その4 嫁たちの共闘(きょうとう)
サナエが酔いつぶれた翌朝。
昨夜寝かしつけたサナエの部屋で、クレアはベッドで眠るサナエの枕元に椅子を置いて座っていた。カレンはその脇に立っている。
窓から朝の光が射し込んで、サナエはもぞもぞと体を動かした。目覚めが近いと感じたクレアは、優しく声をかける。「奥方様、奥方様」
うーんと唸ってサナエは目を半開きにした。とたんにクレアとカレンの姿が目に入る。たちまちサナエは目を大きく見開いた。
「えっ、どうして! どうして貴女達がここにいるのよ!」
ガバと上体を起こすと、頭がズキズキと痛む。ウエキ爺さんの酒場からこの部屋に帰ってきた記憶がない。しかし、サナエは夜着を着ていて、昨夜の衣服はきちんと畳まれて枕元に置かれていた。
「もしかして、ご迷惑をかけました私?」サナエは、恐る恐るクレアの目を覗き込んだ。横からカレンが、
「私が奥方様を背負って、ここまでお連れしました。」と言った。
「貴方達が、服を脱がせて、ベッドに寝かせてくれたの?」
「はい、そうです。」
「ふーん、覚えているのは酒場で、、、」サナエは、昨夜の記憶がおぼろげに浮かんできたようだ。
「もしかして私、ジロー先生に文句を言いました?」
「はい、私を嫁にしろ!と通告されました。ご立派でしたよ。」鼻息も荒く、カレンが拳を握りしめて、サナエにグータッチしようとする。
「あちゃー、やっちゃったか、私!」サナエが頭を抱えた。
「いいえ、これからです。奥方様! ここから攻めに転ずるのです。ジロー殿を押し倒して本懐を遂げましょう!」カレンは鼻息が荒い。戦士の血が騒いでいるのか、やる気満々だ。
面白そうにそれを見ていたクレアが、「奥方様、朝の支度までまだ時間があります。お風呂で悪い汗を流しませんか?」と提案してきた。
「そうね、お湯に浸かってお酒を抜かなくっちゃ!」
「私達もお付き合いいたしましょう。ですが、その前に。」クレアはサナエの頭に手の平を優しく当てて、回復魔法を使った。光属性は使えないのだが、闇の波動でも効き目はあるのだ。サナエの頭のズキズキが、随分と楽になった。
三人そろっての朝風呂、登ったばかりの太陽が湯面に反射している。露天風呂の空気はやや肌寒かったが、湯の中に入れば快適だ。
「うわぁ、カレンさんの体、すっごく綺麗!」サナエが思わず声を上げる。
「日々の訓練の賜物なのですよ。無駄なお肉が無いのです。」とクレア。
「そしてね、こうして抱きつくととっても気持ちがいいのです。」クレアはそう言うと、湯の中でカレンを抱きしめた。
ゴクリと喉を鳴らしたサナエ「ねえカレンさん、私もいい?」と聞く。
「かまいませんよ、奥方様。」カレンは微笑んで手を差し伸べた。
「わーい」とサナエはカレンに突進する。カレンは両腕に二人を抱える形になった。
「毛皮がスベスベ、チクチクいい気持ち。何だかイケナイ気分になりそう。」
「夜にこうして抱かれて眠ると、とても暖かくて幸せなのですよ。」
「えー、それ絶対やりたい!」サナエは、なおもカレンにしがみついた。
「今度、試してみますか? 奥方様。」カレンはサナエをぎゅっと抱き返した。
「もうサナエって呼んで! 裸の付き合いなんだから。」頭を優しく撫ぜられながら、サナエが言う。
「はい、サナエ様。」
「様は、いらないわ。」
「はい、サナエ。」ジローの嫁候補たちの距離は、あっという間に縮まったようだ。
風呂から上がって、サナエはクレアの風魔法で髪を乾かしてもらっていた。
「とても艶のある黒髪、お肌もしっとりして指が吸い付くようです。サナエ。」
「ふふ~ん、特製の薬草乳液を使ってるのよ。今度二人にも分けてあげる。」
「まあ、それは嬉しいこと。」
「姫様、肌荒れにお悩みでしたね。」
「そうなの、私たちのところでは肌に塗る乳液なんてありませんものね。」
「それと、カレン。これからは私の事をクレアとお呼びなさい。」
「奥方様をこれからは名前でお呼びするのですから、私もクレアと。」
「はい、クレア様。」
「様は、いらないわ。」
「はい、クレア。何だか昔から姫様付きの私ですので、戸惑います。」
「気にしなくてもいいのよ、カレン。」
◇ ◇ ◇
朝食の支度にサナエが取り掛かり、慣れない手つきでクレアとカレンが手伝った。
「助かるわあ、二人とも。」
「これからは、私たちに料理を教えてくださいませね。」クレアも楽しそうだ。
朝食メニューは、ヨーグルトの果実添え、そして野菜とソーセージと卵焼きを載せた一皿、これに紅茶とパンがつく。「朝は忙しいから、簡単なの。」とサナエ。
「これは簡単とは言いません。色とりどりで、とても素敵なお食事です。」クレアは驚いて否定する。
「女性の一日当たりの蛋白質摂取量は50gって言われているの。カレンの場合はもっと多くてもいいのかなと思いながら作ったわ。ここで言えば、ソーセージと卵とヨーグルトが蛋白源ね。昼と夜のお食事で、カレンが必要な蛋白質を補うように献立を考えるから。」
カレンはすべてを理解できなかったけれど、自分の体を案じてくれているらしい事は分かった。「有難う、サナエ。」とりあえず礼を言った。
「まあ、サナエは凄いです。食べ物の栄養分を考えて、お料理されるのですね。」クレアは感嘆の声を上げた。魔族ではそんな話は聞いたことがない。皆、食べたいものを食べたいだけ食べるのだ。
「まあね、栄養学は薬学の基礎ですからね。今度、薬師Lv.25のサナエ先生が教えてあげる。」サナエは得意げだ。もっともジローから学んだ知識なのだが。
食堂に料理を載せたトレーを運んでいく。食堂では、ジローとヨシユキがちょうど顔を出したところだ。
「先生、ヨッシー、おはようございます。」サナエが二人の前にトレーを並べる。
「クレア、カレン、みんな揃ったから、こちらで一緒にご飯にしましょう。」サナエが奥で盛り付けをしている二人に呼びかけた。
「あれっ、サナエちゃん。ずいぶん二人と仲良しになったんだな。」
「そうですよ、もう裸の付き合いなんだから、ねっ!」
「さては、朝風呂で昨日の酒を抜いてきたな。」
「ヨッシー、うるさい。さあ、いただきます。」そう言って匙をとったサナエは、「そうだジロー先生! 私、告白しましたからね! ご返事は今日一日、受け付けます。」
向かいの席に座ったカレンが、鼻息荒く、握り拳を軽く掲げてウンとサナエに目配せした。
あれっ、こいつらもう共闘しやがった。こうなれば俺も覚悟を決めるしかないか。
実は食堂に来るまで、タローに頼んだシミュレーションを元に、今後について協議をしてきたのだ。
「朝食を済ませたら、俺の部屋に来てくれ。今日の午前は休診にしよう。」
「サナエも、お客人二人も、そしてヨシユキもだ。大事な話がある。」




