッドの医療ルーチンを受診する頻度を高めよう。一ヶ月に一度程度が妥当だろうか。

これまで共生させてきた体内外のバイオームは、新しい体にも適応するだろうか。これは少し期待しておこう。


さあて、そうと決まれば原住民のDNAサンプリングを進める作業に取り掛かろう。

今の俺の黒い髪と肌の色には未練がある、よく似た部族を探したい。あまり好戦的な奴らは嫌だな。平和主義の俺としては、穏やかに暮らせる農耕牧畜部族がいい。

俺は、これまで集めた部族のリストを見直し始めた。この作業には、少しワクワクさせられた事を告白しておこう。


そして、住みつく集落の選定だ。

上空から地表を見るうちに、プレートがせめぎ合う火山列島に広大な平野を見つけた。ここならば海からの資源にも近く、活火山からも適度な距離があり、温暖で降雪も少なく、拠点に適している。そして何より、外見が俺とほぼ変わらない原住民が定住しており、彼らが作り上げた町が近接している。

海にほど近い平野の傍らに探索ボットを降下させ、受信画像を、俺はじっと見守った。


一面に、仕切られた四角い区画が並んでいる。ここは農作物を栽培している畑のようだ。原住民が歩き固めたらしき道路が走り、畑の向こう側には小川が流れている。やがて、俺と同じ黒髪で同じ肌の色の原住民が、何かの道具を抱えて道路を歩いてきた。男性と思われる。彼は畑に入ると、栽培された植物の列の間を歩き、その道具で土壌を掘り始めた。


いや、よく見ると掘っているのではない。大きく育った植物の下部に、土壌を寄せているのだ。寄せられた土壌の上には、小さな植物がまばらに育っている。

これを土壌に鋤き込むのは、おそらくこの小さな植物を排除するとともに、大きな植物の根部組織の環境を整える目的があるのだろう。


男はもくもくと作業を続け、そのうちに、動作に合わせてリズミカルに声を発し始めた。

「ゾラック、ズームしてくれ!」

ボットから送られてくる画像が、男の頭部を大写しにした。男は楽し気に鼻を膨らませて呼吸しながら、口を開け閉めして音程の異なる声を発している。


男の野太い声が、探査艇の操縦席に響き渡った。「これは唄ですね。」

「そうだな、俺達も単純作業をしながらハミングする事がある。こうしてリズムに合わせて体を動かしながら唄を歌えば、作業も楽しく捗るだろう。」人類に共通する感性だ。実に楽しげに働くこの男に、俺は好感を持った。


男は、そのうちに隣の畑に移った。ここには先程とは異なる植物が並んでおり、畑の構造も違って水が張られていた。ここでも男は株間の泥の中を歩きながら何かの作業を始めた。しばらくして、男は小川が接している畑の一角に近寄ると、差し込んであった板状のものを持ち上げた。すると小川からこの畑に水が流れ込み始めた。なるほど、ああして水位を調整すると言う事か。


男は、その横にどっかりと腰を落とすと、流れる水で手を洗い、担いできた籠の中から何かを取り出して、おもむろにそれを食べ始めた。わざわざ拠点に戻らずとも済むように、レーションを携帯してきたようだ。


適当な水位が得られたのだろう。食事が終わった男は板を下ろして水の流入を遮断すると、満足げに畑を見渡した。そして、その場にごろりと横になった。

男はそのまま動かない。食事の後で体を休めているのだ。理に適った行動と言える。


 ◇ ◇ ◇


「ジー、水面に動物がいます。」ゾラックが何かを見つけたようだ。

確かに、水位が上がった畑の株間に、鳥類が着水しているらしい。「ゾラック、ズームだ。」その動物を拡大すると、ちょうど水中にくちばしを突き込んで、何かを捕らえたのが見えた。


「小さな魚類を捕食しましたね。ああして株間を動き回ることで、土壌は攪拌され、目的としない植物が育ちにくい環境が形成されると思われます。あの動物は水中で排泄すると思われ、おそらく植物の栄養源として利用されるでしょう。」


「意図して、あの鳥を配置しているのか?」

「そのような推論は可能です。」

何と素晴らしい!あの男は、植物を栽培する工程に、あの鳥類との協同を組み込んでいるのだ。俺は恩師の言葉を思い出す。「生物は生物で制御せよ!」


この生き物が多すぎる惑星を、俺は今まで恐れていた。しかし、俺は生き物係だ。このような素朴な環境の中で、楽しげに体を動かして、動物の特性を利用して植物を育てるのは、この俺にとって理想郷なのかもしれなかった。


しばらくすると、男は起き上がり、伸びをすると再び畑の作業に戻った。よく働く男だ。陽が傾いて、屈折した太陽光の波長が長くなって空が赤く染まり始めた頃、男は作業を切り上げて道路を戻り始めた。


「追ってくれ!」ゾラックに命じて探査ボットで追いかけると、やがて男の歩く先には集落が見えてきた。空はすでに暗くなりつつあり、燃える松明の明かりが目印になっていた。

男は入口に農具を置くと、大きな建物の中に入っていく。この建物には大勢の現地人が集っていた。建物の裏には、灯火と月明かりに照らされた大きな水を溜めた施設があり、そこでは現地人たちが体を洗っているのが見えた。


水面からは水蒸気が立ち上っている。ボットの赤外線測定によれば、水温は現地人の体温よりやや高く保たれているらしい。これは入浴施設なのだ。施設の脇には、より高温の水が注ぎこむ仕掛けが見えた。


「あれは何だ?」

「感知できる揮発成分から、火山性のエネルギーに温められた地下水が湧きだしているものと思われます。彼らは、その温水を引いて共同の入浴施設を作ったようです。」ああ、俺もあの湯に体ごと漬かって手足を伸ばしてみたい。俺は切実にそう思った。


男は体を洗い終わると、自分が着ていた衣服もごしごしと洗い始めた。最後にゆっくりと湯に浸かった男は、体を拭くと、持ってきた籠から別な衣服を取り出して着用した。

「おお、準備がいいな。洗った衣服はあとで乾かすのだろう。してみるとここに寄るのは男の日課ルーチンなのだな。」


男は、今度は皆が食事をしている場所に向かい、机の前の空いた場所に座り込む。向かい側にいた男が、「タロー」と声をかけた。ボットが追ってきた男の名前らしかった。

そのうちに、男の目の前に食事が運ばれてくる。


「なるほど、入浴して食事か。食事は前もって用意されていたようだ。この集落は、極めて効率よく職務分担されているな。」

「木製が多いですが、金属で作られた調理器具もあります。食事を作っているのは女性が多いようです。先程の入浴施設の湯は、老齢の男性によって制御されていました。ここは高度に組織化された集落です。」俺もここで入浴し、食事を摂るのだろうか。ワクワクしてきた。


食事を終えた男は、しばらく仲間と話していたが、やおら立ち上がると食器を運んでいく。その食器を渡す先には、何人かの女性が食事を盛りつけているのが見える。食器を受け取った女の一人が、男をまた「タロー」と呼んだ。どうやら男の名前はタローで確定だ。女は忙しそうに、食事の支度に戻った。

「まだこれからも、仕事を終えて、入浴を済ませ、ここに食事をしに来る者達がいるのでしょう。」


タローは再び籠を背負い、農具を持つと、集落を歩き始めた。

軒下にものを並べている建物の前を過ぎた。おそらく商行為を行っているのだろう。今度は、建物の中から赤々と火が燃えるのが見え、カンカンと金属を叩き付けている音が聞こえた。原始的な金属精錬や鍛冶を行っているのだろう。家畜化されているらしい大型の動物が繋がれている場所もあり、動物はゆったりと草を食んでいた。


しばらく歩くと、タローは小さな建物の前で立ち止まり、壁に取り付けられた引き戸を開けて中に入った。ここがタローの拠点なのだろう。タローは一度出てくると、先程洗った衣類を棒に通して家の前にぶら下げ始めた。


「洗濯物を乾かすのだな。」

再びタローが中に入ると、建物の中にぼんやりと明かりが灯る。

「動物性の油脂を燃焼させて明かりを得ているようです。」ゾラックから報告が来る。建物の中からは、今度はトントンと音が聞こえ始めた。


「植物の乾燥した茎を、叩いています。おそらく植物繊維をほどいて何かに加工するものと思われます。」窓からのぞくボットの画像をゾラックが解析してくれる。

「もう寝るのかと思ったが、よく働く男だな。」俺は感心した。


しばらくして音は止み、ゴソゴソと音がしていたらフッと明かりが消えた。

「ようやく睡眠に入ったようです。」

「ああ、そのようだな。」

「ゾラック、さっきの入浴の場所と食事の場所にステルスボットを配置しろ。この現地人の言葉を覚えたい。」

「了解。」


「それと、このタローの家の中から、彼の体毛をサンプリングしてくれ。」

「この男のDNAを取るのですね。」

「俺は、この男:タローをクローン素材候補にしたい。」

「健康な肉体で、年齢も近いようです。その判断を支持します。」


その後も、俺は異なる集落で、いくつかのクローン素材候補を収集して、比較検討の作業に入ったのだった。(続く)

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